8.最弱ウサギさん、徒党を組む
ルシャーリア・ルークスは、新人の傭兵だった。
モンスターに滅ぼされた村の生き残り。
近くの街がたまたまセンテだった。
人の多い街に流れ着いて孤児となった彼女は、いつしか施設から出なければならない年齢となり、必要に迫られて傭兵となった。
傭兵とはいえ戦闘技術などないので、しばらくは山菜採りや小型動物の狩りを手伝う依頼をこなして地道に稼いでいた。
人当たりの良い真面目な娘だったらしい。
ある日、たまたま護衛の依頼で人手が足りなかった。
隣町まで街道での護衛という比較的安全な仕事だった。
盗賊もおらず、危険なモンスターもいない街道の筈だった。
だが、現実として商人と護衛たちはモンスターの襲撃にあい、逃げ込んだ森の中でウサギに遭遇した。
単に運が悪かった。
出会い頭に突進したウサギ、その鋭い角が心臓を貫いた。
ギフトを奪われ、姿を奪われ、身分を奪われ、命を奪われた。
ルシャーリアが持つ“相手が望む姿を与える”ギフトは呪い堕とされ、最弱ウサギは人間の姿を手に入れたのだ。
そして、悪夢の狩人は生まれた。
初めて人の姿になったウサギは、こうして人間に紛れ込んだ。
*
カルシャはルシャーリアの最期を含めて過去を話した。
レイジはカルシャをモンスターだと知ってもなお、カルシャの協力者たることを望んだ。
「僕は異世界で一度死んでいる。どうせ戻れないのなら、此処では正直に生きたい」
レイジは自身が転生者で、欲望を抑えつけて生きてきたという。それを踏まえて、この世界では後悔しないように生きたいとも。
「例えモンスターだとしても、君は魅力的だ」
だからなのか、レイジの言葉には躊躇というものがない。
カルシャのギフトを集めるという欲望を肯定した。
そして、その欲望を持つカルシャ自身も。
まぁ、エリスにはこれっぽっちも響かなかったようだが。
「暑苦しい奴っすねぇ。僕のカルシャ姉ですよ!」
「誰がアンタのよ!どっちかっていうと、アンタが私のでしょうが」
「へへっ、僕はいつでもカルシャ姉の下僕っすよ」
「熱いのはどっちだか」
主従のやり取りを見て、レイジは肩をすくめる。
「人間は異種婚には抵抗あるものだと思ってたけど」
「普通はそうかもね」
精神的な繋がりが大事だとでも言い出すつもりだろうか。
「アンタは普通じゃないって?」
「僕はむしろその手の趣味には理解がある方だったからね」
寧ろ性的倒錯だった。
「元の世界では君らみたいな存在は想像でしか無かった。だけど、こうして目の前にいて話が通じるのなら、そこに愛が生じるべきだ」
熱意が暑かった。
これはアレだ。
ガチのやつだ。
「まぁ、僕らみたいな半人ぽいモンスターを伴侶に選ぶ奴も一部にはいるっすからねぇ」
ウェアウルフなどの半人モンスターが奴隷にされるのは、半分は労働力で、残り半分が性的欲求のため。
生物としての機能を蔑ろにして快楽に溺れる。
つくづく人間は業が深い。
そしてレイジの熱量にはちょっとビビる。
「私は半人ですらなくて、本当にウサギよ?」
「ヨダレでちゃうっす」
この下僕め。
一段落したらお仕置きしてやる。
エリスの食欲は置いておいて、とことんレイジはブレなかった。
「姿形はこの際関係ないよ」
「まぁ、そう言うのなら構わないけど…私は靡かないわよ?」
「それこそ構わないさ」
カルシャの身体は、エリスに対する原始的恐怖とは違う身震いをした。
必ず惚れさせてやるという熱意は、寧ろ恐怖しか感じないのだが。
カルシャは意識的に切り替えて、再び声を冷たくする。
「…アンタを味方につけるメリットは?」
カルシャの雰囲気の変化に、レイジもまた表情を引き締めた。
「僕のギフトは2つ。1つは武器を作り出すもの。そしてギフトの数と質を見抜くもの」
「それで?」
「僕は君のギフト集めに貢献できる」
「それだけなら、アンタからギフトを奪えば良い」
元々そのつもりでここに来たしね。
神殿ならば傭兵の一人や二人、野垂れ死んでもおかしくない。
ギフトを奪って済むようなら、仲間にする必要はないのだ。
レイジは続ける。
「僕は元々人間だ。君たちモンスターとは違う思考を提案できる」
「例えば?」
「効率的なギフトの集め方、とかかな」
勿論、君が僕を信用してギフトの詳細を教えてくれたら、だけどね。
効率的なギフトの集め方か。
ギフトを数えるギフトを手に入れたとしても、レイジの思考力は手に入らない。
今までのやり方が最適解かと問われれば、そうとも言えない。
提案を聞く価値はある、か。
「あとは、そうだな…商人との交渉は君より上手いと思う」
地味に面倒な換金作業を任せられるのは楽で良いかも。
荷物運びにも使えるだろう。
「解った。アンタは殺さない。ギフトも奪わない」
裁定は決まった。
「アンタのギフトと頭脳、私が利用してあげるわ」
*
「で、差し当たってはこの遺跡のお宝だけど」
目的のフロアに辿り着き、探索を進める。
「このまま行けば、すんなり手に入りそうっすけど」
相変わらず敵にも罠にも引っかからず順調そのもの。
しかし。
「僕の経験からすると、すんなり行かないと思うよ」
「私もそう思う」
カルシャとレイジの意見では、一筋縄では行かないらしい。
その証拠に、行き着く先に見えた大広間には。
「ほらね」
巨大な何者かが鎮座していた。
「…なんすかアレ」
柱の影から広間を窺う。
奥の部屋に続く扉を塞ぐように居るソレ。
黄金の鱗に覆われた四肢、蝙蝠の如き翼、雄々しき双角。
いわゆるドラゴンと呼ばれる最強格のモンスターの一種。
「少なくとも、人間ではないわね」
当たり前ながら、人間ではない。
「神殿の守護者だろうね。奥にあるお宝はよほど大事な物なんだろうさ」
首には奴隷証が嵌められており、守護者として使役されたままこの遺跡で眠り続けているのだろう。
「あんなの、相手に出来るんすか?」
「正面から無策に突っ込むのはオススメしないよ」
恐らく近付いた瞬間に目覚めるだろうからね。
「その言い方だと、何か策がありそうね」
「では、稚策ながら披露しようか」
「そういうのはいいから、早く」
やれやれと肩を竦め、レイジは策を開陳する。
それは妥当かつ実現性が高い、良い策だった。
「じゃ、それで行くわよ」
「あっさり決めちゃうっすね?」
「確実にやれるのに、躊躇する必要ある?」
「それもそうっすね」
後書きウサギ小話
特殊な性癖 編
エリスの食欲は置いておいて、とことんレイジはブレなかった。
「姿形はこの際関係ないよ」
「まぁ、そう言うのなら構わないけど…私は靡かないわよ?」
「それこそ構わないさ」
「嫌がる君をムリヤリ犯す触手!快楽落ち!なんてNTR!」
「は、はぁ?!何言い出してんのアンタ?理解出来ないんだけど?!」
極度に重症!
完!