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絶対に シリーズ

ヒロインは逆ハールートには絶対に入りたくない

作者: イズル

 とある王宮の一室に、第一王子のヴィクター・スチュアート・ヘイルソーウェン、その婚約者である公爵令嬢アリア・ウィルフィード、そして男爵令嬢になったばかりのヒロインことエミリー・オズボーンが集まっていた。

 皆、一様に暗い顔で俯いたまま一言もしゃべらない。


「……ええと、第10回ループ阻止するための対策会議を始めませんか?」


 重々しい雰囲気の中、男爵令嬢が意を決して二人に話しかけた。腐ってもヒロインである。

 そんな彼女を第一王子はチラッと見て、しかしすぐに視線を自分の指先に戻す。


「ああ……もう二桁になるのか。どうやったら止まるんだ……?」


 口から漏れるのは愚痴とため息ばかり。公爵令嬢も眉間に皺を寄せたまま無言で手元の扇をいじっていた。






 この世界がループしていることに気づけたのは現状この3人だけだった。そして乙女ゲーの世界でもあることを知っているのもこの3人だけのはずだ。

 男爵令嬢はシナリオになかった現状を打開すべく早々に転生者と名乗り、前世でこの国が舞台のゲームをしていたと、攻略者達の詳しい設定やルートを記したノートをロイヤルカップルに見せている。


「誰にも言っていない過去を知られている、というのは、こう、言葉にしにくい感情を覚えるね」


 最初に自分のルートを読んだ王子はそんな感想を遠い目をしながら語った。




 流石にループ直後は落ち込む3人も、嫌な慣れ方をしているせいで紅茶の一杯も飲めば気持ちの切り替えが完了してしまうようになっていた。


「とりあえず個別ルートは全部試してみましたが、止まりませんでしたね、ループ」

「……ゲームのストーリーを再現するだけじゃダメなのかしら?」

「でもイベント自体はちゃんとシナリオ通りに起こるんですよねー?」


 二人の令嬢は攻略ノートを覗き込みながら、前回起こしたイベント思い出していく。ヒロインが前世を思い出してすぐに書きとめたというその内容は、今回もほぼ正確に再現されていた。


「区切りも良い事ですし、そろそろゲーム以外の行動も試してみましょうか!」


 そう元気良く宣言したヒロインを、ロイヤルカップルが不思議そうな顔で見つめたのにはワケがある。


「いいえ、最後の一つ……逆ハールート?というものが残っていますわ」


 そう、まだ全てのシナリオを試したわけではなかった。残っていた、のではなくヒロインはわざと避けていた。攻略者全員からちやほやされる、あのルートを。

 何故ならば。


「はは。何度読み返してもこのルートの君、悪女だよね。まぁ再現のためなら協力するけど」


 憐れみにも似た生暖かい王子の視線にヒロインの顔はみるみる赤くなる。こうみえてもこのヒロイン、前世で彼氏の一人も出来た例もない。


「だから嫌なんですよ、逆ハールートって! ゲームでもスチルコンプのために嫌々やってたんですからね?! 複数の男性と同時に付き合うって、頭おかしいでしょ?!」

「そこは上手く立ち回れば宜しいのでは? 騎士の彼は貴方を生涯守りたいだけのようですし、心が貰えれば体までは求めないとほざ……んっ! 失礼。おっしゃってる方もいらっしゃいましたし」

「私はアリア、貴女の心も体も欲しいなぁ」

「まぁ」

「止めて! 隙あらば人前でも婚約者口説くのホント止めて! 見せ付けられる立場にもなって!」


 一種の現実逃避なのか、このロイヤルカップルは今までの素っ気無さが嘘のようにイチャイチャするようになっていた。そしてそれを見せ付けられるのは、諸事情で行動を共にする事が増えたヒロインである。


「これは、ゲームの再現でループは止まるか? の実験でもあるんだから、やらないわけにはいかないんだ。頑張ってくれ」


 困ったように微笑む王子の顔は、前世のヒロインが好きだったスチルと一致した。こんな顔を見せられるとヒロインは嫌とは言いにくくなる。


「ああ、もう! 万が一、これでループが止まっちゃったら殿下の権限でハーレム解散させてくださいよ?!」


 もちろん? と微笑む彼の表情から、王子だってこれでループが止まると思っていないことを読み取ったヒロインは小さくため息をついた。






 こうして嫌々始まった逆ハールートだったが、3人にとって思いがけない変化があった。


「アリア様ーー!! またアイツ邪魔してきました、まさかのループ阻止ルートの可能性が!!」

「声が大きくてよ、エミリー」


 本来なら上流貴族しか入れない学園内のサロンに飛び込んできたヒロインを、公爵令嬢はさらりと流す。その隣に座る王子にもクスクスと笑われて、ヒロインは顔を赤くしながら静かに二人の側に座った。


「すみません、でも。今までもゲームの中でも、アイツは出てきてないんですよ! 絶対ループに関係してますって!」

「あら。今まで出てこなかったってことは、特に目立ったり何かに影響しそうな行動をしてなかったってことではなくて?」


 興奮気味のヒロインの主張に公爵令嬢は訝しげだった。何故なら、彼がそんなことをする理由になりそうな情報を手に入れていたから。


「でもでも! アイツ男なのに私のイベントの最中に邪魔してくるんですよ?! 男なのに!」

「……それ、たぶん彼の幼馴染の為ですわ」

「はへ?」


 公爵令嬢は小さくため息をついた後、手に入れたばかりの情報を開示する。


 一つ、彼には女性の幼馴染がいる。

 一つ、彼女はこの学園を卒業するまでに婚姻相手を見つけないと、彼と婚姻を結ばなければならない。

 一つ、彼女は婚姻相手は自分で見つけたい。

 一つ、彼も彼女のために婚姻相手を探すのを手伝っている。

 ついでに、彼は幼馴染の彼女と婚姻を結びたくないらしい。


「そ、そんな情報をいつの間に……!」

「フフフ……わたくしには貴女以外の友人がいるのよ?」

「止めて! 現実を突きつけないで!」


 まるで宿命のように、ヒロインには公爵令嬢以外の友人はいない。元々ゲームからの設定上、貴族の庶子であるヒロインは教室でも孤立しがちだった。その上ループのせいで折角仲良くなっても卒業式を迎えると関係がリセットされてしまうようでは、積極的に関わろうとするモチベすら保てない。

 その一方、幼い頃から貴族同士の交流を続けている公爵令嬢は毎回のリセットも腹芸の足しにしようとごく当たり前に関わっており、生まれながらの貴族と元庶民の違いがここにも現れていた。


 きゃあきゃあと騒がしくも明るい雰囲気の横で、王子は一人難しい顔を見せながら何か考え込んでいる。


「……どうかなさりました?」


 王子の様子に気づいた公爵令嬢が気遣うと、彼はうんともむうとも聞こえる呻き声を漏らした。


「私の知ってる彼とは随分違うなぁ、と思って」


 王子曰く、


 ・彼とはループを繰り返す中で知り合った。

 ・信用に値する者だと判断して生徒会の仕事を手伝ってもらっている。

 ・彼はループしていることに気づいてない、記憶はないようだ。


 ・彼は『幼馴染の婚約者』と仲睦まじく過ごしている姿をループ中よく見かけていた。



「待って。最後のおかしい」


 公爵令嬢と王子の持っている情報が食い違っている。でも二人が嘘をついているとも思えない。


「何が起こっているんだ……?」

「現時点では何も分からないわ」


 今までとは違う何かが起こっているのは確かなのだろう。ただそれが何なのか、何故起きたのかが3人には分からない。


「今はこのまま逆ハールートを進めてみるしかないわね。……貴女、大丈夫?」

「ガンバリマス」


 このとき、ヒロインの頭の中は一つの可能性に支配されていた。それは確信とも思える可能性。


 ──もしかして彼、前世の記憶を思い出しちゃった……?


 ありえない話ではない。しかもわざわざイベント中に邪魔してきたところをみると、ここがゲームの世界だと知っている可能性も高い。

 むしろ知っているからこそ、幼馴染の彼女に攻略者達を紹介したいんじゃないだろうか。全く知らない相手より、ゲームの中とはいえある程度知ってる相手の方が安心できる。


 ──だとしたら、どう動くのが正解なの?


 彼が前世を思い出した結果が今回の行動だとしたら、攻略者の一人を譲り渡せば良いのだろうか? でも王子の言っていた仲睦まじい姿が本来の二人なら、それを引き裂くような真似をするのが正しいといえるのか?


 ──やっぱり今回もループしてしまいそうね。


 今のヒロインにはループを止めるためにしなければならない行動が分からない。その為に必要な情報が足り無さすぎる。

 でも情報を得るためのヒントは手に入った気がする。今回は諦めて、次のためにひちすら検証していけば良いんじゃないか。


 そう考えてはた、と気づく。

 今まで逃げまくっていた逆ハールートに入った途端、変化が現れた。つまり、


「これでループしちゃったら、次からひたすら逆ハールート狙いで検証……?」

「ああ、そうなるね」


 他人事のように王子がヒロインの呟きに反応する。


「じょ、冗談じゃ、だって今回、何度かヤバい雰囲気に」


 ゲーム内なら親密度もステータスも数値で確認できた。だが悲しいかな、ゲームの世界が現実となった今では人の心は数値で見えない。どこまで踏み込めるのか、またやりすぎになるのか全部手探りだ。

 もちろん今までだって手探りだったが、一人と仲良くなれば良い個別ルートと逆ハールートでは勝手が違う。主に男の嫉妬とか嫉妬とか嫉妬とか。


「うん、まぁ、その……貞操は自分で守ってくれ」

「嫌あああああああああああああああああああ!!」


 今日もサロンにヒロインの悲鳴が鳴り響いた。

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