2−16.ようじょさん、夜襲を受ける
カルシャたちが出発してから二日目の晩、御所に揺れる灯りの下でエリスは呟いた。
「カルシャ姉たち、帰ってこなかったすねぇ」
夜になって降り出した雨が、森を星灯りからも隠し、辺りは暗い。
どことなく不吉な感じがするのは、きっとカルシャが側にいないせいだろう。
「今頃は遺跡の中で休んでいるか、湖のほとりで野宿しているだろうね」
野宿する事や、周辺のモンスターに関しては心配ない。
カルシャの方が強いし、ツワブキやグレインがいて不測の事態に陥る事は無いからだ。
問題は主目的の方。
「カルシャ姉の事だから死ぬ事はないと思うっすけど、心配っすね…」
鎖薙剣皇。
どんなモンスターなのだろうか。
ジャバウォックの時の事を考えると、間違いなく強い筈だ。
剣や鎖を使うなら人型なのかも?
それとも異形?
情報が無い中で、上手く戦えればいいのだが。
エリスの心配とは対照的に、レイジはツワブキを信頼しているらしい。
「死なないツワブキが何をしてでも守るさ。自分を殺してくれる数少ない相手だろうからね」
ツワブキならば、大抵の攻撃では死なない。
かつて勇者候補として死なない身体を与えられた男は、戦闘面で役に立つ事は今まで沢山の証明がされてきた。
「…不老不死って大変っすよね、きっと」
「本当にそうなら、先に心が枯れそうなものだけど」
不老不死ならば、今まで沢山の悲劇を経験し、別れを経験し、無情を経験してきたことだろう。
それは例えば、主君を見つけたウェアウルフにとっては、控えめに言って地獄のような永遠だ。
「死んでほしくない相手が死んで、自分を捨ててでも守りたいのに自分は生き残る。ウェアウルフが恐れる生き方っすけど、それが永遠に続くって事っすよね」
ツワブキ自身、妖精に拾われたと言っていたが、それ以前の語られない秘密は多い。
「死に別れ、心も枯れて、生ける屍。前に妖精たちが言っていたよ、ツワブキもだいぶマシになったって」
ツワブキも妖精も語らないが、長く生きれば様々な事があるだろう。
今でも妖精に仕えるのは、そういう事が影響しているのかもしれない。
「やっぱ色々あったんすよねー、きっと」
エリスはため息を零す。
想像するだけで心がズシリと重くなる話題だ。
そんなエリスを見て、レイジは鼻で笑った。
「どうでもいいよ。僕は深入りしない」
「ドライっすね」
冷たい奴だなぁ。
そう思っていたとしても、他に言い方もあるだろうに。
レイジの事はよくわからない。
「君ほど他者に運命を預けられないだけさ。僕も臆病者だからね」
僕は運命を預けてる訳じゃなくて、捧げてるんすよ。
それに、臆病だから誰かに背中を預けたいんじゃないっすか、普通は。
だから。
「その割にはカルシャ姉にはご執心じゃないっすか」
そのためにレイジはここに居るんじゃないっすか?
エリスの問いかけに、レイジは少し間を開けて答える。
「…魅力的だからね」
そして、会話は終わりとばかりに足を出口に向け、そのまま御所を出ていく。
それを見送ってから、その背中に届かないくらいの声で、エリスは呟いた。
「…アンタも十分胡散臭いっすよ、レイジ」
しとしと雨は降り続く。
*
カーン!カーン!カーン!
!!
鐘の鳴る音で飛び起きる。
敵襲だ。
素早く鎧を着込み、槍を引っ掴んで外に飛び出る。
「場所は?」
「大門です!こちらへ!」
見張りが案内してくれる後を駆ける。
カルシャ姉が居ない今、この場所の最大戦力は僕だ。
狙うべき相手も影武者である僕だろう。
「敵は何者?」
「単身の魔物ハンターのようですが、かなりの手練らしく、戦闘班が苦戦しています」
三人組相手に引かないとなると荷が重いかもしれない。
戦闘部隊長の支持で一班のみが戦闘し、残りは警戒と警備に回っている。
夜闇に紛れて別同隊が侵入する事はよくある、らしい。
カルシャ姉がそんな事を前に言っていた。
「案内はここまでで良いっす。僕は大門でハンターに対処するから、レイジに全体指揮をとらせるっすよ!」
「了解です」
案内役が離れる。
エリスはすぐさまギフトを開ける。
「《夜の獣》!」
幼女の体躯が変貌を始める。
元より備わる獣の血が覚醒する。
体毛が伸び、皮が厚くなり、筋肉が肥大し、骨が伸張し、理性が野生に置き換わる。
耳や尻尾と同じ漆黒。
本来鋭い牙を取り戻し、踵が地面を離れ、肉球が地面を握る。
小柄な凶器と化した幼女は、夜の闇を駆け抜ける。
閉じられた大門を一足飛びに飛び越えて、壁の外に着地する。
目の前では、三人一組のウェアウルフたちが、一人の魔物ハンターを相手に戦闘を続けていた。
だが、それも一瞬だった。
「…頃合いだな」
魔物ハンターの呟きとともに振り抜かれたノコギリ鉈。
上半身と下半身が別れを惜しむが、血の糸では繋がれない。
ドシャリ、グシャリ。
落ちた身体からまろびでるピンクの臓物が、死を明確なものとして描く。
まとめて一刀の錆とした魔物ハンターは、血を払うとエリスに向き直った。
「どこもかしこも獣だらけだ」
その姿は血にまみれ、獣などより余程獣のよう。
理性なき異質な言葉は意味を為さない。
「貴様も獣なのだろう?」
ただ問い掛ける敵に対して、エリスは何も言わずに槍を構える。
狩りの始まり、その火蓋が切って落とされる。
後書きウサギ小話
チュウニビョウの罹患者?編
「死に別れ、心も枯れて、生ける屍。前に妖精たちが言っていたよ、ツワブキもだいぶマシになったって」
「やっぱ色々あったんすよねー、きっと」
「ただの黒歴史だったりしてね」
「…もしそうだとしたら現在進行形じゃないっすかね」
漆黒のスーパーニンジャ!
完!




