25.最弱ウサギさん、魔王の力を使う
「だって、私は悪夢の狩人なんだから」
そう言い放ったカルシャだが、勇者を前にして内心ではひたすらブルっていた。
(頼むから退きなさいよ…一人殺しちゃったけど、お願いだから退いて。お願い。神様にも祈るから、どっかいって!)
荷物を纏めて、走るのに適した本体に戻り、最短ルートをひた走っていたら、勇者たちがいた。
驚くあまり止まるより走り抜ける方を選び、防衛本能に従って串刺しにした訳だが、この状況はカルシャにとって全くの不本意であった。
前には勇者と騎士、後ろには司祭。
挟まれた。
迂闊にギフトも開けられない。
書記官が弱いのは当たり前だ。
だが、平然と身代わりになるあたり教育と信仰が振り切れていてヤバイ。
さっきの雷のギフトだって、避けられたのは完全に偶然だ。
当たっていたら死んでいたのはカルシャかも知れなかった。
咄嗟に放った位階5ギフトを避けられたのも、呪いを発動出来たのも偶々だ。
ギフト収穫で培われた手癖の悪さが上手く発揮されたに過ぎない。
とにかく。
一刻も早くこのストレスフルな状況から逃げ出したい。
カルシャの頭の中は逃走にしか向いておらず、警戒して観察を続けるライナの考えまで読めていなかった。
だから、千載一遇の逃げるタイミングを失った。
「よくもレメルを殺したな!」
ライナが叫ぶ。
ライナは激情に滾っていた。
レメルを殺された事に、怒りを覚えていた。
一撃で仕留めそこねた事に、悔しさを覚えていた。
何より、死なずに安堵してしまう自分自身に、情けなさを覚えていた。
何が勇者だ。
何が聖女だ。
聖人君子ではない。
勇ましくも強くもない。
だから目の前で人が死んでもいいのか?
否。
答えは否だ。
理不尽に死ななければならなかった一度目の生。
二度目の生では後悔しないと決めたのに。
「私の前で、人を殺したな!」
傀儡でも、私には意志がある。
許されるのならば、私は聖女として力を振るおう。
「その身を晒せ!《苛烈なる乙女の聖剣》!」
幾多の魔物を屠ってきた無垢の紅。
その刃を晒して銘を呼べば、刃は聖女にのみ応える。
陽炎を纏う刃を手に、ライナはカルシャに立ちはだかる。
「お前の咎を裁断する!」
「あぁ、もう!《竜殺しの偽魔剣》」
飛びかかってくるライナの剣を角で弾く。
ウサギのままではまともに戦えない。
だが、悠長に変身している場合でもない。
司祭も騎士も参戦しないのは、聖女がそれだけ強いから。
角で戦うにも限度がある。
「《風神演舞》」
聖剣を受けた瞬間にギフトを開ける。
吹き飛ばし、距離を開けるための神風。
聖剣ごと聖女を押し下げ、カルシャ自身は反動で司祭に体当たり。
角は避けたが、司祭はウサギの身体に跳ねられ道を開けた。
一歩、二歩、三歩。
少しの距離を取り、カルシャは再び勇者を見やる。
怒りに燃えた瞳。
輝く聖剣。
戦う意志は微塵も砕けてはいない。
仕方ないか。
カルシャはすぐに決断を下した。
「ーーーーー燃え尽きろ、《業火の射手》」
最大火力。
必滅の灯火が勇者ライナを襲う。
避難通路は狭く、炎は空気を食らって全てを燃やす。
「クソがっ!阻め、《女神の御手》!」
ゴオオオ!!
ギフトの呼び声と共に、従者もろとも勇者は火に呑まれた。
酸素を食い尽くされた通路が深呼吸する。
強烈な追い風を背中に受けながら、カルシャは炎が過ぎ去った跡を見ていた。
黒焦げ。肉の焼ける匂い。失われぬ聖剣。
勇者ライナは打倒され、意識もなく、瀕死だった。
カルシャはぴくりとも動かないライナを見て、死んだと判断した。
脱兎の如く走り去るカルシャを見送る者はなく、通路には静寂が戻った。
魔王の力の前に、聖女は敗れ去ったのである。
*
「死ぬかと思った」
エリスたちと合流した頃には、カルシャは疲弊しきっていて、今はエリスの頭の上だった。
「カルシャ姉、なんか焦げ臭いっすよ?」
「最悪だったわ。勇者と鉢合わせよ」
ウェアウルフの頭にウサギが乗っているのはかなりシュールな光景だ。
しかも人語で悪態をついているのである。
人通りの無い街道でなければ、怪しまれる所だ。
「よく無事だったね」
「位階6の魔王の炎をぶちかましてやったわ」
「だから焦げ臭いんすね」
だが、エリスもレイジも慣れたものである。
そこでツワブキが口を開く。
「勇者ライナは死んだでござるか?」
状況的には。
「多分。ギフトで軽減してたけど、全身黒焦げだったわよ?」
あの状態で生きていたとしても、火傷が酷くていずれ死ぬだろう。
そう考えていたが、カルシャの予想に反してツワブキはこう呟いた。
「ふぅむ…。まぁ、今後小生が確認すればよい事か」
まさか。
「死んでないんじゃないかって?」
「恐らくは」
ツワブキには確信があるらしい。
「根拠は?」
「聖女は簡単には殺せぬようになっているでござる。生きながらえる為のギフトが埋め込まれている故」
書記官といい、聖女本人といい。
「…改めて尋ねるけど、一神教ってなんなの?」
*
「…ク、ソ、が!」
意識を取り戻した時には、ウサギは居なかった。
見逃された。
最大級の侮辱だ。
殺されたい訳では無かったが、その事実には怒りしか覚えない。
皮膚も髪も焼けただれ、四肢も動かない。
聖剣も今は輝きを失っていた。
位階5のギフトでも容易く壊す炎は、聖女ライナを一旦は壊し尽くしたが、それでも殺すには足らなかった。
《篝火の処女》
ライナが一神教によって埋め込まれたギフトは、その身を聖女にするための下地を与える。
副次的な効果として、即死無効、体力継続回復、幸運を与える。
そして、一神教への拘束として働く。
まさしく神の手駒となるギフトだ。
容易に死なず、味方を鼓舞し、理想の平和を創り出す。
だが、それもここ迄だった。
朦朧とする意識の中で、ライナは明確な死を感じていた。
ギフトの直撃からは生き残ったが、そもそもエストやリクスは骨すら残らない有様。
生き残ったライナが特別だったのだ。
そんな奇跡も、もうすぐライナが死んで終わる。
そのはずだった。
『か弱き者よ、力が欲しいか?』
幻聴が聞こえた。
もう声も出ないが、ライナは心の中で叫ぶ。
死にたくない。
二度目の生まで理不尽に終わりたくない。
もっと生きたい。
ライナの想いが、再び幻聴を招いた。
『ならば恩寵を与えよう』
その瞬間、ライナの身体が熱を帯びた。
炎に焼かれるのではない。
人に抱かれるような、母に抱きしめられるような、そんな感覚。
ライナは朧気な意識の中で、もう一度幻聴を聞いた。
『聖女ライナよ。《聖女》と《復讐》を授かりし有り得ざる聖女よ。汝の偽りの聖女は消滅した。汝の心の赴くままに生を謳歌するが良い』
福音だった。
枷は取り払われた。
そしてライナの意識はぷっつりと途絶えたのだった。
後書きウサギ小話
仕事を終えたらBBQ?編
「カルシャ姉、なんか焦げ臭いっすよ?」
「最悪だったわ。勇者と鉢合わせよ」
ウェアウルフの頭にウサギが乗っているのはかなりシュールな光景だ。
しかも人語で悪態をついているのである。
「よく無事だったね」
「位階6の魔王の炎をぶちかましてやったわ」
「だから焦げ臭いんすね。ちょっと焼き肉食べたくなって来たっす(*´﹃`*)」
「勇者に続いて身の危険を感じるっ?!」
食物連鎖!
完!




