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あなたの前世、なんですか?  作者: 遊佐慎二
前世持ち、探してます
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坂道と高嶺の花

 朝から嫌な気分になりかけたが、この坂道を歩いていたら別の意味で嫌になりかける。嫌を嫌で上書きする形だ。こっちの方がマシだけど。


 さて隣は相変わらず力強く坂を踏みしめる緋奈子。話題はいつのまにか、昨日見たテレビに出ていたお笑い芸人が面白かった話に切り替わっている。


 この坂道は一本道な上、登り切った目の前は学校だ。つまり、自然と周りに登校中の学生も増えてくる。誰かに聞かれることを危惧しているのだろう。


「……私、ちょっと思ったんだけどさ」


「え? なに? なんの話?」


 しまった、また話を適当に聞き流していたせいで、脈絡がわからない。これでは俺が人の話もまともに聞けない不誠実な人間だと思われてしまわないだろうか。


 実際には、坂道を登ることに集中し過ぎていただけなのだが。ちゃんと説明すれば許してもらえるだろうか。


「賢人ってさ、思ったより体力ないよね」


 なにを言い出すのかと思えば、テレビもお笑い芸人も全く関係のないことだった。というか俺のことだった。


 坂でバテてるのを見透かされてる……っていうかディスられてる? 事実だから否定できないけども。


「別に運動神経そんなに悪くなかったよね?」


「中三の頃には、受験勉強でほとんど外出なかったし……合格発表されたらされたで、その反動でついついゲームばっかやってたから……」


 アウトドアが嫌いなわけではないが、俺自身はどちらかと言えばインドア派。休日はもっぱら家でゲームをやることが多く、外へ遊びに行く時は本屋か映画館ばかりだ。


 伊勢開学園は近隣の高校の中でもトップの偏差値を誇る私立なので、それはもう必死になって机に向かったものだ。受験が終わるまでは、ゲームや映画は全て禁止していたので、その分春休み中に積みゲーやBlu-rayのレンタルを消化していた。だから休みの間は、ほとんど眞由としか喋っていない。


「そういう緋奈子こそ、よくあの成績でうちの高校に合格できたよな。お前確か、三年間ずっと、よくて下の中とかだっただろ」


「入試問題がマークシート式で助かったよ!」


 こいつまさか、答案を全て鉛筆転がして決めたんじゃないだろうな。だとしたらこんな理不尽なことはない。俺の受験勉強の日々はなんだったんだ。


 緋奈子は昔から運も持っている。商店街のくじ引きでは三等以下を取っているのを見たことがないし、じゃんけんの勝率もかなり高い。まさかそれも、勇者の前世を持つが故の副産物だとでも言うのだろうか。


「……緋奈子、一体学園にいくら積んだんだ」


「裏口入学とかじゃないからね!? 運も実力のうちだから!」


 もちろんそれは冗談としても、そう言いたくなるほどの奇跡を起こしていることに違いない。


 そして運は否定しないんだな。前世の俺が豪運の持ち主、と緋奈子は言っていたけれど、緋奈子は幸運の持ち主と言ったところか。


「なんにせよ、今日から本格的な授業が始まるんだ。中学と同じようにしてたら痛い目見るぞ」


「わ、わかってるよ。ちゃんと勉強もがんばるから! 勉強、教えてよくれるね、賢人……?」


 中学の頃はクラスが違ったから、こういう頼みごとをされるのは実は初めてのことだ。せいぜい夏休みの宿題を手伝ったことがあるくらい。


 どんな些細なことであれ、あの緋奈子から頼られるのは嬉しいものだ。こういうところで、普段からの借りを返していかなくては。


「ま、教えるにしても、甘やかしはしないけどな」


「うわーっ、鬼教官だ!」


「甘やかしても緋奈子のためにならんからな」


 どれだけ形だけ取り繕っても、それを自分の力で組み上げられなきゃ意味がない。緋奈子には厳しめにいこう。


 そうでなきゃ、進学校のペースについていけないだろうし。


 俺個人でひそかにもう一つの目標ができたところで、坂も終盤。学園の校門はもうすぐそこだ。


 その時、俺たちの横を黒い高級車が横切った。その高級車は、ちょうど校門の前で停車したようだ。


「わ、すっごい車……誰かの送迎?」


「あー、もしかしてあれが聖沢(ひじりさわ)製薬の社長令嬢か……」


 まだ実際に本人を見たわけじゃないけれど、初日である昨日から噂になっていた、緋奈子とは違うベクトルの有名人だ。


 伊勢開市に本社を構える屈指の名企業。その存在は、地元にも大きな影響力を及ぼしており、市内の様々な場所でその名を見かける。


 そんな聖沢製薬の社長の娘が、今年伊勢開学園に入学したらしいとは聞いていた。あんな車に乗って登校するなんて、社長令嬢以外にはありえない。


「その話だけなら聞いたことあるかも。でも会ったことはないなぁ」


「流石の緋奈子でも、聖沢の令嬢とは友達じゃなかったか」


 もしそんな大物と気軽に話しかけられるような仲だったら、多分俺はおったまげる。


 聖沢の令嬢は、噂ばかり耳にするが、誰かと親しくしている旨の話は聞いたことがない。スーパーセレブは俺たちのような一般人とは感性が違うということだろうか。


「住む世界が違うってやつだな。高嶺の花っていうか、とてもじゃないが話しかけられないよな……緋奈子?」


 気がつけば、隣にいたはずの緋奈子の姿が消えていた。


 まさかと思い、視線を前に向けてみると、そこには車から降りてきた聖沢の令嬢と、それに気軽に声を掛ける緋奈子。


「おはよう、いい朝だね! 私、勇早緋奈子! クラスは違うけど、新入生同士仲良くしよう!」


 そうだった。緋奈子はこういうやつだった。


 先輩や先生など、目上に敬意を払えないわけではないが、誰に対してもフレンドリー。態度を変えない、裏表がない、そんな素直な人柄が広く受け入れられて人望を獲得するに至る。


 例え相手が、どれだけお金持ちだろうと関係ない。緋奈子にとっては、同学年の女子に過ぎないのだ。


「おはようございます。私は聖沢瑠々(るる)。よろしくね、緋奈子」


 聖沢の令嬢……聖沢瑠々も、突然の緋奈子の自己紹介に動じることもなく、柔和な笑みで応えた。


 おっとりとした声色と口調。だがその態度には、泰然とした余裕が垣間見える。オーラとでも言うのかな、こういう雰囲気のことを。


「ほらほら賢人、早くおいでよ。瑠々、話してみれば喋りやすいいい子だよ!」


 こちらへ手招きしてくる緋奈子に誘われるままに、俺は大股で二人の元へ向かった。


 確かに、イメージしていたよりは友好的だ。少し、俺の方が偏見の目が過ぎていたらしい。


 向こうが俺のことをどう思うかはさておき、挨拶くらいなら別に構わないだろう。


「えーっと、はじめまして、聖沢さん。俺は遊真(ゆま)賢人。そこの緋奈子の幼馴染だ」


「遊真くんと緋奈子は仲がいいのね。少し羨ましくなっちゃうわね」


 こうして近くで見ると、聖沢瑠々はとんでもない美人だ。艶のある長い髪の毛を揺らす清楚で整った容姿に、身長も俺とほぼ変わらない。160後半から、170はありそうだ。


 同い年とは思えないほど、スタイルも抜群。胸と尻の発育が大変よろしい。正直、顔と体の総合評価では同世代を圧倒するであろう美少女っぷり。


 決して緋奈子も発育が悪いわけではないが、聖沢瑠々の前では霞んでしまう。それほどまでに、男の目を奪う完璧なプロポーションを持っている。


「二人はこの坂を歩いて登ってきたのよね。尊敬しちゃう」


「じゃ、明日から瑠々もいっしょにどう?」


「運動するのは嫌いじゃないけど、この坂道はちょっとね」


 やんわりと断った。そりゃそうだ。毎朝高級車で送迎してもらえるのに、それを拒否してまでこんなとこ登りたくないだろう。


 俺だって、できることなら聖沢の車に乗せてもらいたいくらいだ。坂だけはほんと無理。


 その辺の感性は、金持ちも一般人も変わらないらしい。緋奈子みたいに元気すぎるのは例外として。


 思いのほか令嬢とも普通に話せることが発覚したのは収穫だ。その間にも俺たちは昇降口へ辿り着いていた。


「それじゃあ、私E組だから、向こうの階段から登った方が早いのよ。ここでお別れね」


「うん、またねー」


 クラスごとに配置されている下駄箱から、聖沢とはお別れだ。


 まあ、今回俺が聖沢と会話ができたのも緋奈子のおかげでしかない。もし次に聖沢を見かけたとしても、やはりあの雰囲気を纏う御令嬢に声をかけられるかどうかはわからないが。


 次に聖沢と会う時、俺はどんな話をするのだろうか。

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