36.悪夢の魔王さま、鬼武者を狩る
電光石火。
希少種ブラッド・ベルセルクの魔王が駆け抜ける。
カルシャはすぐにオーガの一体へと肉薄し、その鎧の隙間めがけて槍を突き出した。
「凍り付け!《熱奪の刃》!」
凍てつく炎は熱を奪う。
穂先から広がる熱量奪取により出血が凍り、傷も凍り、そして内臓も凍る。
生命としてのエネルギーが奪われ、臓器不全を引き起こして、オーガのうちの一体が死に至る。
「まずは一体」
カルシャが穂先を引き抜くと、オーガたちのリーダーらしい色違いの鎧武者が笑う。
「グハ!犬風情ガヤリオルワ!」
ただのウェアウルフだと思われているらしい。
まぁ、見た目はエリスなのでそれは仕方ない。
「私をただのウェアウルフだと思わない事ね」
重要なのは、ここのウェアウルフたちに恩を売る事。
それには脅威を討ち取るのが手っ取り早い。
「グフ!ソノ言葉、挑戦ト受ケ取ッタゾ。名乗リヲ上ゲルガ善イ!」
オーガの誘いに従って、カルシャは名乗り上げる。
「我が名はアーデカルシャ。夢魔王アーデカルシャ・グリムレクスよ」
それを聞いて、オーガは豪快に笑った。
「ホホウ!魔王ヲ名乗ルカ!面白イ!」
「さっさと片を付けさせてもらうわよ」
「全員、奴ヲ仕留メロ!」
そこから先は、全てのオーガの攻撃がカルシャに向けられた。
迫りくる巨体、振るわれる太刀。
小さな身体で飛び跳ねて、キラキラ光る穂先が踊る。
リーダー含め残り8体。
切り払う一閃。
腕を凍り付かせ、石突で砕く。
その間に背後に近付くオーガの兜割り。
柄を捻って、巻いた旗を少し開いて受ける。
聖剣でも斬れないであろう魔王の法衣は、オーガのなまくらを阻み、カルシャはその一瞬で回避する。
回避ついでに横なぎにひと振り。
腕を失ったオーガの胴を払って氷像に変える。
相手も小手調べなのだろう。
展開が緩慢すぎて、一体ずつじゃまどろっこしい。
ギフトで一気に数を減らすか。
少し距離を開ける。
「氷晶よ、穿け!《煌氷牙》!」
槍の横一閃。
その斬撃が氷を纏って飛翔する。
虚空を斬ったその跡に形成された透明の氷晶が、雨の如くオーガたちに射出されたのだ。
無数に硬質な氷晶を放つこのギフトは位階6の魔王系。
識魔王ウォロクから受け継いだギフトの一つである。
その威力・発動速度は凄まじく、氷雨を受ける事になった5体のオーガは全て鎧ごと串刺し。
その身を氷像に変えて絶命していた。
残りはリーダー格を含めて3体。
無言で前に出る2体は、左右反転、そっくりな動きをする。
双子か。
厄介だが、カルシャの敵ではない。
一方が剣を振れば、もう一方が防御を担う。
カルシャが攻撃すれば、受けと反撃が同時に返る。
身体強化系のギフトを使っているのだろうが、カルシャには意味をなさない。
攻撃すると見せかけて、カルシャはギフトを開ける。
「ーーー《拒絶の盾》」
受けた刀、反撃の刀、その両方が弾かれ、隙を作る。
一瞬だが、それで十分。
続けざまに開いたギフトが、双子のオーガを殺す。
「《尖焔の射手》」
正確に頭を射抜く炎2つ。
脳を焦がして死なない奴はいない。
双子が仰向けに倒れ落ちるのを見て、オーガのリーダーは大笑した。
「見事!見事ナリ!」
そして大太刀を抜き放つ。
「サァ、尋常ニ、勝負!」
なんで嬉しそうなんだか。
死にそうな相手を前に笑う精神が理解できない。
「《滅殺閃》!」
真空の刃が飛ぶ。
一つどころではない。
次々と飛来する不可視の刃に、カルシャは回避を余儀なくされる。
「鬱陶しいわね…」
一気に燃やすか。
集落も一部燃えそうだから、ここは合わせ技だ。
「《拒絶の盾》」
防護の結界が、カルシャとオーガを包む。
これで逃げられない。
そのままカルシャは結界を壁蹴り、大きく上空を陣取ると、下に向けて手を向けた。
「骨まで焼けろ!《業火の射手》!」
地上で見上げるオーガを、魔王の炎が包み込む。
落下する直前、ギフトで竜翼を纏ったカルシャが見た光景は、拒絶の盾に切り取られて焼け焦げた地面だけだった。
*
魔王が竜翼を羽ばたかせて、集落の中央に降り立つ。
グレインを含めた殆ど全てのソルガの民が、その魔王の一挙手一投足を見つめていた。
強い。
魔王の名に相応しい。
そして恩義も出来た。
この魔王を名乗る者が何者であれ、ソルガは救われたのだ。
であれば、恩を返さなければ。
「アーデカルシャ様、先ずはこの集落をお救い頂き、有難う御座います」
グレインは前に出て、跪く。
両手を地面に着け、平伏する。
服従の証である。
戦士長…村の実質的な長であるグレインがそうした事で、遠巻きにしていた他のウェアウルフたちも平伏する。
「良いのよ、こっちもタダで助けたつもりはないから」
頭を上げなさい?
カルシャがグレインに許可する。
グレインが改めて見上げると、アーデカルシャの姿は美しくもまだあどけなさの残る少女だった。
黒髪に黒耳、輝く槍を携えた魔王。
だが、グレインは同時に気付く。
これはウェアウルフの匂いではない?
「失礼ですがアーデカルシャ様。貴女は本当にウェアウルフですか?」
どちらかと言うと被捕食者の匂いだ。
その事を問うと、カルシャはあっさりとそれを認めた。
「違うわよ?」
そして、集落の外に向かって呼びかける。
「エリス!」
その声に反応して姿を表す5つの影。
その内の一人の姿に、ウェアウルフたちがざわつく。
「魔王が二人?」
ボロローブではなく、魔王らしく着飾った姿のエリスがいたからだ。
5つの影が、魔王の一歩後ろに横並びになる。
人間の傭兵、工作員、ウェアウルフに妖精の双子。
カルシャはエリスに槍を預けると、ギフトを解除する。
「《空蝉の変容》解除」
魔王の姿は、一瞬で角もつウサギに変わる。
「ウサギ…?いや、変異種か?」
「私はハジメウサギの変異種。同時に、魔王でもある」
不敵な言葉だった。
グレインたちウェアウルフが聞き入る中、エリスが魔王の言葉を代弁する。
「カルシャ姉…じゃない、アーデカルシャ様は臣下をお探しであるっす!此度、この集落をお救いになったのは、ウェアウルフ族の忠誠心を買っての事!この栄光に預かりたい者は名乗り出るっす!」
ウェアウルフの同胞の言葉に、グレインたちの心は後押しされた。
オーガから助けられた恩は、必ず返す。
そう思わないソルガ族は居なかった。
それを代表して、戦士グレインは忠誠を誓う。
「我等ソルガ一族は、既に夢魔王アーデカルシャ様の臣下。鋼の忠誠を捧げます」
その言葉に、カルシャは笑った。
「その貢物、受け取ってあげるわ。しっかり役に立って頂戴?」
そして、言葉に合わせてエリスが御旗を開く。
「悪夢と征服の魔王アーデカルシャ・グリムレクスに栄光あれ!」
《凍炎の夢魔王御旗》
掲げられた煌めく槍に、赤黒い御旗。
そこには大きく角もつウサギが刺繍されていた。
後書きウサギ小話
ホントに魔王?編
「よろしくお願い致します、アーデカルシャ様!」
「堅苦しいのは無しよ。詳しくは部下たちから聞いて」
・・・
「エリス様ー」
「なんすか?」
「アーデカルシャ様から詳しくは部下から、と」
「…丸投げっすね。グレインさん、カルシャ姉を見てどう感じたっすか?」
「凄まじく…強い、としか」
「僕は…美味しそう、だったっす」
食欲の魔王!
完!




