今後の指針
「おはよう賢人! 今日も元気にいってみよう!」
入学式から一日経った、その朝のこと。
朝食を済ませ、片付けも終えた、まさに狙ったとしか思えないタイミングでインターホンが鳴ったと思えば、案の定相手は緋奈子だった。
昨日のことがあって少し心配していたが、この顔を見る限り大丈夫そうだ。
「おはよう緋奈子。今日はいいタイミングで来たな」
「でしょ? 流石に昨日のは、あんまりよくなかったなって反省したからさ。緋奈子は反省できる子。とてもえらい」
「そうだな、えらいえらい」
なんか勝ち誇ったように胸を反っているけれど、そんなに大したことをしたわけじゃない。小学生でもわかる常識だぞ、緋奈子よ。
反省はしているようだし、言葉通り今日は時間に気をつけて来たようなので許すけど。俺も大概甘いな。
学園指定のローファーを履いて、玄関の外へ。もちろん、忘れずに鍵もかけておく。家には夜勤明けの母が寝ているはずだが、しばらくは起きないだろうから、施錠はしっかりしなければならないのだ。
「あれ、眞由はどうしたの?」
「先に家を出た。なんか用事があるって」
今朝も眞由は、俺に素っ気ない態度を取り続けていた。用事があるとは言っていたものの、実は俺と一緒にいたくないだけなんじゃないのか、とついつい勘繰ってしまう。
今年の三月までは、小中と通う学校が違うものの、眞由も含めて三人で学校へ向かっていたのだが。
「そっか。久しぶりに三人で通学できると思ったのにな」
「まあ、今年から俺たちが高校だから、結局すぐに別れることになるんだけどな」
家から出てすぐ、徒歩2、3分の十字路で、小中学校へ行く道と伊勢開学園へ行く道に分岐する。
特に眞由の通う伊勢開第一小学校は、そこを過ぎれば目と鼻の先。俺もかつてそこに通っていたが、あの頃は登下校が楽でよかった。今だからこそ、しみじみ思う。
「眞由とお喋りできないのは、少し残念だけど……この状況は、ちょっと都合がいいかも」
と、緋奈子が言うのは、眞由を仲間外れにしたかったとかそういう意図では断じてない。
通学路には、多少の人通りや車はあれど、他人の会話を真剣に聞き耳立てるやつなどそうはいない。つまり、俺と一対一で話したいこと。
昨日、保健室で話していた……前世、とやらに関連した話題であろうことは、容易に想像がついた。
「えーっと、確か俺とお前は前世からの仲間で、他にも三人いるんだよな?」
「そうそう。その話をしたかったの。理解が早くて助かるよ」
緋奈子は満足げに頷き、にかっと白い歯を見せて笑う。
この話題を自ら俺にしてくるということは、俺を協力者として認めてくれている何よりの証拠。俺が緋奈子の話を信じたわけでないと知ってなお、緋奈子は俺に全幅の信頼を寄せてくれているのだ。
だったら、俺がそれに応えないわけにはいかないだろう。
「目下、私たちのすべきことは二つ。魔王の転生先を特定することと、前世の仲間たちを見つけて、今世でも協力してもらうこと」
二本の指を立てながら、緋奈子は前日の話を踏まえた今後の目標を話す。俺もその内容は概ね同意だ。緋奈子に協力しつつも緋奈子の凶行を阻止するためには、その目標を知っておく必要がある。
だけど引っかかるのは、そのうちの後者。言い方に違和感がある。
「前世で仲間だったのに、説得が必要なのか?」
「わからないけど、可能性としては充分考えられるよね。もしかしたら、賢人みたく前世の記憶が戻ってないかもしれないし、記憶が戻っていても、全てを思い出しているとは限らない。私だって、全部を覚えてるわけじゃないんだ」
「あ……そうか。あくまで仲間だったのは前世の話だもんな。今世も協力的とは限らないか……」
俺は昨日の緋奈子の言葉を思い出していた。緋奈子はあくまで普通の女子高生の、勇早緋奈子でしかない。ただ、前世の記憶があるだけだ。
それと同じで、他の仲間も、今世では普通の高校生(とは限らないかもしれないが)として生き、緋奈子のように突然記憶が蘇ったのかもしれない。人格と記憶は別物なのだ。
「まあ、俺みたいに記憶のないやつに無理に協力を申し入れる必要はないとしても……どうやって前世持ちを見つけるんだ? 仮に市内にいるとしても、あまりにも候補が多過ぎる」
「そのことなんだけど、多分思っているより難しくはないと思う。私と賢人が今世で幼馴染になったみたいに……他の前世持ちも、意外と近くにいる気がするんだよね。前世からの因縁で引かれ合ってるような、そんな気がして」
「それも勇者の勘、ってやつか」
緋奈子曰く、前世から一度も外れたことのない勘。もちろん緋奈子の前世を知らない俺は、その言葉に信憑性など微塵もないのだが、手がかりがない以上はそれを信じるしかない。
「それでも、前世持ちかどうかを判別するのはどうすりゃいいんだ?」
「うーん……これは、前世の記憶が戻っていることが前提だけど。私たちの前世を知っている人にしかわからないワードをそれとなく聞かせて反応を見る……とか」
なるほど、確かに相手も前世の記憶が戻っているのなら、仲間だったこともあり多少なりとも思い出を共有しているはず。
同じ前世持ちなら、なんらかのリアクションがあってもおかしくはない。あるはずのない記憶に、戸惑いを覚える者もいると考えるのが妥当。緋奈子のように、当然の如く前世の記憶を受け入れている方が稀なのだ。
それでも前世の記憶がない俺には使えない手段だし、極端にポーカーフェイスの上手い相手には通用する保証はないが。
「それなら、俺の前世がどんなやつだったのか教えてくれよ。もしかしたら、話を聞けば少しは思い出すかもしれないだろ」
記憶は無くとも、情報は共有できる。知識として頭に入れておくだけで、今後の立ち回りに幅が広がるはずだ。
それに、緋奈子の言葉を全て信じるわけではないにしろ、自身の前世は気になる。誰しも一度は考えるだろう、自分の前世や、生まれ変わったら何になりたいか、なんてことを。
「いいよー。覚えてる限りのことは教えてあげる」
緋奈子も結構乗り気だ。まあ、前世のことを話せる相手なんてそうそういないし、わくわくする気持ちもわかる。
俺だって、もし前世の記憶が戻っても緋奈子以外には話さない。こんなこと言っても、絶対頭おかしいと思われるだけだからな。昨日の俺がそうだったように。
「賢人の前世の名前は、ノイド・フォーリナー。職業は遊び人……もとい流離いのギャンブラーだったんだよ」
「あっ、遊び人!? 戦士とか賢者とかじゃなく、遊び人!?」
ちょっとかっこいい感じに言い直していたけど、正直フォローになってないからな、それ。遊び人ってはっきり言っちゃってるし。
こんな前世なら別に知りたくなかったし、記憶を取り戻したいとも余計に思わない。
「だってお前、魔王倒したんだろ!? なんでそんな強いパーティに遊び人なんか……」
「いやぁ、まあ確かに戦力的には全く役に立ってなかったけど。でもね、ノイドはすごいんだよ。超豪運を持つギャンブルの天才で、一晩で100万稼いでくるから旅でお金に困ったことはないんだよ。放っておくと三晩で300万使い込んでくるけど」
「とんでもねぇクズじゃねーか!!」
金遣いが荒すぎる。戦闘で役に立たない上、資金を無駄に浪費するって、厄介者以外の何者でもない。パーティの癌だろ、そんなやつ。
どうしてそんなクズが、魔王を倒すその時まで仲間に見捨てられなかったのか。その方が俺は気になる。
某RPGで遊び人と言えば、初期ステータスが弱いくせに戦闘でもまともにプレイヤーの指示を聞かず、レベルも上げにくいというどうしようもないやつだったが、代わりに上級職の賢者へと特別なアイテムを使わずに転職できるメリットがあった。
流石にそんなゲームのようにはいかないにしても、遊び人を仲間にしておくメリットなんてその程度しか思いつかない。だが口ぶりからして魔王との戦いでも遊び人のままだったらしいし、本当になにをしにパーティに入ったのだろうか。
「な、なんでそんなやつを仲間に……?」
「旅の途中、私たちのお金と食糧が底を尽きた時に助けてくれた命の恩人なんだよ! 危険な旅になるからって、一度は断ったんだけど……ノイドがどうしても仲間にしてくれって」
そんなに弱いやつが勇者の仲間になったところで、危険が増えるばかりでいいことがあるとは思えない。
……が、勇者の仲間という肩書きを手に入れようとしての行動と考えれば納得がいく。戦いでは仲間に守ってもらえると信じて、敢えて危険に飛び込んだのは、その肩書きを利用して甘い蜜を啜るためなのでは……?
無理矢理その理由を考察してみたが、あまりにもクズすぎて嫌になった。こんな前世嫌すぎる。
いや、あくまで俺は俺だ。断じてそんなクズなんかじゃない。俺は頭の中で何度も必死でそう唱え、そのクズとは無関係であることを脳髄に刻み込んだ。