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あなたの前世、なんですか?  作者: 遊佐慎二
前世持ち、探してます
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本と遊戯と

 目が覚めたとき、俺は知らない天井を見上げていた。いや、俺はこの天井を知っている。この部屋の雰囲気で、俺は直感していた。


 起き上がって周りを見ると、ベッドはカーテンに囲まれている。布団の柄も、記憶の中のものと一致する。


 そう、ここは保健室だ。まさか二日連続でここに来ることになるとは思わなかったが。しかも、今回は俺が患者側になるとは。


 俺は一体、どのくらい寝ていたのだろうか。ふと気になってベッドの脇を見てみると、制服を含めて俺の荷物がまとめてあった。誰がここまで運んで来てくれたのかわからないが、あとで感謝の意を伝えておかないと。


 通学鞄の中からスマホを取り出し、時間を見てみると、すでに放課後となっているのがわかった。そんなに強く頭打ったのか、俺……後遺症とか残らないか心配になる。


「ん……ラインの通知めっちゃ来てるじゃん」


 時間を見るために画面をつけたわけだが、それと同時に大量の通知にも目がいく。それは全て緋奈子からのものだった。


 要約すると、俺の体調が心配だということと、荷物はとりあえず運んでおくということ。そして、運動部の勧誘を断り切れなかったため、仮入部と称して色々回っているということだ。


 緋奈子は運動神経がすごく高いので、引っ張りだこになるのは想像がついたが、確かにこの時期はどこの部も新入生の勧誘に躍起になるのは自然か。


 耳を澄ませば、昇降口の方が騒がしい。きっとあれが、帰宅する新入生を狙った部活動勧誘ロードなのだろう。


「もしそうなら、しばらくは帰れないな……」


 俺はもともと、部活動……特に運動部には入る気がない。夜遅くまで練習なんかやっていたら、家の夕飯を作れないからな。眞由にばかり負担をかけるわけにはいかない。


 もし入るとしても、かなり緩めな文化部か同好会ってところか。とにかく、入る気のない部の勧誘に乗るような冷やかしはしたくない。


 この勧誘ラッシュが落ち着くまで、どこで時間を潰そうか。流石に、もう体のどこも悪くないのにこのままベッドに寝続けるのも迷惑になるし、別の場所を見つけないと。できるだけ目立たない場所を。


「あ……そうだ」


 その条件に当てはまる場所を、ひとつだけ思いついた。俺は立ち上がり、制服に着替えて荷物を持つと、その場所へ向かってみることにする。


 校内の構造は未だ理解していないが、新入生や来客に向けた見取り図があるため、足取りはスムーズだ。俺は迷うことなく目的地に辿り着き、その扉を静かに開けた。


「おお、広っ」


 一目見てそう感想を漏らしてしまうほどの広さ。流石は高校、それも私立の図書室は格が違った。


 図書室では静かにするのが、小学生の頃から我々に染み付いてきたマナー。こんなところでまで、部の勧誘を行うような人はいないだろう。


 それどころか、時期が時期なので、思ったよりさらに人がいない。やはり、みんな部活動勧誘の方へ行って、先輩たちは勧誘に、新入生は三年間青春を費やす所属先を決めようと必死になっているのだろうか。


 ともあれ、貸切状態の図書室は俺にとって居心地がいい。インドア派の俺は、中学の頃からしょっちゅう図書室や図書館を利用していた。


 本を読むために来室するのはもちろん、勉強のために放課後足を運んでいたのを思い出す。家だと勉強が手につかないタイプだから、ある程度人の目があった方が集中できるのだ。


 でも今日は、単に時間を潰すためにここにきているわけだし、何か本を探してみようか。こう広いと、本を探すだけでも楽しめるかもしれない。


 そしてしばらく本棚の間を歩き回り、結局手に取ったのは無難なファンタジー小説だった。このチョイス、もしかして俺は無意識に緋奈子の言動の影響を受けているんだろうか。


 あとは座る場所を確保……と言っても、俺以外誰もいないのだが。


 いや、いた。一人だけ。眼鏡をかけたショートヘアの女子が。椅子はいくらでも余っていたのだが、俺はただの興味本位でその女子の正面に座った。この時期に一人で図書室に来る物好きなんて、絶対変わった奴に決まっている。


 そして俺が小説の表紙をめくった次の瞬間、彼女の手元から必殺技を叫ぶ声がした。


「……えっ、何?」


 驚いて、思わず俺は立ち上がって、眼鏡女子の手元を覗き込んでみると、見えたのは携帯ゲーム機だった。


 この女、わざわざ図書室でゲームをやっている……。


「おい、ゲーム、音聞こえてんぞ。せめてイヤホンつけるとかしろって」


「あっ……一落ちした。あなたが急に話しかけてきたせいだ。どうしてくれるの、これ」


 こちらの話なんてまるで聞いちゃいない。まともなやつだとは思ってなかったけど、これほどとは。


 タイの色からして、この女子が同学年なのことは明白。ならばこちらも、遠慮なく口頭注意できるというものだ。


「そうじゃないだろ。図書室では静かにするのがマナーってもんだ。小学生でも知ってる。お前はそんな簡単なことすら知らないのか?」


「マナーっていうのは、公共の場にしか適用されないよ。今ここには私しかいない、誰にも迷惑かけてない。あなたに何か言われる筋合いもない」


「俺がいるからマナー守れって言ってんだが」


「あなたが勝手に私の後に来たんでしょ」


 こいつ……ああ言えばこう言うで、全く反省の色なしか。まごうことなき変人だ。


 君子危うきに近寄らず。興味本位で前の席に座ったのは失敗だったか。


「文句があるのなら出て行くといい。私はゲームをやめるつもりはない」


「やるなとは言ってないだろ。イヤホンつけろって言ってんだ」


「生憎、今壊れてる」


「なら音を消せ」


「音を消してゲームするなんて、ゲーム音楽を作っているクリエイターの人たちに失礼だと思わないの?」


「こいつッ……!」


 怒りに任せて叫び出したいところを、ぐっと堪えて歯ぎしりのみに留めた自分を褒めてやりたい。


 もうこの女には何言っても無駄だ。諦めるしかない。そう決めた俺は、目線を小説に戻した。


 しかし、それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。時折聞こえてくる、必殺技名がやたらと脳内にこびりついて離れない。というかあれ、俺がそのうち買おうと思ってそのまま忘れてたシリーズの最新作じゃないか。そんなもの目の前でやられたら、気になるに決まっている。


 ページをめくる手が、徐々にペースを落としていく。内容も頭に入ってこなくなってきた。


 やっぱり気になる。気になるが……だからどうしたというのか。あの女がまともに俺との会話に応じるとも思えないし、ましてやちょっとやらせてくれとは……。


 そう言えば、少し前から必殺技の声が聞こえなくなった。BGMも、ずっと同じ曲をループしているようだ。これは流石に違和感を覚える。


 ふと目線をあの女の方へ向けると、机に突っ伏してすやすや寝息を立てていた。ゲーム中に寝落ちはよくある話ではあるが、まさか図書室でそれをやるなんて。


「おい、起きろって。つーか寝るなら寝るでゲームの電源切っとけよ」


 声をかけてはみるものの、全くの無反応。意図的に無視しているわけでもないし、これは完全に熟睡してるな。間違いない。


 仕方ない。とりあえず今のうちに、音量調整ゼロにしておいて、あとは放置でいいか。もしイビキがうるさかったら叩き起こすけど、今のところ寝相はいいみたいだし。


 雑音がシャットアウトされてからの俺は、集中力を取り戻し、読書が捗りまくる。物語の展開にハラハラドキドキ一喜一憂しながら、時間も忘れて読み耽った。だからこそ、下校時間を予告するチャイムの音で、ようやく意識が現実に戻ってこれたのだ。


「やばっ、もうこんな時間……流石に部活勧誘も今はやってないよな。今日は俺が夕飯の当番だし、早く帰らないと」


 あんまり遅くなると夕飯の支度も遅くなる。きっと眞由もお腹を空かせて待っているだろうし、何より俺が怒られる。決して妹に弱いというわけではないが、妹の機嫌は損ねたくない。


 とりあえず、読み途中のこの本は元あった場所に戻しておこう。どうせ部活勧誘が沈静化するまでは図書室に通うことになるわけだし、わざわざ家に持ち帰る荷物を増やすこともないだろう。


「おい、いい加減起きろ。もう下校時間だぞ。図書室どころか、学校が閉まっちまう」


 未だ覚醒する気配なし。肩を揺すってみても、眼鏡女子は寝苦しそうに唸るだけだった。


 さてどうしたものか。俺としては、別にこのまま放置しても構わない。この女は友達でもなんでもないし、なんだったら非常識で迷惑ですらある。


 だけど。


「やっぱりほっとくわけにはいかねぇよな……」


 俺にはこの女を見捨てることができなかった。いや、見捨てられない。


 きっと緋奈子なら、こいつのことを助けているはず。そして俺は、そんな緋奈子の一番の親友であり続けるために、堂々と緋奈子に顔を合わせられないような真似をするわけにはいかないのだ。


 俺は眼鏡女子と肩を組むようにして起き上がらせ、そのまま背中に背負う。座っていたから気づかなかったが、この女はかなり小柄で、うちの眞由より僅かに大きいくらいの体格だ。故に背負ってもかなり軽い。


 ついでに言うと、この女の鞄もかなり軽い。というか、中身がスカスカだ。もしや置き勉派だな?


 さて、背負ったまま図書室を出たはいいが、これからどうしようか。とりあえずこのまま帰路につくとして、こいつはどこで下ろせばいいのか……なるべく早い段階で起きてくれればいいのだが。


 とかなんとか言ってるうちに、坂道もほとんど下りきってしまった。本当にこのままだとお持ち帰りすることになってしまう。もしそんなことになったら、こいつの親御さんと眞由になんて説明したらいいんだ。


「ふぁ……あれ? ここどこ? あなたなに?」


 などという考えは、一応杞憂に終わったらしい。やっと目を覚ましたか、この眼鏡女子。


「起きたか。なら早く降りて、自分の足で歩いてくれ。いくら軽いっつっても、流石に人一人背負って坂を下りるのは骨が折れる」


「疲れるから、もう少しこのままで」


「降・り・ろッ!!」


 流石にこれ以上のわがままは許容できない。少し語気を強めて言うと、眼鏡女子はしぶしぶ従った。


 ここまでしてやったんだ、礼こそ言われど、文句なんてつけられてたまるものか。


「じゃあ俺こっちだから」


「待って」


 荷物も減ったことだし、あとはさっさた帰るだけ……と思いきや、眼鏡女子は俺の袖を掴んで呼び止める。


 素直に礼を言う気にでもなったのだろうか。俺は一旦足を止め、女の方を振り返った。


「もう日が暮れてきたのに、女の子一人で帰らせる気? せめて駅までは送ってよ」


「はぁ〜〜?」


 この期に及んでまだ要求するか、この女……いや、背負って連れてきたのは、俺が勝手にやったことではあるのだけれど。


 そもそも帰りが遅くなったのは、この女自身が図書室で寝落ちした所為だ。つまるところ、完全なる自業自得だ。それをこの女は開き直ったような発言をしたもんだ。呆れて物も言えなくなる。


「私のためにここまでしてくれた紳士なあなたなら、きっと私を駅まで送り届けるはず。そうでなければ、私の体目当てのヘンタイ……明日からの学校は楽しくなりそうだね」


「よし駅までだな、早速行こうか!」


 なんて恐ろしい女だ! 人の親切心を歪んだ解釈で脅しに使うなんてっ! やっぱり放置しておくべきだったんだ、この悪女は!


 ともあれ、こう言われたら従うしかない。いくらこいつが別のクラスであろうと、人の噂が広まるのは一瞬だ。入学三日目にして学校に居場所を失うのは、ハードモードが過ぎる。


 そんなわけで今日が初対面の女子と肩を並べて帰ることになったのに、一切青春らしい何かを感じることがなかった。しかもこの女、それ以来一言も喋りやしない。まあ、俺からも特に話すようなことはないのだが。


「今日は送ってくれてありがとう。おかげで悪漢に襲われずにすんだよ」


「そんな頻繁に不審者が出る地域でもないけどな」


 駅に着いてすぐ、眼鏡女子は立ち止まり、上目遣いで俺を見て、そう礼を述べたのだ。


 いささか自意識過剰な発言のような気もするが、女子からしたらその類の連中は警戒しすぎると言うことはないのだろう。自己防衛意識が高いのは、このご時世良いことだ。


「ていうかお前、お礼言えるじゃねぇか」


「私だって、お礼くらい言う。あなたが送ってくれて、本当に助かったと思っているから」


 わかった。こいつ、人とだいぶ感性がズレているだけで、そんなに悪いやつじゃない。ただ、自分の気持ちに素直なだけだ。


 そういう意味では、少し緋奈子に似ているかもしれない。性格はかなり、いやまったくの別物だが。


「それじゃあ、さよなら」


 俺が何か返事をする前に、眼鏡女子は駅の中へと歩き出した。電車の時間もあるだろうから、ここで長く喋っている理由もない。


 だけどそうだ。まだ一つ、聞いていないことがある。俺は彼女の、小さな背中に向けて呼び止めた。


「なあ、ちょっと待ってくれ! お前、名前は?」


 彼女はぴたりと足を止めた。そしてこちらへ振り向いて、小さく唇を動かした。


間堂(まどう)(すい)。あなたは?」


「俺は遊真賢人。……また明日な」


「うん。また明日」


 ほんのそれだけ、自己紹介を交わすと、間堂は改札の奥に消えていった。


 ……さて、駅まで寄り道したせいで、だいぶ時間を食ってしまった。急いで帰らないければ。眞由に怒られる。


 無駄かもしれないが、一応今からでもラインを入れておこう。連絡を入れないよりはマシだろう……。

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