4.最弱ウサギさん、手配書が回る
この世界は、人間、動物、モンスターで成り立っている。
調べてもいないし、確かめてもいない。
あくまでそういうモノだと、私が思っているだけだ。
かつて魔王と呼ばれるモンスターたちの統率者が居て、この世界の覇権を争っていた。その頃の人間たちはギフトこそ与えられていたが、統率された軍勢に蹂躙され、狩られる対象だった。
これらの知識は、人間たちの歴史書による。
今は魔王などいない。
モンスターは強大ながらも、狩られる側に成り果てた。
転生者と呼ばれる英雄召喚魔術被術者たちの登場によって。
異世界からの来訪者たち、その進んだ技術は人間たちを発展させ、魔王を討ち滅ぼすに至り、私たちモンスターはこうして手配書をかかれ、追われる立場なのである。
「カルシャ姉、それ、なんです?」
エリスが指差すのは、カルシャの握りしめる一枚の紙。
いくつかの顔と特徴、名前が書かれている。
「私の手配書」
カルシャ・グリム。
少女の名乗る名前は、人間たちの間で拡がりつつあるらしい。
まぁ、今までかなりの転生者を狩りとってきたのだ。それも致し方ない。
そんな事をカルシャが考えていると、隣からエリスが覗き込んで来る。
「へへっ、有名人っすね」
「頭がお花畑なの、アンタ…」
「いやぁ、それほどでもぉ」
「褒めてないし」
ボロボロローブの裸族オオカミ幼女は、相変わらずアホな子だった。
*
「ここらで良いか」
街道から離れて、森の中へ入り込んだカルシャたちは、少し拓けた場所に荷物をおろした。
「エリス、見張りよろしく」
エリスは言われるまま警戒態勢に入る。
が、カルシャのやる事が気になるらしい。
「カルシャ姉、何するんです?」
「ギフトの整理と確認よ」
言って、カルシャは倒木の上に座ると、ギフトの効果を消した。
「…カルシャ姉って、ホントにハジメウサギなんすね」
変身が解除されて、カルシャの本来の姿が露わになる。
真っ白な、角の生えたウサギだ。
ハジメウサギ。
人間たちが最初に狩るモンスターの末席。
カルシャ・グリムは、ハジメウサギ変異体なのである。
ウェアウルフたるエリスとは、食物連鎖の上下関係にあたる。
「ヨダレ垂らすな」
「すみません、つい本能で」
デロリする口元から鋭い犬歯がのぞく。
「余計怖いんですけど!」
「またまたぁ、僕よりダンチで強い癖にぃ」
ギフトの所持数と経験により、カルシャはエリスよりは確実に強い。
「それはそれ、これはこれよ」
しかし、本能的危険性への恐怖は拭えないものである。
こういう物言いと態度だが、けっこうなビビリなのを、カルシャは自覚している。そして、それが今までの生存に繋がっている事も。
「馬鹿な事言ってないで、あたりの警戒しなさいよ」
「はいはいー、解ってますよー」
「全く…気が抜けてるんだから」
改めて、カルシャはとあるギフトを開く。
「《時計修理の妖精》」
ギフトが効果を現すと、カルシャの周囲に幻影が現れる。それはパネル状で、マス目が沢山刻まれた粘土板のように見える。
ギフトの一覧表だ。
カルシャが呪い授かったギフトは光っており、今まで100以上取得してきたのだが、ようやく5分の1が光っているかどうか。
(前回確認してから10個くらい増えてるけど、相変わらず埋まっていかないわね)
粘土板は複数の群に分かれており、属性や効果によって規則正しく並んでいる。呪い堕ちても重複するようなギフトは取得出来ないため、進めば進む程ギフトを手に入れるのは難しくなっていくだろう。
だが、嬉しい誤算もあった。
(これ、奪い取ったやつじゃないな?《尖焔の射手》ってなんだ?)
効果を確認すると、《焔の射手》と同じような効果だが、当たった相手の防御能力を下げる効果があるようだ。
この間取得した《焔の射手》の一つ上の板には、この間まで何も光って居なかった。
(もしかして、板がある程度埋まると上位ギフトに派生するのかしら?)
既に持っていた《焔の尖剣》は防御能力を下げる効果の焔を武器に付与するギフトだが、これと合わさって、上位ギフトが生まれた?
仮説だが、直感的に正しい気がする。
改めて見直すと、他にもいくつか知らないギフトが増えていた。
収集出来ていないギフトは名称不明だが、どのような効果があるのかは粘土板に刻まれている。これなら、効果から派生元を推測できるかもしれない。
(なるほどねぇ。これでもギフトは増えるのか)
これからは派生も考えてギフト収集をした方が良さそうだ。
そんな事を考えている時だった。
「カルシャ姉、人間が近付いてる」
静かに呟かれたエリスの警告を、カルシャの耳は聞き逃さなかった。
すぐさま耳を立てると、遠くの方で鎧の金属が擦れる音がする。
「狩人…、いえ、魔物ハンターかも」
こんな森の奥深くまで、しかも町や街道から外れた場所にやってくる人間は限られている。
「魔物ハンター?」
「名前の通りよ。モンスター専門の狩人の事。で、数は?」
「匂い的には3人っす」
3人か。
カルシャはエリスに作戦を伝える。
「じゃあ、いい?よく聞きなさいよ」
*
「なんだぁ?はぐれウェアウルフ一匹かよ!」
大柄な男。全身革鎧で額あて。獲物は両刃の片手剣と手斧。
「良いじゃない。その手の奴隷としては高値で売れるわ」
ギリースーツの女。武器いらずでギフトで戦う系なのだろうか。
「見たところガキだが、歯向かうんなら容赦しねぇぞ」
眼帯スキン。めっちゃ強面。まさかの腰巻きナックルマン。
威圧感凄まじい中、エリスはボロをギュッと握りしめた。
(ヒイィ!カルシャ姉ヒドイっすよぉ!こんな役目、めちゃくちゃ怖いんですけどぉ!聞いてないんですけどぉ!!)
「あ、あのぉ、痛いのだけは勘弁して下さいっす…」
早く、早くぅ!
内心ヒヤヒヤしながら、エリスは下手に出て相手の態度を窺う。
「やけに素直だな?ま、俺らの強さにビビっちまうのは当然か!」
扱いやすい馬鹿なのがいて助かる。
エリスはオロオロしているふりをした。
「いいから、早く拘束しなさいよ」
ギリーが急かすが、作戦は順調だ。
「痛っ!」
片手剣男が突然声を上げる。
「どうしたのよ」
「蛇に噛まれたんだよ」
舌打ちした男につられてギリーがそちらに目をやると、すでに蛇は茂みに消えゆく所だ。ギリーは治療のため、大柄な男の傷口を見ようとしゃがむ。その瞬間、藪から蛇が飛び出した。
「痛っ…、鎧の隙間から噛まれた」
ギリーの脇に噛み付いた蛇は再び茂みに消えた。
「おい、なんかおかしいぞ!」
眼帯が騒ぐ。
こんなに蛇がいるはずがない。
こんなに正確に襲いかかる蛇が、動物な訳がない。
その思考の隙を狙って、エリスが動いた。
「シャッ!」
木漏れ日に反射する一閃。
ボロの下で隠し持っていた短剣が光る。
「ガッ!」
スキンヘッドの腹筋を浅く切り裂く。
「へへっ!油断したっすね!」
軽業一足、エリスは後ろの木の枝に跳び移ると、魔物ハンター一行を嘲笑う。
「このガキ!」
スキンヘッドが激昂して、エリスのいる木へと走り寄るが。
「カルシャ姉!」
カルシャが動く方が早かった。
「あ゛?!」
何処からともなく現れた蛇が、スキンヘッドを首吊りにしたのだ。
「《鏡移しの呪い》」
ギフトを呪い堕とし、首を締め上げるカルシャの姿は、すでにハジメウサギでは無い。
「エリス、あとはアンタだけでも始末できるわ、多分」
毛皮に蛇の尾、人型の魔獣、鵺の模倣。
エリスが木から降りる頃には、スキンヘッドは窒息死していた。蛇の尾が噛んだ時にギフトは堕落済みで、マルチギフトでも無い限りは無力化出来ているはず。
エリスにはギフトによる強化を施してあり、幼女の見た目に反してゴリラ並みの膂力になっている。
元々素早く身軽なので、油断しなければ死にはしないだろう、多分。
「多分てなんすか、多分て!」
「アンタ、絶望的にツキが無いから」
「…そうっすね。気を付けます」
思い当たるフシがあるようだ。
そして、切り替えが早いのはこの幼女の良いところだ。
「で、カルシャ姉は?」
「あと1人堕とす」
さっきエリスは3人と言ったが、音は4人分。
匂い消しした奴が控えていたのだ。
隠れている奴は、状況判断が優れているらしい。
すでに仲間を見捨てて逃げ出している。
「了解っす。じゃ、片付けときますね」
「それがエリスの最期の言葉だった…」
「妙なナレーションやめてよぉ!」
余裕ぶるとか、ようじょのくせになまいきだ。
そんな感じで主従がじゃれついていると、片手剣男が後ずさった。
「なんなんだよ、こいつら…」
そんな呟きに、エリスが自信満々に教えてやる。
「知らないんすか?カルシャ・グリムとその従者、エリス・レッサカルシャっすよ!」
後書きウサギ小話
お花畑の正体は・・・?編
「カルシャ姉、それ、なんです?」
エリスが指差すのは、カルシャの握りしめる一枚の紙。
いくつかの顔と特徴、名前が書かれている。
「私の手配書」
「へへっ、有名人っすね」
「頭がお花畑なの、アンタ…」
「いやぁ、それほどでもぉ」
「褒めてないし…って、アンタ頭に何付けてんの?」
「えっ?キノコですけど?可愛くないっすか?」
冬虫夏草!
完!