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80. ニセ勇者と王女、出会う

 目を覚ますと、モモ様とリトッチの姿が消えていた。テーブルには「散歩してきます。何も企んでいません」という女神様の書き置きが残されている。


 つまりモモ様は何かを企んでいるらしい。でもリトッチが一緒なら心配ないかな。


 家の外へ出て庭を歩き回り、畑に植えられた野菜を見ながら日光を浴びて、自然の空気を思いっきり吸い込む。


「……ん?」


 硝煙と血の臭いだ。


 違和感を感じて先見の型(ウォルデン・フォーム)を発動し、周囲の気配を探る。


 草陰に四人。木の上に三人。


 先に動いたのは襲撃者だった。僕に気づかれたと勘づいたのか一斉に飛び出してくる。彼らは竜族ドラゴンやモンスターではなく長耳族エルフの集団だった。服装からして狩人ハンターの類である。


「警告も無しかっ!」


 放たれた矢を掴み、片手剣やダガーによる斬撃を躱す。彼らは巧みな連携で攻撃を繰り出し、僕が反撃する隙を見せない。衛兵や盗賊とは比較にならない練度の高さ、つまり彼らの正体は。


「――待ってください、調査団の皆さん!」


 周囲を取り囲む長耳族エルフの集団は、僕の叫びを聞くと警戒しながらも攻撃をやめた。


 どうやらドラゴネスト調査団も地底世界に辿り着いていたようだ。しかし何故、スピカの家を?


 疑問符を頭に浮かべる僕の前に、リーダーと思わしき一人の女性が歩み出る。


 服装こそ他の連中と同じだが、その長い銀髪に凛々しい表情、腰に立派な剣を差した姿は、地球の偉人で例えるなら長耳族エルフ版ジャンヌ・ダルクだ。


 明らかに高貴な身分であろう女性が、僕をじっと見つめて笑みを浮かべる。


「なるほど、お前がゴリマーが探していた冒険者君か。こっそり調査団を抜け出し、勇者カナリアの下へ辿り着いていたというわけだな」


 彼女が剣を抜き、その切っ先を僕の首筋に当てる。こっちは聖剣タンネリクを枕元に置いたままなので丸腰だ。


「白状すれば命だけは助けよう。誰の命令で動いている?」


「誰の命令でもありません。僕らはただ、彼女を故郷に帰しただけです」


「彼女だと?」


 その時、家の扉が開いてスピカが出てきた。欠伸をしながら僕と女性に気づき、首をかしげながら尋ねる。


「マタタビ、お客さん?」


 いつの間にか女性は剣を背中に隠していた。彼女は笑顔を取り繕いながらスピカに声を掛ける。


「やあ初めまして、私はアシュリア・カットラス。勇者カナリアを探しているのだが、君は知らないか?」


「えっ? お母さんは……その……」


 アシュリア・カットラスと言えばドラゴネスト調査団を指揮している王女じゃないか。


「スピカ、部屋に戻って」


「う、うん」


 僕らの只ならぬ雰囲気を感じ取れないほどスピカは馬鹿じゃない。彼女はすぐに扉を閉めた。


「勇者カナリアに何の用ですか?」


「……君に教える義理は無い」


 王女は再び剣を構えている。しかし先程までの笑みは無く、その表情には驚きと悲しみが混じり合っていた。


「彼女がカナリアの娘というのは、本当か?」


「そうです」


「父は?」


「教える義理は無いですね」


「生意気な、カナリアはどこだ!」


 僕がその問いに答える前に、家の扉が再び開く。スピカが二本の剣を掲げて思いっきり投げた。


「マタタビっ!」


「ありがとう!」


 王女の剣を足で蹴り上げ、彼女が体勢を立て直す隙に二本の剣をキャッチする。聖剣タンネリクと勇者カタルから手に入れた神器【ダインスレイヴ】だ。


「全員捕らえろ!」


 アシュリアの命令で狩人が一斉に襲い掛かってくる。僕は鞘から剣を抜き、スピカも唸り声を上げて飛び掛かった。



◆◇◆◇◆◇



 数分後、僕は耳を押さえているスピカを背負って森の中を逃げ回っていた。背後には執拗に追いかけてくる狩人が見える。


 流石は王女直属の部下だ。僕が倒せたのは二人か三人、スピカは竜族ドラゴンが嫌う笛の音を聞かされ危うく捕まるところだった。


「気持ち悪い……」


「頑張ってスピカ。すぐにお父さんと合流しよう」


 まずは蒼火竜バザルと合流するべく森を抜ける。しかしその光景を見て、事態はどんどん悪い方へ転がっていることに気づいた。


 草原には長耳族エルフの騎士や冒険者が大勢集い、彼らが捕らえた大小さまざまな竜族ドラゴンを運んでいたのだ。捕らえられた竜族ドラゴンの中には血まみれになった個体もいる。


 島の端には魔導帆船アルビオン号が停泊していて、次々と「獲物」を運び込んでいた。


 ――これが奴らの目的だったのか。


 惑星の調査なんてのはおまけで、希少な竜族ドラゴンを持ち帰ることが調査団の真の任務だったようだ。


 彼女にこの惨状を見せるべきじゃなかった。


「やめてー! 皆を放してよ!」


 警告する暇もなく、スピカが僕の背中から飛び降りて駆け出す。冒険者達が少女を一斉に見た次の瞬間、スピカが竜形態へと変身した。


「グオオォォ!」


 そして彼女は怒りの咆哮をあげて彼らに突進する。幼い蒼火竜の強襲を受け、冒険者達は悲鳴や叫び声をあげて散り散りになった。


「なるほど、彼女の父親はドラゴンか」


 背後から声を掛けられる。既にアシュリア王女と狩人達が追いついていた。


「これはアンタの命令なのか?」


「そうだ」


「何のために!」


「豚共のためさ!」


 王女の完全に開き直った態度がむかつく。腸が煮えくり返るような思いだ。


「いや、違う、アレは単なる手土産で、私達はカナリアを救うためにやってきた」


 彼女は苦虫を噛み潰したような表情で僕に剣を向ける。怒りたいのはこっちだっての。


「これが最後の質問だ、カナリアは何処だ?」


「カナリアさんは……五年前に亡くなった」


「嘘をつくなっ! あの子は勇者だぞ、死ぬはずがない!」


「家の裏手に墓がある。嘘だと思うなら確かめろよ」


 王女は舌打ちすると踵を返して森の中に戻っていく。狩人達は僕に弓を向けながら王女に付き従った。


 スピカの悲鳴が聞こえたので振り返ると、竜形態のスピカに無数のロープが巻かれ、彼女が嫌がる音色がそこら中で鳴り響いていた。スピカを取り押さえているのは冒険者パーティー「ウィッパード」に「リンリイ冒険団」の面々だ。


「スピカを離せ!」


 彼女を救うべく走り出すが、僕は瞬きする内に何かに吹き飛ばされて宙を舞う。


 ――この攻撃は覚えている。あいつの才能ギフトだ。


 地面に体を打ちつけるが、痛みを我慢しつつすぐに起きて剣を構えた。稲妻の発生と共に目の前に現れたのは。


「まさか君がこの惑星に来ていたとはね。ヴェノンとアリーリは一杯食わされたわけだ」


 勇者カタル。最速の速さを手に入れた男。


「そこをどいてください、あと服を着てください」


「どっちも断る。残念だが、出会ってしまったからには決着をつけよう」


「……捕まった竜族ドラゴンはどうなるんですか?」


 僕の質問に彼は暗い顔で返事をする。その声色は冷たく、感情を押し殺しているようにも感じた。


「奴隷になるか、ペットになるか……食材になるかのどれかだと思う」


「これが勇者のやることですか!」


「これが現実だ少年!」


 再びスピカの悲鳴が聞こえ、遂に彼女が力なく横たわった。歓声をあげる冒険者達が醜く映る。きっと彼らは自らの行為に何の疑問も感じないのだろう。それを責める資格が僕にあるかは分からない。


 それでも、僕はスピカや竜族ドラゴンを助けたいんだ。


「だったら、ここでアンタを倒す」


 右手に聖剣タンネリクを、左手に魔剣ダインスレイヴを構える。


「やはり魔術士は君の手下だったのか。まんまと俺から神器を掠め取ったな」


「手下じゃありません、仲間です」


「少年、君にはその剣を扱えないよ。使い方も分からないだろう?」


 残念、それはモモ様からちゃんと聞いていた。


 覚悟を決め、魔剣の鍔にある針に親指を押し付ける。一筋の血が刀身を流れると、剣に血管が浮かび上がり脈動を始めた。


 血を求め、血を吸うほど強化されていく魔剣ダインスレイヴ。半神族デミゴットの僕との相性はかなり良い。


 勇者カタルも二本の剣を構える。当然どっちも神器だろう。


「少年、本当はこんな状況で戦いたくはなかった。正々堂々、後腐れなく決着をつけたかった」


「今からでも遅くはありません。僕と一緒に竜族ドラゴンを解放しましょう」


「それは出来ない」


「なぜですか!」


「大人だからさ!」


 その言葉を合図に、僕と勇者カタルは剣を交えた。


 意地でも負けてやるものか。

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