Web版SS:女神様、初めての冒険は大変です
書籍版第1巻、発売中です。
以下の店舗で特典SSがついてきます。
ゲーマーズ様(女神様、お風呂に入る)
書泉・芳林堂書店様(女神様、唯一の特技で異世界最強?)
せっかくなのでWeb版限定SSを書いてみました。
書籍版も宜しくお願い致します。
惑星ゴルドーに降り立って数時間後。
僕とモモ様は、都市国家ジュラを目指して砂漠を歩き続けていた。
砂漠の惑星だけあって気温が高く、汗がだらだらと流れ落ちる。服がべっとりと張り付き、あまり気分の良い行進ではなかった。
対してモモ様は、暑さも気にせず大はしゃぎで砂漠の丘に登り、元気一杯に手を振る。
「マタタビくーん! 早く来てくださーい!」
遅れて僕も丘を登る。モモ様は見渡す限りの砂の大地をきょろきょろ眺め、落ち着かない様子で僕の袖を掴んだ。
「どうですかマタタビ君、これが惑星ゴルドーですよ!」
「モモ様も初めて来たんですよね?」
「そうですが、私は図鑑で学習しています。マタタビ君よりも物知りです」
ふふん、と彼女は小さな胸を張って自慢げに解説を始めた。
「惑星ゴルドーでは雨がほとんど降りません。一年を通して風が吹いていて、とっても乾燥しやすいんです」
「水が無いと人が暮らしていくのは難しそうですが」
「年に何回か雨季がやってくるのです。その時期は惑星アト……いえ、後で教えましょう」
「またまた、いい加減に教えてくださいよ」
「マタタビ君をびっくりさせたいので秘密です」
僕が頬を膨らませると、モモ様はくすくす笑って走り出した。砂漠の丘を勢いよく駆けていく。
「ちょ、危ないですよモモ様」
「これくらい平気です!」
と叫んだ瞬間。モモ様は躓いてごろごろと坂を転がり落ちた。
「モモ様!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですよー!」
砂まみれになるのも構わず、彼女は嬉しそうにスキップしながら歩き出す。
今日はやけにテンションが高いな……。ちょっと心配になるくらいだ。
「モモ様、少しゆっくり歩きませんか?」
「もう疲れたのですか? 私はまだまだ動けますが」
彼女の言葉は明らかに虚勢であった。何故なら既にふらふらとたたらを踏み、眩暈を起こしていたからだ。少女はそのまま仰向けに倒れてしまう。
「モモ様!」
「あれ、あーれー……」
慌ててモモ様を抱えると、彼女は犬のように舌を垂らし、焦点が定まらない瞳で虚空を見つめていた。
「ティ、ティアマト母様? どうしてここに?」
「しっかりしてくださいモモ様、それは幻覚です」
「ああ、遂に女神様のお迎えが来たのですね」
「あんたが女神だよ!」
「私の前世はカメムシの女神だった……?」
「一体何が見えてるの!?」
カメムシを司る女神はちょっと信仰したくないな。
モモ様はこの暑さにやられてしまっていた。少し熱射病を舐めていたかもしれない。
《大神実》で桃の樹を生やし、陰を作って少女を寝かせる。桃の実を小さく切って彼女の口に入れた。
「水分はこまめに補給しましょうね」
「……ごめんなさいマタタビ君。冒険を始めたばかりなのに」
「僕の方こそ配慮が足りませんでした。初めてだからペースが分からないのも仕方ありません」
彼女にとって、この旅は単なる冒険以上の意味を持つ。恐らく生まれて初めての「お外」なのだ。
引きこもりを脱し、未知なる世界へ踏み出した少女の興奮は、多少の体調不良を無視するには十分だったのだろう。
「冒険は逃げやしませんから、ゆっくり行きましょう。体力が回復するまでは横になってください」
「はい、そうします」
――ふと誰かの視線を感じたので周囲を見回す。心綺楼で歪む景色の向こうに、一匹のラクダがいた。僕らをじっと見つめている。
そのラクダがまるで「ついてこい」と言わんばかりに首を振って歩き出す。
「……もしかして」
モモ様にマントを被せつつ彼女を背負う。何かしらの予感がしたので、ラクダの後をついていくことにした。
◆◇◆◇◆◇
ラクダが辿り着いたのは、緑の木々に囲まれた大きな池であった。
「「オ、オアシスだー!」」
そのオアシスでは10匹以上のラクダが水を飲んでいた。僕とモモ様は我先に走り出し、彼らに混ざりながら水をすくう。
この暑い砂漠で飲む水は格別だ。隣で飲んでいたラクダも、歯をむき出しにして笑っていた。
「ただの水がこんなに美味しいなんて、思いもよりませんでした」
「折角ですから、ここで少し休憩しましょう」
僕は野生のラクダにそっと触る。彼らは人間を恐れていないのか気にも留めていない。
このオアシスに連れて来てくれてありがとう。
ちらりとモモ様を見ると、彼女はパラソルとビーチチェアを設置し、サングラスまでかけてのんびりビーチチェアでくつろいでいた。
……え? 確かさっきまでバテていたよね?
「モモ様何してるんですか」
「見てわかりませんか? バカンスです」
「そのアウトドア用品はどこから持って来たんです?」
「魔石の部屋の倉庫に長年眠っていました。忘年会のビンゴで当てたのですが、今まで使う機会が無かったので」
「女神様も忘年会するの!?」
「マタタビ君、ありがとうございます。夢が一つ叶いました」
「感動的なセリフを一気に陳腐にするの止めてもらえませんか」
「ビーチチェア、もうひとつありますけど」
「……」
数分後、モモ様と同じようにくつろぐニセ勇者の姿があった。
仕方ないだろ、僕だってちょっとやってみたかったんだ。
そして僕らは太陽が傾くまでバカンスを楽しんだ。
気づけばラクダの群れは消えていた。




