二人組と一対一
一時間目から体育とかいう時間割を考えたやつは人の心がないんじゃないかと思う。朝っぱらから激しい運動したら、お昼まで体がもたないだろう。そんな単純なこともわからんのか。
なんて、心の中で悪態をついたところで何も変わらない。既にジャージに着替えて校庭に出てしまっているので、諦めて授業を受けるが。
どうやらこの学園の体育は2クラス合同で行うらしく、俺たちB組の相手はA組だ。男女でも分かれており、女子は体育館に向かっていった。
「よーし、二人組作って準備運動しとけー」
体育教師の指示による、定番の二人一組。まさかこんな初っ端から洗礼を受けることになろうとは思いもよらなかった。
奇しくもB組男子は奇数人であり、ものの見事に俺は余った。いや、クラスに話しかけられる友達がいないわけじゃない。俺が話しかけに行く前に、皆既にペアを作り終えていたのだ。決して俺のコミュニケーション能力に欠陥があるわけじゃない。
逆に言えば、率先して俺と組みたがるくらいに仲のいいやつもいないってことだけど。緋奈子のいない俺なんて、結局はこの程度ってことか……なんか悲しくなってきた。
「おいそこのお前。ずいぶん寂しそうにしているな? この俺様がペアを組んでやってもいいぞ」
俺が途方に暮れていると、いい声でやたらと上から目線に話しかけられた。
その声の主を見てみると、いけ好かないイケメンだ。うちのクラスのやつじゃない。
「ああ、お前もA組で余ってんのか。じゃあさっさとやっちまおうぜ」
「余っていたのではない。皆この俺のオーラに充てられて避けてしまうのだ」
やたらと芝居がかった喋り方をしている。お前が避けられてるのはまず間違い無くその喋り方の所為だと正論突きつけてやりたい。
というか、こいつ確か入学式で新入生代表の挨拶をしていたやつじゃないか。近くで見るとまあそのイケメン具合が際立つ。背も俺より10センチは高い。口調さえまともならさぞモテたことだろう。
「変なのに絡まれちまったなぁ……面倒くさ」
「聞こえているぞ凡骨め」
聞こえるように言ったんだから、当たり前だろ。それに、面倒なのは本心だ。
きっとこいつは、中二病ってやつが抜けてないのだろう。そういうのがカッコいいと思ってしまう思春期特有のあれだ。俺は実際にそう振る舞うことはなかったが、確かに中学二年生当時はちょっとカッコいいと思ったりもしていたから、気持ちはわからなくはないぞ。
「いいかよく聞けよ凡骨。俺の名は剣崎歩高……しかしてそれはこの世を忍ぶ仮初めの名! 我が魂の名はジャック・シュバルツ・バルムント! 一騎当千の剣聖とは俺様のことだ!」
「そうか、よろしくな剣崎。俺は遊真賢人だ」
渾身の自己紹介だったのだろうが、あえて突っ込まないでスルーしてやるのが優しさというもの。根掘り葉掘り聞き返しても、剣崎が恥をかくだけだ。
しかし、このテンションで昨日のクラスのホームルームで自己紹介をしたとすれば、そりゃ引かれて当然だ。ぼっちルート一直線は目に見えてる。
「ふふ、我が真名を聞いても動ずることがないとは。貴様、思ったよりも出来る男だな」
そうだろう。俺はお前のような中二病患者であろうと無視はしたりしない、優しいやつなんだ。緋奈子のおかげでスルースキルは鍛えられているからな。
あれだけ振り回されていれば、感覚も麻痺するというもの。それが喜ばしいことかどうかはこの際置いておくことにして。
「そんなことより、俺たちも早く体操しようぜ。みんなから置いていかれる」
「ああ、そうだな。ではそうするとしようか」
ただでさえ余り物同士なのに、準備運動まで周りを待たせたら浮きまくって視線を集めてしまう。俺はそういう悪目立ちがしたいわけじゃないんだ。
遅れを取り戻すため、少し急ぎめに体操を開始する。
その過程でわかったことだが、こいつ、体をすごく鍛えている。背を押したり押されたりする中で、その力強くしなやかな筋肉がジャージ越しにも伝わってくる。俺自身スポーツは得意な方ではないが、見るのは割と好きな方。その俺から見ても、剣崎の体はアスリートじみていた。
「剣崎、お前なんかスポーツでもやってるのか?」
「いいや。体を鍛えるのはただの趣味だ。尤も、やろうと思えばどんな競技でも極めていただろうがな」
この肉体を趣味で作り上げたのだとしたら、剣崎はかなりガチめなトレーニーだ。鍛えるほどに発達する筋肉に喜びを覚えるタイプなのだろう。
しかしこの肉体がスポーツに活かされないのは、少し勿体ない気もするな。もちろん本人のセンスは必須にしても、フィジカル面だけでもかなりいいところまでいくんじゃないか。
そして、なんだかんだで俺たちは、なんとかみんなと同じくらいのタイミングに準備運動を終えることができた。ひとまず変に目立つことは避けられたことに、ほっと胸をなで下ろす。
その後の体育教師によると、今日は初日ということもありオリエンテーション的な授業になるという。
A、B両クラスの交流も図る意図があるのだろう。クラス分かれてのサッカー対決と相成った。
そうなると、俺は先ほどまで組んでいた剣崎とは敵同士になるわけだ。
「ふははは! 例えお遊びであろうと、勝負となればこの俺様は決して手を緩めない! この俺がいる限り、貴様らに勝ち目はないぞ、B組ィ!」
これは剣崎から俺たちへの、明らかな宣戦布告と受け取った。もともと、そこまで勝ちにこだわるつもりもなかったが……考えが変わった。
俺と同じ気持ちのクラスメイトたちも何人もいるはず。ならばここでこそ一致団結をし、あのイケメンフェイスを凹ませてやろう。
「剣崎がボール持ったら、徹底的に囲んでやろう。意地でもあいつを活躍させるな」
そう言う俺の提案に、先発メンバー全員が同意した。そして公平なるじゃんけんの結果、俺のポジションはゴールキーパーになった。
まあ、あんまり動かなくていいから楽でいい。一番後ろから、ゆっくり剣崎の動きを観察させてもらうとするか。
キックオフからしばらくは、AもBも拮抗しているように見えた。というのも、剣崎に目立った動きがない。
あれだけ啖呵を切った剣崎の動きにしてはおとなしすぎる。どう考えても奴は目立ちたがり屋だ。これで終わるわけがない。
剣崎め、何を狙っている……?
「はっはぁーっ! 隙を見せたな、B組の吉田ァーッ!」
「な、なにィ!?」
ついに剣崎が動いた。あえてフリーにしていた吉田にパスを通させ、ドリブルをする前にボールを奪う。
なるほどな、言うだけのことはある。身体能力だけではなく、競技に対するセンスも持ち合わせているようだ。
「全員で剣崎を止めろ!」
こちらのゴールへと駆け上がってくる剣崎を止めるよう、俺は咄嗟に指示を出す。言われるまでもなく、皆剣崎を止めに動いていたが。
しかし、剣崎は止まらなかった。華麗にディフェンスを躱し、軽くぶつけられた程度ではふらつきもせずただ猛進する。
「しかもなんだ、ドリブルしながらあの速さ……!? これでサッカー部じゃないとか冗談だろ!?」
中学サッカーの元エースと言われても、俺なら信用するであろう体捌き。B組メンバーにも、何人かサッカー部志望が混じっていたはずだが……それらを意にも介さないなんて。
「一対一だな、遊真賢人ォ! いざ勝負!」
「くっ……!」
ディフェンス陣を全て置き去りにして、剣崎はペナルティエリアの内側へ。必然、キーパーの俺と一対一だ。
正直言って、こいつのシュートを止められる気がしない。だからと言って、タイマン勝負で引く俺でもない。
覚悟を決めろ、遊真賢人! 必ず奴のシュートを止める!
「かかってこいやァァァァ!!」
気迫では負けない。俺の喉からは、腹からの叫び声を剣崎に向けて放出されていた。
その瞬間、剣崎も渾身の蹴りを右足で放つ。
いつのまにか、ボールは俺の目の前にあった。
え、速っ……駄目だ、受けられない。ボールが顔面に当たる、その刹那だけ、俺の思考はフル回転していた。ここにきてボールがゆっくりに見えるのに、体が全く反応しない。
そうか、これが走馬灯というやつなのか。
そう悟った時、剣崎のシュートが俺の鼻っ柱を直撃。激痛とともに、俺の意識が遠のいた。
後方へ飛ばされ、後頭部に鈍い痛みが走ったところで、俺の記憶は途絶えている。