4−10.最弱ウサギさん、復活する
それは実際には、短い時間であった。
体感的には、永劫にも似た感覚が支配的だった。
なんせ唯一の君主が昏睡し、さらには死に瀕していたのだから。
幹部たちは魔力を捧げ、祈りを奉じ、ただただ待つ事しかできなかった。
無力感と迫りくる絶望の中で、誰も声を発しない。
祈り続けることしかできない。
最初の変化は、そんな状況を唐突に壊した。
「ーーーーー?」
パキン、と氷の割れるような小さな音に、エリスだけが気がついた。
顔を上げたエリスが目にしたのは、カルシャに絡みつく刻印が砕けていく光景。
「刻印が…壊れてく」
口をついて零れた言葉に、他の幹部たちも顔を上げた。
パキパキと音をたて、砕けて虚空に溶けていく刻印。
カルシャの身体は自由を取り戻し、その瞳がゆっくりと開かれる。
エリスは言葉を探せなかった。
何を言うべきなのか、わからなかった。
だけど、絶望が溶けてなくなっていくのだけは、よくわかる。
同時に、死した身体でさえ、涙を流せる事も。
頭を上げる白ウサギ。
その真紅の瞳がエリスたちを眺めて、それからこう言う。
「おはよ、みんな」
†
尖鉄都市グリムソルガ。
御所。
復活を遂げたカルシャは、しかし衰弱した状態であった。
魔力を使い果たし、戦闘で傷を負っていたのだから、当たり前の事だ。
ゆえにカルシャは食事をとるのと報告をうけるのを同時に続けていた。
「私はどれだけ眠ってた?」
「丸一日ほどでござる」
問いかけに応じるのはツワブキだけ。
他の者は戦闘の事後処理に回らせた。
戦闘終了から一日。
まだまだやるべき事は多い。
「こっちの被害状況」
「生存者は半分で怪我人は多数。戦闘員は三分の一になったでござる。」
元々の人工は約100人。
生き残りは、非戦闘員29、転生者5、ウェアウルフ13、ケイオスビースト3、幹部クラスを加えて合計57。
謀反で10名程度の離反があったことを差し引いても、被害は大きすぎた。
「都市の被害」
「地虫による破壊が多少出ている以外は何も」
空爆による地虫の侵入によって、いくつかの地表の建物が壊れた。
地下に侵入した地虫もいたが、そちらは既に討伐されている。
「物資の被害」
「そちらは手付かずでござる」
一神教の軍勢たちは、魔王を討伐することを主目的としており、焼き討ちや略奪されていなかったために無事だった。
これは不幸中の幸いだと言える。
「弔いは?」
「順次行う予定で準備中でござる」
地虫に食い荒らされた者たち以外は、人のカタチを保ったままだ。
今は広場に遺体を集めており、もうすぐ全ての者を回収できるらしい。
「皆の士気は?」
「カルシャ殿の不在で下がっているが、顔を見せれば奮ってくれるでござるよ」
カルシャへの忠誠心だけで戦っていた臣下たちはそうかもしれない。
そうでない者は、再び付いてきてくれるか正直疑問だ。
「家族が殺された事に関しては」
「計りかねるでござる」
ウェアウルフたちは多分、復讐したいと望むだろう。
転生者や奴隷たちの中には、逃げ出したいと思う者もいるかもしれない。
「了解」
それらを飲み込んで、カルシャは質問を終えた。
今度は逆にツワブキから問いかけられる。
「これからどうするつもりでござるか?」
それは分かりきった質問だ。
「決まってるわ」
臣下を殺された。
私は力ない弱者ではない。
「やはり、決着を?」
ならば、やる事は決まっている。
「当然。報いを受けさせてやる」
私は、私から何かを奪う者を許さない。
カルシャのその意志は、ツワブキも聞くまでもなく理解しており、それは確認でしかない。
問うべきは、如何にそれを為すか。
それについても、ツワブキには見当がついている。
「……改造は、しないでござるか」
誰を、何を、とは言わずとも、わかる。
「悩んでる」
選択肢はさほど多くない。
戦うのであれば、さらに限られる。
「カルシャ殿が死者さえ改造できる事を、皆は知っているでござる」
見聞きして知っていれば、当然わかりやすい考えに至る。
「だから弔いをしてないんでしょ」
死者を不死者とする、または生者を改造するために使う。
「然り」
ツワブキの示す考えは、残った者を死者の肉体で改造するというものだ。
カルシャの消費だけで、グリムソルガは再び立ち上がる事ができる。
戦力だけで言えば、ひょっとしたら襲撃前を上回るかもしれない。
「…改造したとしても、生き残れる可能性は低いわ」
それを躊躇するのは、そうした所で勝算が低いから。
「そう、でしょうな」
「アンタたちがそれでも付いてくるのも知ってる」
ここまで付いてきてくれた臣下たちがー特に戦闘部隊はーここで離脱するとは思えない。
けれど多勢に無勢なのは変わらない。
ましてや、一神教には特別司祭もいる。
カルシャさえ手を焼く相手に、改造しただけの魔術を使えない兵が何をできるというのか。
「ーーーーーー」
ツワブキは何も言わない。
カルシャの考えを理解して、何も言わない。
決めるのはカルシャだと、態度で示している。
それでも、その目はカルシャについていくと語っていた。
あぁ、これは、もう、止まらない、かな。
なら、魔王アーデカルシャは、こういうべきなのだろう。
「ねぇツワブキ、皆には友や家族の死をその身に受け入れる覚悟はあるかしら?」
「なぜカルシャ様は顔をみせてくれないのか」
「いったいどうしてこんな事に・・・」
「アイツが離反して、死んだ、だって?」
「うっ、うぅ・・・どうして、あなたが」