2−5.最弱ウサギさん、皆と腹ごしらえをする
その後、街の食事処にて。
「あの、こんなに御馳走を頂いてしまって、その…よろしいのですか?」
奴隷として買われたのに。
元・孤児院経営の女にしてカルシャの奴隷となったニーフェ・ラムナ厶は、はしゃぎ遊び食べる子供たちに代わって、そんな疑問を投げかけた。
「いいのよ。移動するにも働くにも、まずは食事が必要でしょう?貴女も食べなさいな」
その表情はニュートラル。
目線は食事の皿に向き、手は動き続けている。
ドミナスの中でも広くお高い食事処だ。
子供たち全員が入れる店は限られていた。
カルシャたち4人に加えて23人分。
美味しいのだが、値段が気になりすぎて駄目だ。
店の価格帯を考えると、飲食代は既に軽く1000Sを超えている。
孤児院では食べたことのないほどの御馳走だが、好きなだけ食べて良いと、この主人は言う。
奴隷商人に支払った分も考えると、ひょっとしたらかなりのお金持ちなのかも?
そう思うと、借金破産したニーフェは自分の情けなさに泣けてくる。
「よほどお腹空いてたみたいね」
カルシャが子供たちを眺める。
「…孤児院から連れられてからは、最低限しか食事は与えられませんでしたから」
父の経営していた孤児院は2街区先のケラスの街にあった。
そこから馬車に詰め込まれ、僅かな干し肉とパンと水を分け合っていたため、ニーフェも子供たちもたいそう空腹だった。
確かにありがたいのだが、この人は私達を奴隷として何をさせるつもりなのか。
聞きたいが、下手に藪をつつくのもはばかられる。
そんな事を考えていると、カルシャはニヤリと笑った。
「ギフトとハッタリで値切って、全員を買い取った私に感謝する事ね」
どうやらこちらの事情を全て知っている訳でもないらしい。
少女は満足げだった。
同時に何か危険な香りもする…気がする。
だが、逃げ出したくとも、ニーフェには既に拒否権などない。
奴隷に与えられる首輪はしっかりと嵌められ、ニーフェたちは確かにカルシャの奴隷なのである。
「遠慮しないで聞きたいこと聞けば?答えてあげるわよ?」
主人は寛大らしい。
ニーフェは少し迷ったが、結局質問を口にした。
「私たちに何をさせるつもりなのですか?」
「とある集落の開拓よ」
即答だった。
「開拓…?」
だが、肉体労働するのに子供は適さない。
ギフトは鑑定していないが、建設系ギフトを持つ子がいたのだろうか?
「そうよ、開拓。子供たちの中に、建設系ギフトを持つ子供がいるの」
合点がいった。
レイジと呼ばれた傭兵が迷いなく選んでいた事から、きっと鑑定ギフトを持っているのだ。
「先程選んだ3人でしょうか?」
それは正解だった。
「きっちり働いてもらうから」
そうなると、建設系ギフトを持たない子供はどうなるのか。
「では、他の子供たちは?」
「まだ決めてない。でも、最低限払った代金分は働いてもらう。バラ売りはしないし、生活は保証してあげる。子供だけじゃなく、貴女もね」
安心していいのだろうか?
ニーフェは子供たちと自分の身の行く末について、先の見えない不安にこの後しばし苛まれる事になる。
*
元・孤児院長の義娘ニーフェ・ラムナム。
子供たちを制御するには、親的な存在であるこの娘を使うのが手っ取り早い。
建設系ギフトがどのギフトかは聞いていないし、その他についてもまだ未鑑定だが、最悪でも単純労働力としては使えるだろう。
物理、ギフト、忠誠、恐怖、その他いろいろ。
奴隷の首輪による強制力はあるが、首輪はいくつあっても良い。
「レイジ、鑑定結果は?」
食卓の甘いものを突きながら、カルシャはレイジを横に呼ぶ。
子供たちの喧騒の中なら、盗み聞きも難しいだろう。
報告を聞くには丁度よい。
レイジの魔眼による鑑定では、当たりは3人だと言っていたが、その内訳はどうなのか。
「製鉄、金属加工、製石が当たり枠。さっきの男の子3人だね」
製鉄、製石はいずれも無機物を鉄や石に変換するギフトだ。
掘削したりして出た土や、鉱山の石などを変換するのによく利用され、様々な材料として使われる。
加工系ギフトは名前そのまんまで、対応した素材の切断や変形を行える。
「他はどう?農業とかは?」
「農業系で行くと、耕地整備、雨乞いが二人ずつ。後は土木系で掘削が3人」
これで10人。
耕地整備は土を耕したり、土壌の栄養状態を知覚できる。
雨乞いは雨を呼ぶ。但し少人数では効果が薄い。
掘削は土でも岩でも掘ることが省力化され、効率が上がる。
雨乞い以外はかなりの収穫だ。
「残りは手当、製紙が2、嗅覚強化、解毒、調理が3、製図、記憶強化。戦闘系が少しいて、《焔の担い手》と《勇ましき剣》、何気にニーフェのギフトが優秀で“調合”だね」
調合は薬や火薬を作るためのギフトだ。
材料に触れてギフトを使えば、精製されたものが作られる。
副次的に触れたものから何が作れるのかも解る。
傷薬や解毒剤が作れるのは当たりだ。
特に人里離れた樹海の中では、調達するより調合する方が圧倒的に早い。自生する薬草は多いので、材料には困らないだろう。
「色々便利そうなのが多いわね。帰ったら集落の改造計画を考えましょうか」
思った以上の成果だ。
どんな集落にするのか、ちゃんと計画すべきだろう。
建築には設計図が要る。人を動かすのにも組織がある方が効率的だ。
全て図書館の古ぼけた本の受け売りで付け焼き刃だが、全くないよりマシ。
こんな所で図書館通いしていた経験が役に立つとは、分からないものだ。
「ツワブキ」
次はツワブキの報告だ。
「アンタからの報告を聞かせて?」
レイジと入れ替わりに、ツワブキが席に付く。
傭兵互助会に公開されるような情報は少ないが、逆に互助会にでるような情報くらいは警戒すべきだ。
「先ずは魔王や指名手配情報でござるが、特に我々につながる情報は公開されていなかったでござる」
とりあえず、まだ魔王襲名やら聖女撃破やらの情報はないようだ。
「聖女の件はバレてないのかしら?」
「ライナ・クロムウェルは闘病の末に死亡した事になっているようでござるな」
死んだことにはなっている、か。
絶対死んでないだろ、アイツ。
あの鉄砲水では普通死にそうなものだが、復讐と聖女の覚醒者なのだ。生き残っていても、なにも不思議なことはない。
現に魔王の火からは一度生還している。
ただ、あの言動からすると、真っ先に一神教を襲いそうだけど。それか私か。
もしくはもう襲われたけど、公表していないか。
まぁ、聖女が堕ちた事実なんて、世間に公表する訳が無い。
徒に不安を煽ってもしょうがないもの。
だけど。
「一神教は気付いてるかもね」
「少なくとも、聖女を殺すような魔物がいる事には勘付いているでしょうな」
少なくとも聖女が行方不明で、お目付け役も蒸発した状態なのは確かだ。
それに気付いていない筈はない。
そこからいずれ魔王に到達する事も考えられよう。
「見つかる前に状況を整えておきたいわね」
ツワブキは少しトーンを落として言う。
「これは噂レベルでござるが、聖女ライナの亡霊が現れてるらしい」
亡霊?
上位者になった時点で既に亡霊のようなものだったが。
ツワブキ曰く、聖女ライナの死亡告知以降、人型の影のモンスターが現れるようになったらしい。
そいつは聖女と同じような聖剣らしきものを持ち、転生者を刈り取り、他のモンスターを貪る。
出会った者の証言では全て異なるギフトを使っており、一神教の祈りの言葉を聞くと怒り狂って暴れだすそうだ。
「…怪しいわねぇ。あの聖女、やっぱり死んでないんじゃない?」
行動が全く持ってアイツそのものじゃない。
多数のギフト持ちで一神教を恨んでるとか、そうそう居ないでしょうに。
影っていうのも、こないだ見た怒り状態を考えたら、そう見えなくもない。
「上位者でござるからなぁ。生き延びていてもおかしくないでござるよ」
ツワブキも同意見のようだ。
あの一戦を見ていれば当然だろう。
「集落改造計画が固まったら、引き続き情報収集してくれる?」
「御意」
ツワブキが軽く頭を垂れる。
「それと、これも噂話でござるが…聖剣ナハルグラートの勇者が動き始めた模様」
「それもきな臭い話ねぇ…」
ナハルグラートの勇者と言えば、転生者ではなくギフトも4個しかないが、凄まじい地力で以て数々のモンスターを屠ってきた根っからの戦士だという。
転生者チャラ系傭兵とは真逆で、鋼の勇者と呼ばれているとかいないとか。
名前は確か…なんだったっけな?
「エニ○ス、いやスク○ニだっけ?」
「多分それは世界が違うでござるな」
的確なツッコミだ。
そんなとこまで有能かよ。
「じゃあ“ああああ”だっけ?それとも“くうぉーてぃ”?」
「何故そんな適当ネームをつけたがるでござるか!?命名神に怒られるでござるよ!?」
あ、やっぱり違うよね?
流石に改名にお金取られちゃうもんね?
んー。
なんかレイジが知っていた気がする。
まぁ、今はいいか。
「聖都では手配モンスター討伐のための義勇兵を増員募集しているようだし、警戒するに越したことはないでござるよ」
「解ったわ。頭に留めとく」
色々と面倒な事になりつつあるなぁ。
私はただただ安全に平穏に魔王したいだけなんだけど。
聖女に一神教に勇者と、危険材料が多すぎるんじゃない?
「めぼしい情報は以上でござる」
まあ仕方ない。
災害が起こるなら、それが防げないなら、備えをするだけだ。
「了解。じゃ、此処の会計お願いね?」
懐を潤してきたツワブキに会計を押し付けつつ、カルシャはそんな風に思考を締めくくった。
「とろこで命名神ってなに?」
「異世界にいるらしい名前の神様でござるな」
「人の名前に文句言うなんて面倒な奴ねぇ」
「変な名前にすると、変えられた人の名前が変えられなくなるでござる」
「え?じゃあ、改名テロできるじゃん!」
斬新な発想!
完!




