39.悪夢の魔王さま、革命の力を開花させる
雨足はどんどん強くなる。
足元がぬかるみ、カルシャの利点である機動性が削がれていく。
「天は私に味方したな!さっさと倒れろ!」
聖女の猛攻はさらなる加速を見せ、カルシャは一気に窮地に立たされた。
「《竜王の翼》」
地を蹴るが、これもライナの想定内。
羽ばたいた瞬間には、ライナの対抗ギフトが開かれる。
「《人類敵を屠る聖剣》」
聖女系列、位階6。
カルシャの知らないギフトだが、本能が危険を察知する。
咄嗟に身を捩ると、脇腹が浅く切り裂かれた。
にも関わらず、刃に触れた肋骨が砕ける。
危うく胴体真っ二つになる所だった。
あのギフトは恐らく魔物殺し。
傷に対して傷みが大きすぎる。
ついでに竜翼まで切り裂かれ、姿勢制御もままならず、カルシャは泥に落ちる。
だが、痛みで足を止めている場合では無い。
「休んでるんじゃないわよ!」
ライナの攻撃は止まない。
竜翼を解除する。
聖剣の刃が踊る。
次々突き出される聖剣の刺突。
泥まみれになりながらも地面を転がり、なんとか刃を躱す。
傷に泥が這入りこんで痛むが、四の五の言っている訳にも行かない。
「《業火の射手》!」
魔王の炎を放って後ろに飛び退く。
いつの間にか渓流の脇に来ていた。
足場は砂利石に変わり、これなら足を取られることも無い。
ただ、傷の状態を考えると戦況は芳しくない。
豪雨にも負けない炎が上がる中、聖女が平然と出てくる。
「前にも効いたから、今回も効くと思った?」
当然のように対策済みなのだろう。
ノーダメージでは無さそうだが、フルメイルが大半を軽減したらしい。
「残念ね。必殺のギフトが効かなくて」
嫌味たらしく笑う。
魔王の炎まで効かないとなると、いよいよ手札が限られる。
魔王系列のギフトはあと一つある。
正真正銘、これが最後の武器だろう。
革命系列に関しては、まだ夢幻鏡しかない。
あれはこんな状況で、しかもぶっつけ本番で使えるようなモノじゃない。
脇の出血は止まらない。
下手をうてば死ぬ。
どうする?
どうすれば良い?
心臓が煩いくらいに鳴っている。
傷は冷たく、身体は熱く。
カルシャの中の種が発芽する。
小さな芽が伸びるが、それはまだ実を結ばない。
「《生命の泉》」
ダメか。
傷は治らない。
上位者ギフトの傷は、下位ギフトでは治せないらしい。
「無駄よ。それを治せるのは上位者ギフトだけ」
「やっぱダメか。じゃ、これはどう?」
槍を振るう。
「《熱奪の刃》からの…《煌氷牙》!」
熱を奪うギフトと魔王の氷。
横一閃に描かれた煌めく軌跡から、熱奪の氷晶か降り注ぐ。
数多の刃がライナに殺到するが、ライナはそれらを聖剣で防ぎきった。
なんて奴。
やっぱ地力では敵わないか。
…あ、ヤバ。
血が足りなくて、視界が暗い。
槍を突き立てて、支えにする。
身体は震え、寒さが身体を侵しはじめている。
「ヤバイわね、普通に死ぬかも」
そんな独り言が出るくらいに、カルシャは追い詰められた。
「ようやく追い詰めた!」
雨のせいで激流になりつつある川べり。
そこまで広くない対岸同士で、カルシャとライナは対峙する。
「諦めなさい?もうオマエは終わりなのよ!」
なんて表情。
これじゃどっちが魔王なんだか。
「…嫌よ。最後まで生きる。それが私なんだから」
強がりを保たなければ立ってもいられない。
死にたくはないが、活路が見えない。
どうすっかな。
ダメ元で仕掛けるか。
「まぁ良いわ。四肢を切り落としてから、オマエの仲間を蹂躙する。それまでちゃんと活かしてあげるから」
このタイミングしかない。
「ハッ!笑わせんな!」
視線は外さない。
跳躍のための筋肉のたわみ。
ライナが剣を振りかぶり、身体を沈める。
「《空蝉の変容》!」
ルシャーリアの姿を捨てて、続けざまにギフトを開ける。
気付いた様だがもう遅い。
ライナの身体は脳の命令に従って、大きく跳躍する。
近付く刹那。
雨の粒さえ止まって見えるその一瞬。
カルシャが目を離さず見つめるライナの瞳には。
「魔王の力を見るが良い!《暴虐の嵐》!」
書記官レメルの姿を写したライナの瞳。
その次の瞬間、嵐を凝縮した破滅の杭が放たれる
即座に振り下ろされた聖剣と激突。
一瞬躊躇ったライナをゴミのように吹き飛ばし、ボロボロになったライナはぐしゃりと川辺に墜落した。
決まった。
一種の賭けだったが、上手くいった。
私にはまだ生きる目があるらしい。
ついでに言うと、聖女もまだ生きていた。
「クソが!その姿!私を愚弄するか、カルシャ・グリム!」
元気だな。
全身バキバキのくせに。
私も人の事言えないけど。
だが、トドメは刺さないと。
雨の中、何か轟音が聞こえる気がする。
嵐はギフトだけで十分だ。
槍を持ち上げる。
川に向かう。
その時だった。
「カルシャ殿!退くでござる!」
突然抱きかかえられた。
ツワブキめ。
なんだってんだ。
トドメ刺さなきゃまた来るだろうが。
そう思って川を見れば、先程までカルシャとライナの居た川辺は、濁流の渦になっていた。
「鉄砲水でござる!危なかったでござるよ!」
耳に入ってきた轟音はこれだったか。
とりあえず助かった。
安心すると同時。
ぷつり。
ここで、カルシャの意識は途絶えたのだった。




