81. VS勇者カタル③
剣と剣がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
勇者カタルとの二度目の激突は、前回とは比較にならないほど激しいものとなった。
「手加減は一切しないぞ少年!」
彼の戦法はその速さを生かしたヒット&アウェイだ。隙をついて音速で斬りかかり、僕の反撃が届かない距離まで素早く下がる。一方的に攻撃を仕掛けられた僕は防衛に専念せざるを得ない。
そして特に厄介なのが、勇者の持つ二振りの神器。
竜すら切り裂く黄金の剣、神器「フロッティ」。
持ち主の清らかさに応じて強化される剣、神器「楚々心神剣」。
それらの猛攻に耐えられるのは、彼から奪った神器「ダインスレイヴ」とモモ様から魔力を吸い取る聖剣タンネリクのおかげだ。
「ていうかその神器、楚々なんとか剣がどうして強化されているんですか」
「楚々心神剣だ。今の俺はどう見ても清らかだろう?」
「全裸なのに!?」
「全裸だからさ!」
清らかさってそういう意味? 神器の判定基準がよくわからないが、強化された証として七支刀に似た形の剣の枝が五本も光っていた。
「大人になるんだ少年。勇者の使命を忘れたわけじゃないだろう」
「そ、それは」
「仲間を集めて魔人や魔王を倒し、いずれ誕生する邪神を滅ぼす」
「それは、そうですが……!」
「アシュリア王女を手助けすれば、勇者の後援者になってくれる。冒険の費用、より強力な装備、そして国の後ろ盾が得られるんだ」
「そんなやましい目的で!」
「やましい事など無いともさ! 力が無ければ何も守れない、信頼が無ければ誰もついてこない。邪神を倒すために俺は真のリーダーになる! それが、俺の目指す……」
楚々心神剣の強烈な一撃を聖剣タンネリクで防ぐが、ピキッという嫌な音が聞こえた。猛攻に耐えきれず、刀身にヒビが入っているのだ。
「勇者の理想像だっ!」
次の一撃で折れる。そう直感し、咄嗟に聖剣と魔剣を交差させて斬撃を防ぐ。四つの剣で鍔迫り合いが起こり、刀身が擦れ合う音が響いた。
「そのために竜族を犠牲にすると!?」
「犠牲じゃないさ、これが世の常なんだ。俺達が干渉する話じゃない」
「彼らが受ける仕打ちを見て見ぬフリですか!」
力任せに剣を弾き、お互いに数歩下がる。
「ちゃんと見ているさ、その上で俺は王女を選んだ。君も後援者が必要だとわかる時が来る。そんな粗末な剣よりも、遥かに素晴らしい神器を手にできるんだ」
勇者が聖剣タンネリクを指さして、小馬鹿にしたように笑った時。
――何かが切れる音がした。瞬間沸騰するかのように、僕の全身が熱くなる。
「笑うなよ」
モモ様が一生懸命に作ったこの剣を。
「そんなお前が勇者なら」
馬鹿にされて冷静でいられるわけがない。
「僕はニセ勇者のままでいい」
神器ダインスレイヴの鍔を更に強く握り、左手からどんどん血を流す。魔剣を無理やり強化していく。
「《大神実》!」
聖剣タンネリクを地面に突き刺して魔法を発動。
「遅いっ!」
勇者カタルは瞬時に動き、桃の木の根が足に絡みつく前にその場から移動した。更に僕の周りをぐるぐる回り隙を狙っている。
「そろそろ終わらせるぞ……少年」
戦場のフィールドが草原だったのは幸いだ。木の根がとても育ちやすい。
僕の背後に強烈な殺気が迫った瞬間、勇者カタルはその場で躓いた。
「――なあっ!?」
「足元注意ですよ」
もの凄い速さで顔を地面に打ち付け、そのままごろごろと転がる彼に対して追撃を仕掛ける。しかし僕の反撃はすんでの所で躱された。
もっとも、勇者カタルは二度と高速移動できまい。
「き、木の根がそこら中に……!」
ただでさえ土で凸凹のある草原に、大量の木の根が辺り一面に這っていた。もし彼が走り回っても、一度躓けば自らダメージを追ってしまうだろう。
勇者カタルが躊躇した隙に接敵し、ダインスレイヴで斬りかかる。その刀身は血で真っ赤に染まり、更なる血を求めて勝手に動き始めていた。
「押し切ってやる!」
「この……ガキがっ!」
三合、四合、剣を交えながら前に進む。その背後には島の端が見えた。
腹の底から叫びながら剣技を繰り出す。それは勇者カタルも同じだ。お互いの激情を剣に乗せてぶつけ合う。それは崇高な決闘などではない、泥臭くみっともない男の喧嘩。
「うおおおっ!」
あと一歩だ!
◆◇◆◇◆◇
星詠士のゴリマーは悲痛な表情を浮かべながら、魔導帆船の甲板から草原を見下ろしていた。冒険者や騎士団が捕らえた竜だけではない、巣から奪った竜の卵や雛が次々と船倉に運ばれている。
「見てて気持ちの良いものじゃない、ね」
ドラゴネスト調査団の目的は、当然ながらゴリマーも承知していた。思わず唾を吐きたくなるが、これもアシュリアのためだとぐっと我慢する。
同じく甲板から指揮をとっていた騎士団団長クーガーが声を張り上げた。
「アシュリア王女の帰還だ! 船の離陸準備をしろ!」
階段から王女が登ってくる。その表情は冷静に見えるが、頬には泣き腫らした跡が残っていた。
「ウホッ。アシュリア王女、勇者カナリアは……」
「遺品は回収した。この惑星での用は済んだ」
「お悔み、申し上げるよ」
「勇者はどうした?」
草原に目を向けると、勇者カタルと少年が剣を交えていた。驚くことに勇者が押されているようで、じりじりと後退している。ゴリマーは彼を追い詰める少年に見覚えがあることに気づき、思わず「ウホッ」と声をあげた。
「クーガー、あの少年に砲撃しろ」
「……王女様、勇者カタルも巻き添えにしてしまいますが」
流石にクーガーも困惑した表情を見せるが、アシュリア王女は命令を撤回せず鋭い目つきで団長を睨む。
「二度は言わん」
「はっ。砲撃用意!」
「待ってアシュリア王女。彼は私の知り合いなんだ、見逃して欲しい」
「出来ない相談だ、なにせ腹の虫がおさまらないのでな。ああそうだ、八つ当たりだとも」
「お願いだよアシュリア」
ゴリマーの懇願は、しかし王女の耳には届かなかった。
草原で戦う二人を目標に、砲身が一斉に向きを揃え……。
◆◇◆◇◆◇
轟音、衝撃、土埃。
それらの情報が聴覚と触覚、視覚を刺激する。
一瞬目の前がチカチカするほどの激しい砲撃の嵐が僕らを襲った。
「うわっ!?」
「なあっ!?」
直撃こそはしなかったものの、目の前に着弾した砲弾の爆発で吹き飛ばされ宙を舞う。
放り出された先は崖の向こう、即ち眼下に広がる空だ。
やばい、落ちたら死ぬ!
咄嗟に左手のダインスレイヴを岩崖に突き刺し、その場で宙ぶらりんになった。
その少し上で、勇者カタルも同じように落下を免れている。
「……ぐっ」
砲撃を受けた衝撃で全身が痺れていて、左手の力が段々抜けていく。このままだと落下は確実だ。
「少年、手を!」
勇者カタルが手を伸ばして、僕を助けようとしている。彼の手を掴むには右手の聖剣タンネリクを手放さなければならない。
「手を伸ばすんだ少年! 死ぬぞ!」
どうしてなんだ。どうして勇者カタルは、その手を竜族の皆に伸ばさないんだ。
何も言わずに勇者カタルを睨みつける。彼が息を飲む様を見届けた後。
その手が剣から滑り落ちた。
「少年っ!」
僕は空へと落下していく。
勇者カタルの叫びがすぐに聞こえなくなるほど、ぐんぐんと遠のいていく。
雲の間を抜け、遥か底に存在する星核に向けて一直線。
きっとあの光の中に落ちれば、その身が焦げて灰となるだろう。
「……僕は死にませんよ」
強がりではなく、確信を持ってそう呟く。
「――マタタビっ!」
声のする方へ目を向けると、頼もしい仲間がいた。彼女は箒に跨り、かつてのように手を伸ばす。
なぜなら、僕にはもう十分な助けがあるのだから。
 




