大体の式典は長くて辛い
担任から軽く説明を受けた俺たちは、各クラスごとに体育館に移動。いよいよ入学式が始まるというわけだ。
入学式なんて人生で何度も経験するものではないし、若干緊張している自分がいる。対して緋奈子は、そんなものとは全く無縁な様子で、他の者との談笑を楽しんでいた。よく見たら、別クラスのやつも混じってるし。緋奈子コミュニティの形成速度が異常すぎる。
まあ、無理にそっちと合わせる必要もない。俺と同じように黙っているやつだって何人もいるし、自分なりにその時を待っていればいいんだ。
「いよいよだね、賢人ぉ〜! 緊張してる?」
「まあね。こんな機会もそうそう無いし、慣れるもんでもないだろ?」
「私たちが何かするわけでもないんだし、堂々としてればいいんだよ」
緊張している俺を見かねたのか、話をキリのいいところで終わらせた緋奈子が声をかけてくれた。
不思議なことに、たったこれだけのことで、俺の緊張は完全に解れたのだ。呼吸も整って、完全にナチュラルな状態。緋奈子の笑顔は、どうしてか心の底からの安心感を覚える。
しかも俺だけではなく、積極的に友達との会話に参加していない大人しめなクラスメイトにも一言、二言程度声をかけて回っているようだ。きっとそいつらも、俺と同じように緊張が解けたに違いない。
「はいはい静かにー。そろそろ新入生入場します。各クラス男女一列に並んでー」
前方から聞こえる先生の声に、ガヤガヤしていた廊下も少しずつ静かになっていく。並び順などは特に言及もなかったため、適当に列を作ったのだが、なんの因果が俺の隣は緋奈子だ。
ふと横を見ると、緋奈子も同時にこちらを見たようで、目が合った。
「えへへ。今日はずっと隣だね。賢人、エスコートよろしく頼むよ」
「馬鹿言え。ただ歩いて、中に入ったら椅子に座って、しばらくずっと話聞くだけだろ」
周りが静かにしているのもあって、会話はそれきりで途切れた。けれど、喋りかけてきた緋奈子の笑顔が、ついさっきまでのものと違ったのは、きっと気のせいじゃない。
溌剌な笑顔とは対照的な、おだやかな微笑……とでも言うのだろうか。とにかく、こんな緋奈子を見たのは一体いつ振りだろうか。
と、いつのまにか前の列が進み始めていた。俺と緋奈子も、少し遅れて足を動かす。ちょっと早歩きすれば、余裕で取り戻せる程度の遅れ。後ろにも迷惑を掛けることもなく、なんとか事なきを得た。
そこからは、まあ退屈だった。
校舎の敷地の広さに比例して、学生の人数も多いものだから全員入場するまでも長い。新入生の名前も律儀に全員読み上げるものだから、これも非常に長い。校長先生による式辞も、当然長い。
いけ好かないイケメンが新入生代表の挨拶をしていたのだけは覚えているが、この頃にはもうとっくに集中力は切れていたので、内容は全く覚えていない。
それに対しての在校生からの言葉があって、次は校歌斉唱だ。ここまでくれば、もうひと頑張り。歌詞は体育館の前の方に張り出されているが、メロディは聞いたことがないので、適当に口パクでやり過ごす。
思えば、異変はこの時から既に起こっていたのだろう。
「着席」
司会進行の先生の合図で、新入生も在校生も来賓の方々も、一斉に腰を下ろす。
だが、俺の左隣。勇早緋奈子だけは、その場に呆然と立ち尽くしていた。
「おい緋奈子、なにやってんだ。早く座れって」
出来るだけ周りには聞こえないよう配慮した小声で、緋奈子に話しかける。その際、背中を軽くぽんと叩いて。
本当に、ただ添えるくらいのつもりだったのに。
「おい!? 緋奈子っ!?」
緋奈子の体は、ぐらりとバランスを崩して前へ倒れ込んだ。俺は咄嗟に立ち上がり、緋奈子を抱きとめる。どこかに体をぶつけてしまう前に受け止められたのは、我ながら褒めるべき点だろう。
さて、そんな緋奈子の様子を確認するために一旦席に座らせると、おぼろげな目でひどくうなされている。
額に手を当ててみると、どうも熱が出ているようだ。どうして? なんでだ? さっきまであんなに元気だったのに。熱や頭痛をやせ我慢しながらあのテンションを維持するのは不可能だ。
「大丈夫!? 勇早さんは先生が保健室へ連れて行きますから、他のみんなは通常通り入学式を続けてください!」
俺の元までやってきた担任の先生が、動揺する新入生たちを諌めつつ緋奈子を背負う。
とにかく俺は、緋奈子を先生に任せるしかなかった。こんな時、俺は何もできない。緋奈子の力になってやることができない。
「先生、緋奈子をお願いします……!」
「大丈夫よ、心配しないで」
その言葉は頼もしい先生だったが、緋奈子を背負って歩く姿はフラついている。見た目細いし、若い女の先生だから仕方ないのかもしれないが、なんだか頼りない。
緋奈子を背負う先生の後ろ姿が見えなくなるまで見送って以降の記憶は、あまりない。ただ、緋奈子のことが気掛かりだった。