5.ようじょ、奴隷デビューする
前に人間の歴史書を読んだことがある。
確か《知識の紙魚》を獲得してしばらく経った頃に、ギフトの成果を確認するためだった。
他人の知識を食い荒らすギフトは、鏡の呪いと似ている。
接触で発動する点もそうだが、何より喰った知識を覚える事ができるのだ。
私は人間としておかしくない程度の知識を集め、その成果として一日人間の町を歩いて回った。
人間というものを観察し、実際の人間たちの日常を見た。
その際に図書館に行ったのだが、歴史書はその時に目にした。
「なんなの、これ…」
驚愕した。
人間という種の長さに恐れ慄いた。
モンスターは長寿だが、殺されるし、群れる種も少ないので、おおよそ歴史など無い。この時の私にはウサギの事しか解っていなかったが、それでも悠久の時を紡いで、その軌跡が残されている事に恐れを感じた訳だ。
それでも、私の知識欲は恐怖に勝った。
理解したい訳ではない。
人間になりたい訳ではない。
しかし、ただ知りたいと思った。
ギフトを集めるのだって、それと変わらない。
どうやら私という奴は、何でも知りたがりのようなのだ。
ギフトという膨大な力の果てに何があるのか。
私はただ、知りたかった。
*
「あら?ルシャさんじゃない!久しぶりね!」
センテの街は、カルシャにとっても知らない場所では無かった。
「6月ぶりくらいかしら?今日は泊まってく?」
底抜けに明るい受付嬢に合うのも何度目か。
ルシャは仮名だ。
宿代を考える。
「とりあえず3日間で」
それだけあれば十分だろう。
受付嬢は帳簿にペンを走らせるが、カルシャの後ろの幼女に気付いて手を止めた。
「その子は?」
「連れよ」
「ルシャさんも一人じゃない時があるのね」
「まぁ、ね」
エリスは終始ニコニコしていた。
*
「言っとくけど、アンタは留守番よ?」
「え゛っ」
ニコニコから一変、エリスは絶望した。
「いや、流石に奴隷証のないモンスターつれて歩けないわ。この街の規則だと、万が一バレたら殺されるわよ?」
センテの街は大きく、そして規則が厳しい。
奴隷として無力化されていないモンスターはこの街に持ち込み禁止なのだ。それが例え最弱のハジメウサギでも、持ち込まれた事が解った場合には街の傭兵がモンスターをグサリ、だ。
「この服と帽子はそういう事だったんすね…」
幸い耳としっぽが隠れれば、ウェアウルフは人に見える。
「アンタも死にたくないでしょ?大人しくしてなさいよね」
エリス自体はまぁ、どうでも良い。
しかし、そこから芋づる式に自身に危害が及ばないとも限らない。
特にエリスは運が無いので余計心配なのである。
「カルシャ姉は?」
「私は装備とかの買い出しと情報収集」
手持ち金をじゃらりじゃらり。
転生者を狩る度に持ち物を奪い去って換金してきたので、けっこうな額のはずだ。そろそろ質の良い防具が買えるだろう。
「ずるいっす」
「煩いわね、下僕」
「都合の良い下僕扱い!」
エリスの抗議もほろろ、カルシャは容赦なく踵を返す。
「そもそも自称じゃない。文句は聞かないわよ」
*
カルシャは図書館が好きだ。
本の匂いや静けさ、雰囲気が好きだ。
タダで知識を得られるのも良い。
「や、ルシャさん、久しぶり」
だが、コイツは苦手だった。
読書中、勝手に隣の席に座り、話しかけてくる男。
「…本は静かに読むものよ」
「真面目だね」
装備を見繕い、消耗品を補充して、食料を調達してから図書館に来たが、どうやらカルシャが街に戻ってきている事を聞きつけたらしい。
「アンタも諦め悪いのね。適当にあしらってるの、気付いてる?」
視線が気になって本に集中できない。
目の前の男、橘レイジはニカッと笑った。
暑苦しい。
「君の事が知りたいんだ」
「私は知られたくないけど」
「厳しいなぁ」
その上うっとおしい。
どうして付きまとうのか、理解に苦しむ。
人間はこんなにも執着するものだったか?
「私は一人が良いの。放っておいてくれる?」
突き放すが、レイジは既にエリスの事を掴んでいた。
「今回は連れがいるんだって?」
「しつこい」
あまり深くエリスについて突っ込まれるのは良くない。
ボロを出してしまう可能性がある。
カルシャは仕方なく溜息。
読みかけの本を手に席を立つ。
「何処へ?良ければ食事でもーーー」
レイジの声を背中に、カルシャは宿に帰る事にした。
*
「エリス、お土産」
「わープレゼントだ!って!コレ、奴隷証じゃないっすか!」
解った瞬間、ベッドに叩きつける。
大人しく待っていたご褒美をあげたのに、なんて失礼な奴だ。
まだ値札もついてるピカピカの黒鉄だぞ。ありがたくつけろよ。
「そうよ?だから?さっさとつけなさいよ」
「問答無用?!」
「なんならボコしてから力ずくでもいいのよ?」
「しどい!いつも以上にしどい!」
涙目になるエリスの前でシャドーする握りこぶしが唸る唸る。
「で?どうする?殴っちゃう?殴っちゃう??」
「うぅ…わかりましたよぅ、つけますぅ!」
「よし」
半ば強制だった。
「で、僕をホントに下僕にして、何するんです?」
泣く泣く首輪を自分で嵌めたエリスは、カルシャに問う。
しかし、カルシャはあっけらかんと、こう返した。
「大丈夫よ、何もしないし。っていうか、ホントに奴隷にするわけじゃないし」
疑問符を浮かべるエリスに対して、カルシャはどこか遠くを見る。
「色々あるのよ」
後書きウサギ小話
本の虫最強説 編
「や、ルシャさん、久しぶり」
だが、コイツは苦手だった。
読書中、勝手に隣の席に座り、話しかけてくる男。
「…本は静かに読むものよ」
「真面目だね」
そういって何か話している男を無視して本に目を落とす。
・・・
・・・
・・・
・・・
数時間後。
「はぁ、読み終えた・・・」
「…ようやく話が出来るね、ルシャさん」
「まだいたの?もう一冊読むから待ってて」
読書の鬼!
完!