3−19.最弱ウサギさん、深淵を覗き込む
地底大河の脇を進む。
細かく分かれて浮かぶ水が体感温度を下げる。
にも関わらず、洞窟内は適温で、明るさは変わらない。
「こんな世界、想像もしてなかったわ」
ライナでなくとも、こんな風に洞窟が続いてるなんて思いもしないだろう。
それが下に向かうにつれて徐々に拡がっており、風も吹いてくる。
この先どんな光景が待っているのか、誰にもわからないのだから。
「今のところ、地下っぽいのは見た目だけっすもんね」
エリスの言うとおり、洞窟内でそれらしいのは見た目だけだ。
そもそも明るいし、空気もひんやりはしているが、大河のおかげで淀まず、循環は保たれている。
「あとは光る鉱石にコケ、トカゲとか魚がいましたね」
何より洞窟らしくないのが、湖が運ぶのは水だけではないという点だ。
エイリちゃんが言うとおり、道中には泥に芽吹く草花、飛沫落ちる貯まり水には数匹の小魚が泳いでいたし、壁にはトカゲや虫もちらほら。
洞窟に適応した種類でもなさそうだし、湖に運ばれたにしては豊富すぎる。
湖底まで生きたまま沈むトカゲや虫なんていないでしょうし。
「この先に生き物が住める環境があるのは間違いないでしょうね」
そんな風に洞窟を下っていくと、開けた空間に出た。
大河の流れが曲がっており、そのせいで洞窟が削れて浅瀬になっている様子。
大河が曲がった先はさらに広くなっており、巨大な石の柱が乱立する、石の森といった光景が続いていた。
「ここがタルタロス?」
ライナに問うと、首を横に振った。
「いいえ、恐らく違う。タルタロスは地上の豊かな自然を凝縮した世界のはずだもの」
ライナ曰く。
タルタロスに続く道は無数にあり、その道中は地上の河や水を追う事になる。
大河は地を下り、やがて光の洞窟を抜けて、表層と裏側を隔てる森を抜け、ようやくタルタロスに至るのだとか。
「つまり、ここが地上とタルタロスの境目ってこと?」
「多分ね」
地上もタルタロスも魔術師アデルカが創ったとされる。
創生の神話。
何もないこの世界に降り立った創造主アデルカは、初めに器を創った。
巨大な器には水が満たされ、そこからあらゆる生き物たちが形作られた。
次にアデルカは陸地を創った。
そこにさらに植物を創り、空を創り、時間が生まれた。
アデルカはこの世の理を敷き、魔術による楽園とした。
全ての生き物は蓋のされた器から楽園への道を昇り、空と時間の流れる地上に住まう事になったのだ。
これが創生。
これが世界。
ライナが読んだ書物は、このタルタロスの事と創生神話を紐付けたものであり、実際それは凡そ正しい推測だったのだろう。
石柱の森を進む。
浅瀬には小魚が時折鱗を煌めかせ、僅かに生えた草木を寝床にした羽虫が飛ぶ。
静かなる神代世界にたった四人。
足音に水音、呼吸の音。
自然と会話が途切れて、カルシャは意図せずエリスが言ったような“何も考えない”状態になっていった。
流れる空気。
香る水と草の囁き。
足にまとわりつく水の感触。
語りかける事はなく、語りかけられる事もない。
ただ、それらは囁いていた。
まるで唄だ。
耳には聞こえない唄。
理性では聞けない。
心でも聞けない。
魂が感じ取る、仄かな囁き。
これを聞き届けた時、有意識であれば狂気さえ孕む。
或いはこれが啓蒙というものなのかもしれない。
カルシャは聞いてなどいない。
微かに、しかし確かに、感じている。
それが魔力であると、知りもしない。
カルシャは身体の奥底で、魔力なるものを感じていた。
だから、石柱が砕ける音を聞いても、一瞬あるがままを受け入れた。
「何?!」
ライナの驚きで覚醒する。
「静かにするっす」
気付けば少し離れた石柱が崩れ去り、巨大なドラゴンが姿を現すところだった。
エリスが咄嗟に声を抑えてくれたおかげか、羽虫くらいにすら認識されていない。
進行方向は全く別方向。
気づかれなければ問題ない。
まじまじと見上げる巨竜は年経てもなお強大さを失っていない。
レソルカルト湖の水竜など比較にもならない。
鱗1枚、髭1本まで、神代を生き抜く存在としての強さが滲んでいた。
聖都の防壁すら越えそうな巨竜は、そのまま一瞥をくれることもなく石柱をなぎ倒しながら何処かに去っていく。
その存在の圧力がなくなるまで、四人は動けなかった。
これがタルタロス。
これが神の創った器。
その威容に、四人は言葉を失わざるを得なかった。
後書きウサギ小話
観光地?編
「でっかい竜だったすねぇ」
「ホント、びっくりした」
「あんなのと戦う羽目にならなくて心底安心したわ…」
「…ユニバみたいで楽しいですね、お姉さま!(ㆁωㆁ*)」
観光気分!
完!




