4−17.悪夢の魔王様、地下を行く
カルシャの作戦は単純だ。
レイジとグレインによる陽動。
その間にカルシャたちが地下へと潜り、教皇ハンナデルカを叩く。
もしダメなら素直に退いて都市を破壊する。
教皇が地下に潜むという予測は、かつてライナが一神教配下だった時の記憶から来ている。
聖都の地表近くには転生のための遺跡があるが、その中には教皇の住居らしきものは無かったらしい。
もちろん、周囲の建物内にも。
魔術なんてものを知っている以上、あえて防御の薄い地表になど、居を構えることはないだろう。
そもそも、一般的な一神教信者に魔術なんてものを見せる訳はない。
そんな考えから、目的地は地下にあると踏んだ。
今のところ、その予測は正しかったと言えそうだ。
カルシャが軍勢を引き連れて転移した瞬間から、足元をまさぐるような不快な気配が立ち上っていたからだ。
グレインとレイジたちを送り届けてからすぐに、地表が大きく揺れた。
開戦だ。
火蓋は切って落とされた。
「さ、私達も行くわよ」
カルシャたちの一神教潰しが始まる。
†
聖都地下の書庫区画を下る。
不快な気配のする方、下へ、下へ。
生き物の気配はなく、罠もなく。
ちょうど広間に出た所で一時の休息を取ることになり、皆が腰を下ろした。
そんな時。
「ねぇ、イヴレインって何者なの?」
ライナからアーロへ、そんな質問が投げかけられた。
唐突に思えるこの質問も、今アーロがカルシャたちについて来ている時点で無関係ではない。
そうでなければ、アーロが追従するはずがない。
「奴は魔王、この世界を侵略する者だ」
勇者アーロ。
一神教が認めていない、民衆によって掲げられた孤高の戦士。
本人曰く、魔王イヴレインを殺す者。
カルシャたちが感じている不快感は決して錯覚などではなく、アーロが急いているように見えるのもまた事実。
それが指し示すのは、一神教とイヴレインがつながっている可能性だ。
「実際に一神教がどれほどイヴレインの事を知っているかは知らん。しかし、奴はこの先にいる」
アーロには確信があった。
魔王イヴレイン。
かつて数多の魔王と勇者を葬った魔王。
異貌、すなわち、異なる者。
その証拠は、アーロに流れる異貌の血液。
冷たく脈打つソレが、始祖の目覚めを物語る。
「奴が何をしたのかは、そこの妖精の方が詳しいだろう」
不快な気配を全員が感じているからこそ、それが虚偽でないことが伺える。
それを理解してか、妖精たちは素直に喋りだした。
「魔王イヴレイン・レガリアは異貌の侵略者」
「魔王イヴレイン・レガリアは封印された囚人」
カルシャも地底で得た知識で知っている、世界をリソースとして搾取しようとした一人。
過去、外界からやってきてこの世界を侵略し、勇者と魔王に封じられたのだ。
「この世界の理たる勇者を倒し、世界に取り込まれた他の魔王たちを滅ぼした」
「この世界に取り込まれること無く、一時は世界を支配しかけた」
妖精たちは、それを見聞きし、知っている。
その蛮行、その強さ。
そしてその結末。
数多の犠牲を費やして、封印されるに至った。
「しかし、その脅威は勇者と魔王の魂を以て封じられた」
「よもや、聖櫃を破るものが存在するなど、想定されなかった」
故に、この気配が本物であると知っている。
聖櫃は破られ、世界は再びイヴレインの侵略を受けている。
今は聖都だけが乗っ取られているが、それもすぐに拡がる。
「今や魔王イヴレインは復活した」
「今や世界は脅威に飲み込まれつつある」
魔王イヴレインは、魔術を以て支配領域を拡げていくだろう。
それが脅威と言わずして、なんと呼ぶのか。
そして、それが世界すべてを包み込んだ時、この世界がどうなるのか。
「新たなるクロト、我等が主アーデカルシャ様」
「新たなる秩序、我等が希望アーデカルシャ様」
それを理解している妖精たちは、改めてカルシャに向き治り、崇拝するように頭を垂れた。
「魔王イヴレインは、いずれこの世界を飲み干し、消し去ることでしょう」
「魔王イヴレインは、貴女様以外では止めることすらできないでしょう」
カルシャが魔術師であるが故に。
魔術で作られた世界であるが故に。
イヴレインが魔術師であるが故に。
「「どうかこの世界に平穏をお授け下さい」」
この世界で、真に魔術師イヴレインを討ちとれるのはカルシャだけだ。
それは如何にアーロが強かろうと関係ないし、他のメンツにしてもギフトの多寡など関係ない。
世界の外の理をはね返せるのは、カルシャだけなのだ。
「魔王イヴレイン、ねぇ」
正直なところ、カルシャには世界の事などどうでも良かった。
他の魔術師が侵略してきたとして、こちらに害がなければ好きにすればいい。
だが、イヴレインは違う。
「邪魔する奴は張っ倒す。それだけでしょう?」
明確にカルシャの大事なものを壊す。
それならば、放置する理由などない。
そこに複雑なロジックなんてない。
あるのはただ、原始的な敵の排除、それだけだ。
「くっ、はははっ!貴様、やはり大物だな!」
カルシャの事もな気な言い草に、アーロは笑った。
「何よ、いきなり笑いだして」
カルシャは若干不審がるが、アーロは気にしないで言う。
「言葉通りさ。俺が生涯をかけてなそうとしている事が、貴様にとっては些事だっただけのこと」
そう。
些事だ。
世界を背負うー本人にその気がなくともーカルシャにとっては、単なる二択であり、答えが決まっている問題なのだから。
「あぁ……アンタはイヴレインを倒したいんだっけ」
だから、アーロの苦悩や望みなど、知ったことではない。
「あぁ、そうだ。俺は奴の血を引く半魔だからな」
だが、使えるものは使う。
「それで?アンタはどう動くわけ?」
アーロとは、そういった部分で協力できるだろう。
「何も変わらんさ。貴様が奴を叩くなら、それを利用するだけだ」
「あっそ。せいぜい邪魔しないでよね」
戦力としては期待しない。
片をつけるのはカルシャの役目だ。
「流石カルシャ殿、異界の魔王も眼中になし、でござるなぁ」
「当たり前でしょ?私はこの世界の始祖の力を受け継いでるのよ?負けるはずないじゃない」
この世界はクロトのもの。
カルシャ自身が負けるのは、世界の滅びに他ならない。
それ以前に負ける気もない。
戦う覚悟はもう済ませた。
「それで?結局イヴレインってのは、具体的にどんなやつなのよ?」
だが、何事も準備しすぎることはない。
知っていることがあるなら聞いておくべきだろう。
「そうだな。身体的な特徴でいえば、軟体生物だ」
アーロは魔王そのものを、かつて見たことがあるのだそうだ。
「但し、その形は常に変化し続けている。そのせいか、身体を壊してもすぐに再生する」
物理的には柔らかいが、再生力が異常に高い。
魔王や勇者が奴を殺せなかったのはそのせいだ。
恐らく世界の魔力を吸い上げているのだろう。
「加えて、多様な上位ギフトを扱う」
上位ギフトは体系化されて世界に取り込まれたが、他にも魔術を使うかもしれない。
「配下の眷族がどの程度揃っているかは不明だな」
一神教が腐敗していたことを考えると、眷族も多数いるのだろう。
特に聖都の地下は、そういった表にできないものを隠すにはちょうどいい。
その後、全員で一神教とイヴレインについて、予想と対策を話し合った。
結論こそでないが、少なくとも敵に警戒くらいはできるだろう。
足元の気配はどんどん強くなっていた。
後書きウサギ小話
至高の食材イヴレイン編
アーロ「そいえば戦場で奴の肉を食ったな」
一同「え゛っ」
アーロ「案外美味いぞ?歯ごたえがあって、旨みが染み出る」
一同「・・・(コイツがイヴレインの血縁なのって、食べた肉に浸食されたからでは・・・?)」
戦場のゲテモノ喰らい、その身を滅ぼす?!
完!