2−21.覚醒ようじょさん、死の淵を覗く
だが、その小さな芽は、凶悪な地虫を相手取るには些か不足していた。
「?!」
吹き飛ばされる身体。
走る衝撃と痛み。
バラバラになりそうな全身の痛みに、エリスはしばらく何が起きたのか正しく認識できなかった。
ドロドロの地面を転がって、ようやく止まる。
先程までの熱さはなりをひそめ、代わりの熱さが腹部を覆っている。
「…、…?」
辛うじて視線だけをお腹へ。
そこにはバックリ裂けた毛皮と、最早見慣れてきたピンク。
あー、しくじったっすねー…。
一瞬で状況を理解した。
「ケモノケモノケモノケモノケモノケモノケモノケモノ?ノケ?モ?」
地虫の尾が地中に潜っていたらしい。
尾には鋭く偏平した棘。
アレで腹を裂かれたのだ。
よく真っ二つにならなかったものだ。
人間の作る防具も捨てたもんじゃないっすね。
血が流れ落ちていく。
この傷で生きているのは奇跡だが、それでも迫る死には抗えない。
失血死が先か、餌になるのが先か。
それだけの違いでしかない。
もう、どうしようもないくらい失敗している。
『アンタは鈍臭いんだから気を付けなさいよね』
カルシャ姉の言葉が反芻されるが、もう言い返せる言葉も出なさそうだ。
痛覚が麻痺しつつある。
痛くないと言う事は、身体が死にかけているのだろう。
…あー、悔しい。
カルシャ姉の作ったモノを守りたかったのに、カルシャ姉の役に立ちたかったのに、もう終わりなんだ。
地虫の這いずる音がする。
もうすぐ食べられるらしい。
手にも足にも力は入らない。
視界は闇に覆われつつある。
あぁ、なんだか、眠たくなってきたっすね。
こうして呆気なく。
「カルシャ姉…ごめん、なさい」
魔王の影武者エリス・レッサカルシャの意識は、ぷっつりと途切れてしまったのである。
*
魔王はこうして臣下を失った。
その事実は、悪夢の魔王を復讐の炎に駆り立てるには十分過ぎた。
これこそが、真の悪夢の始まり…。
…なんて、なる訳ないでしょ。
起きなさいよ、この駄犬。
アンタにはまだ、やってもらわなきゃいけない事が山ほどあるのよ。
…。
………。
っ!
だから!
さっさと戻ってきなさいよ!
*
音が、した。
破滅的な破壊音。
嫌な予感。
降りしきる雨、泥濘んだ足元、戦闘音。
カルシャが何も言わず駆け出したので、ツワブキたちが何か言ったが聞き取れなかった。
今はそんな事を言ってる場合じゃない気がする。
地を蹴り、木の幹を蹴り、帰り道を跳ぶように駆け抜けていく。
木々の先、大門を窺う門前広場。
目の前の光景は、酷い有様だった。
「何よ、コレ…」
まるで破壊の嵐が過ぎたよう。
死体が3つ泥に浮き、目の前の血溜まりにはエリスが倒れている。
エリスに迫る地虫の黄色い瞳が、新たに現れたカルシャを捉えた。
なんだ、ただの悪夢じゃない。
「あああああああぁぁぁァァァァァーーーーー!!!」
絶叫。
まるで雷音。
心燃え尽きる激情。
心火が魔王を解き放つ。
「《業火の射手》ーー!!」
掌に生み出した地獄の業火を握る。
燃え盛る火炎はカルシャすら焦がすが気にしない。
走り出す。
いや、跳び出す。
走るなんてまどろっこしい。
白獣脚、如紫電。
迸る雷光の如く跳ぶカルシャの身体。
甲殻に突き立てた槍、それを踏んでふわりと宙に舞う。
鎌首は腹の衝撃で跳ね、無防備に開かれた口蓋が闇を湛える。
「《暴虐の嵐》ーーーー!!!」
業火とともに叩き込まれる嵐の杭。
一瞬で貫通すると裁きの炎が荒れ狂い、哀れなる地虫は欠片も残さず爆散消滅。
僅かな塵すら残らず焼却された。
「ーーーーーーーーー」
炎の嵐は垂れ込めた雲さえ消し去っていた。
爆風で飛ばされた槍は、エリスの近くに突き立っており、まるで墓標。
エリスの身体は御旗が守っていた。
焦土にはカルシャただ独り。
天は立ち尽くすカルシャだけを無慈悲に照らしていた。
後書きウサギ小話
???編
「ーーーあれ?」
「ここは…どこっすかねぇ?」
「カルシャ姉ー?ツワブキー?レイジー?皆どこっすかー?」
「暗い…」
「なんだろ、なんか、あれ?涙…?」
終




