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78. ニセ勇者と竜人、約束する

 スピカと僕は浮き島の草原で仰向けに転がった。


 視界一面に地底世界の夜空が広がる。驚くことにその天井がキラキラと輝いていた。まるで巨大なプラネタリウムを鑑賞しているみたいだ。


「あの光っているのは何?」


「うんとねー、石」


 確か深き谷(アビス・バレイ)の底に光を吸収する魔石があったっけ。それが昼間の星核の光を溜め込み、夜にこうして輝くのだろう。


 二人でぼんやりとプラネタリウムを眺め続ける。穏やかな風が吹き草を揺らすと、スピカがぽつりぽつりと語り出した。


「あのね、お母さんはね。お星さまになったの」


「うん」


「スピカ、一生懸命、飛ぶ練習した。お星さまになったお母さんに会いたくて」


 いつも元気いっぱいに喋る彼女も、こと母親の話になると淡々としている。


「でもね、あれはお星さまじゃなかった。お母さん嘘ついてた」


「スピカは本物のお星さまが見たかった?」


「うん、だから谷を登ったの。お母さんに会えると思って」


 そして少女は嵐に巻き込まれ、惑星アトランテに飛ばされたのか。


 海上でもずっと空は曇っていたし、星の口づけ(プラネット・キス)の間は他の星がほとんど見えない。スピカはリアルな星空をまだ見たことが無いのだ。


「マタタビ。本物のお星さま、もっと凄い?」


「うん。この星空も素敵だけど、本物はもっともっとたくさんあるよ」


 スピカは感嘆の声をあげ、「もっとたくさん……」と呟いた。彼女はもう何も言わず、じっと夜空を見上げている。


 その言葉が口に出たのは、別に沈黙に耐えかねたわけじゃなかった。自然の流れで、まるで僕がそうすべきだと感じたかのように唇が動いたのだ。


「僕が見せるよ」


 少女が僕の方に顔を向ける。


「ほんとう? 嘘じゃない?」


「ごめんやっぱ無理かも」


 やや勢いで言ってしまったのですぐに訂正。彼女はポカンとした表情を見せ、ふくれっ面になり僕を睨んだ。


「マタタビ、嘘つき!」


「ごめんごめん。でもスピカに本物の星空を見せるために、出来る事は何でもやるよ」


「……約束、できる?」


 その瞳はうるうると涙が溜まっている。スピカは目をこすると、まだ僕を信じられないという目つきで小指を差し出した。


「お母さんから習ったの。約束する方法」


「指切りげんまん、でしょ」


「知ってるの?」


「うん。約束するよ、君に本物の星空を見せてあげる」


 スピカに笑顔が戻った。小指を絡め、二人で「ゆーびきーりげーんまーん……」と合唱する。


 これはきっと、スピカのため、香菜さんのため、僕のための宣言だ。


 要は星を覆う嵐をなんとか消せば良いのだと思う。どの道、安全に惑星アトランテに帰る方法を考えなきゃいけなかったし。


 ……その方法は今から考えるけど。



◆◇◆◇◆◇



 マタタビの奴、どこ行きやがった。早く戻ってきてアタシを助けろ。


「リトッチ? 聞いてますかリトッチ?」


「……ああ、とりあえずちゃんと聞き流してるぜ」


「そうでしょうとも、女神のありがたいお話なのですからねって聞き流し!?」


 アタシはかれこれ数十分、こいつのキチガイじみた提案を聞きつつ、調子に乗らせないように全部却下していた。


「ですから私達で嵐王ズムハァを倒しましょう」


「バザルの話聞いてたのかよ? 千匹の竜に勇者カナリア一行でも倒せなかったんだぜ」


「私も魔王の強大な気配を頭上から感じています、でもアレです」


「なんだよ」


「こう、なんとなく『あっ死にかけだな』って感じの微妙に弱い気配です」


「雑だなおい」


「これは凄いチャンスなのですよリトッチ。マタタビ君が魔王に引導を渡す……いいえ敢えて言いましょう。漁夫の利で成果を手に入れる絶好の機会です!」


 こ、こいつ……! 女神のくせに臆面もなく宣言しやがった!


「大体、なんで封印されている魔王を倒す必要があるんだ?」


「もしマタタビ君が魔王を倒せば、ヌート姉様は彼を認めて抹殺命令を取り消すでしょう。あの人は脳みそまで筋肉で出来てますから。いっそのこと筋肉を司る女神に改名すれば良いのです(笑)」


 女神ヌートがいないからって滅茶苦茶イキってやがる。こいつ絶対に本人の前では縮こまるタイプだ。


「つか女神ヌートに認められる作戦なら、まずはマタタビに相談する約束じゃなかったのか?」


「彼が素直に『さすが頭脳明晰な女神モモ様、なんと素晴らしい案なのでしょう。では魔王を倒しに勇者マタタビ、行きまーす!』と言うはずがありません」


「色んな意味で絶対言わないな」


 まさかお前、自分の事を頭脳明晰だと思ってるのか……?


「皆の力で勇者マタタビをサポートすれば勝てます。スピカが力を、リトッチが魔術を、そして私が頭脳を担当ですね」


「すまん誰が頭脳担当だって?」


 どこからその自信が湧いてくるんだよ。神経の図太さは女神級だぜ。


「……それで頭脳担当様は、具体的に魔王を倒す計画を立てたんだろうな?」


「ですからリトッチに相談しているのです。何か良いアイデアはありませんか?」


「アタシは魔術担当じゃなかったのかよ」


「リトッチの頭脳を頼るという素晴らしいアイデアを思いつきました」


「何言ってんの。何言ってんの!?」


 とはいえアタシを頼るというなら好都合だ。こいつが一人で暴走するよりいくぶんマシだからな。


「そうだな、魔王を倒すにしてもまずは情報収集だろ。マタタビを説得する材料にもなるからな」


「ではバザルに聞いてみましょう」


「いや、マタタビに漏れる危険がある。だから海竜マギナに会いに行こうぜ」


 本音を言うとモモには早めに諦めてもらいたい。竜の女王ともなれば魔王とマタタビの実力差くらい一目でわかるだろう。女王様に「無理」と言われればモモだって引き下がるはずだ。


 アタシの考えを露とも知らず、モモが安堵した表情を見せる。


「やっぱりリトッチに頼って良かったです。ありがとうございます」


「……気にすんな」


 別に悪いことをしているつもりじゃない。だけどこいつの純粋無垢な笑顔を見ると、いたたまれない気持ちになる。


 モモはアタシに軽く抱きついて「お休みなさい」と囁き、床に横たわって眠り始めた。


 チクりと胸に痛みを感じる。今日は安眠できそうにもないな……。



◆◇◆◇◆◇



「ささ、こちらであるぞ我が魔王」


 従者のドゥメナは暴虐竜アウトレイジを蔑んだ目で見上げた。彼は頭をペコペコ下げながら洞窟を先導し、ココペリに媚を売っているのだ。


「図に乗らないでくださいアウトレイジ。貴方は新参者ですよ」


 牽制の言葉を投げつけると、彼がグワッと口を開けて威嚇を始める。


「新参者だろうと、ココペリ様の部下はみな対等の筈だ! 貴様こそ少し先に部下になったからと言って調子に乗るでないぞ!」


 あまりの浅ましさに腹が立ったのか、ケルベロスも牙をむき出しにして唸っている。しかし竜は強気の姿勢を崩さない。


「ふん、貴様の役目は終わりよケルベロス。ココペリ様を嵐王ズムハァの下へと案内するのは、誰よりも深き谷(アビス・バレイ)の底に詳しい我の役目だ。さあ、どうぞ我が魔王」


 駄犬に唾を吐いたかと思えば、この竜はすぐさま笑顔で媚びへつらう変わり身の速さを見せた。ココペリ様も若干引いている。


「あ、ああ。頼むよアウトレイジ」


「もちろんでございます! このアウトレイジにお任せください!」


 ケルベロスの嗅覚だけでこの迷宮のような洞窟を進むのは確実性に欠ける。不満はあるが、アウトレイジの案内が最善であることは承知していた。


「それでアウトレイジ、他の竜はどうしたんだ?」


「お答えしましょう、我が魔王。我は他の従者の誰よりも見聞を持ち合わせておりますぞ。生き残った竜共は、更に地下深くに存在する地底世界に……」


 ――ぶっ殺したいですね。


 ドゥメナの殺気に気づいたケルベロスが、彼女の握りこぶしをペロリと舐める。


『争い禁止、感情抑止』


 ――まさか駄犬に諫められる日がこようとは。血のにじむ手をほぐして深呼吸する。今は耐える時だ。



 やがて四人の魔人は、洞窟の最深部に到着した。


 その中心には強固な円柱状の結界が張られており、中に嵐王ズムハァと思わしき人物が閉じ込められている。


 彼の姿は見るも無残なものだ。頭と胸と右腕以外は全て欠損しており、その体は鎖で柱に括りつけられ、更に無数の杭で固定されている。体中は腐敗していて骨も露出していた。とても生きているようには見えない。


 だがしかし、その目玉がギョロリと動きココペリ様をしっかりと見据える。


 序列5位「嵐王ズムハァ」は今もなお健在であった。

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