7. ニセ勇者一行、大地に降り立つ
【惑星ゴルドー】
ティアマト星系の南東星域、外縁部に位置している辺境の星。
海が無く、地表の大半が砂漠に覆われている。
乾燥した風が強くて塵も多いため、マントは欠かせない。
人族が治める都市国家ジュラ。
蜥蜴族のギジャ部族連合。
そして竜族である地竜アダマの一族が住んでいる。
◆◇◆◇◆◇
「マタタビ君はどこへ行きたいですか?」
「まずは、それぞれの勢力について聞いてみたいです」
女神モモは頷いて『惑星ゴルドー図鑑 T.E.1400年版』と書かれた本を開く。
ちなみに現在はティアマト歴(T.E.)1498年だ。僕がティアマト星系に転移したのがT.E.1405年だから、図鑑はその5年前に発刊されたことになる。
発行者は知恵の女神ミネルバ。女神八姉妹の五女である。この図鑑は女神フレイヤが借りた後、僕たちに又貸しした。女神モモが図鑑を読みながら解説を始める。
【都市国家ジュラ】
T.E.1110年頃から人族が移住し、T.E.1350年に都市国家ジュラ建国された。シャル家が統治している。惑星ゴルドーという名前は、建国時の当主ゴルド・シャルからとって命名されたらしい。
【ギジャ部族連合】
T.E.0921年に惑星ゴルドーへ入植した蜥蜴族の子孫。惑星ゴルドーに最も長く住んでいる種族である。いくつかの部族が代表者を選抜し、統治している。
【地竜アダマの一族】
T.E.1239年に惑星ゴルドーへ移住した竜族。この世界の竜族はめちゃくちゃ強くて、1匹で町一つを焼き払えるらしい。それが700匹近く暮らしているのだから、本来は危険な惑星のはずなのだが。
「ゴルド・シャルの手腕で、三国間同盟が締結されたそうです。都市国家ジュラは輸入品を、竜族は竜の死骸を、蜥蜴族は採掘した魔石を交換することで友好な関係を維持しています」
「なるほど……どの地域で信者を増やすか悩みますね」
「私は都市国家ジュラに行きたいです」
「どうしてですか?」
「……ひ、人が多いからです」
一瞬の間はなんだったんだ。わかりやすい主張からいいけど。
特に反対する理由もないので、僕らは都市国家ジュラを目指すことにした。この砂漠地帯の北だ。
僕らは砂の大地を歩き出した。
◆◇◆◇◆◇
「ソレ」は10年以上もの間、地中のずっと深くに埋まっていた。
いや、正確には自らの意志でここにいる。
痛み。苦しみ。そんなものは耐えられる。
耐えられないのは、無残に散っていった同胞の亡骸が人間どもに弄ばれていることだ。
女神よ、どうか我が同胞を救いたまえ。
しかしいくら祈っても、女神には届かない。
いや、届いていようが結果は同じことだ。
なぜなら、女神は地上へ干渉しないのだから。
――いいや、届いた。
地上に女神が降臨した。今まさに。
……我が同胞を救いに来たのだ!
「ソレ」は歓喜の雄たけびをあげ、動き出した。
◆◇◆◇◆◇
歩いている途中で蜥蜴族の骨死体を見つける。手を合わせつつ、彼が装備していたマントとリュックを拝借した。
「――願わくば、人の子の来世に幸福がありますように」
女神モモも骨死体に手を合わせている。
リュックを漁ってみたが、食料はなかった。
「お腹、減ったなあ」
「お腹が減りましたか勇者の子よ」
ジュラに到着するまで、食料はなるべく温存しておきたい。
「勇者の子よ、魔法を使ったらどうですか」
「……あぁ、そういえば覚えましたね」
できれば忘れていたかったことを思い出す。
二週目の人生で、僕は女神モモから魔法を教わっていた。何らかの魔法を覚えてないと、偽物の勇者だとすぐバレてしまう。
両手を地面に置く。意識を集中させて魔法を発動すると、目の前でニョキニョキと木が生え、枝に桃の実がなった。
女神モモはパチパチと拍手してしている。
「随分と上手になりましたね。流石は勇者の子です」
ニセ勇者です。そりゃあ使いこなすのに一年かかりましたからね。
これは《大神実》という女神モモが創造した魔法である。見ての通り、桃の木を生やす魔法だ。
なんでわざわざこの魔法を覚えたかって? その理由は過去回想で語ろうか。
◆◇◆◇◆◇
回想。2週目の人生、15歳。
「まさかとは思いますが、モモ様が創った魔法がこれだけってことはないでしょうね」
女神モモの頭から、凄い数のクエスチョンマークが出ている。
「まさかとは思いますが、モモ様が創った魔法がこれだけってことはないでしょうね!?」
「もしかして、不満があると?」
「他の女神の神殿まで何キロありますか?」
「えっ」
「他に魔法がなかったら、別の女神のところに修行に行きますからね」
「……」
絶句するな。気づけ。どうやってこの魔法で戦えとおっしゃるのか。後先考えずにこんな能力にしたな。
彼女は声を絞り出してようやく一言。
「桃、好きですよね?」
それが精いっぱいの言い訳かよ!
「確かに桃は好きですが、もっとこう、敵を簡単にやっつけられるような、勇者に相応しい凄い魔法が欲しいです」
「もう一回言って下さい」
「敵を簡単にやっつけられる……」
「その前」
「確かに桃は好きですが」
「なら問題ないですね。はい! この話は終わりにしましょう」
いや打ち切るかどうかは僕が決める立場では!? 完全に逃げに走ったよこの女神!
結局、女神モモから授かった魔法は無敵やチートとは程遠い微妙な能力だった。本当に僕をニセ勇者に仕立て上げるつもりがあるのか、この女神。
初めは全然使いこなせなかった。魔力の微妙な調整で、桃の木の成長速度や桃の花の美しさ、そして実の美味しさがまるで変化するのだ。
女神モモに調整方法を聞いたら「こうやってああやって」と完全なフィーリングで伝えてきたので、あてにするのはやめた。
僕は一年をかけてこの魔法を習得した。その間、女神モモはひたすら桃の実を食べて「渋い、25点」だとか「未熟です、二重の意味で。30点」だとか採点していた。
この魔法が冒険に役立つのか不安しかない……
◆◇◆◇◆◇
結論として、意外と役に立つ魔法であることは認めよう。食料には困らないからだ。
僕と女神モモは桃の実を収穫して食べた。普通の桃に加えて風味が強く、鼻につんとくるが不快感は無い。
「この惑星の風土が影響していますね、70点です」
桃ソムリエは満更でもなさそうに頷いている。やれやれ、僕は桃以外の食べ物が欲しいですよ。
ジュラへの道のりは長い。
僕らは砂漠を歩き続け、お腹が減るたびに木を生やして桃の実を食べ、栄養と水分を補給し続けた。背後には、足跡ならぬ桃の木の跡が続いている。
人とはまだ会えない。
恒星ティアマトの光がさんさんと大地を照らす。暑い。しかし半神族の体はかなり優れている。これくらいの環境なら不快にはならず、体力的には全然問題がなかった。
――ふと、女神モモが怪訝な顔をして立ち止まる。進行方向をじっと睨んでいた。
「どうかしましたか?」
「微かですが、邪悪な気配がします」
視線の先には、いまだに砂漠の大地しか見えない。
「もっとずっと先、恐らく都市国家ジュラです」
「女神様が感じる邪悪な気配というのは、【魔人】のことですよね」
この世界には、女神ではなく邪神を崇拝する人間が一定数存在する。「女神の支配から解放される」「力を欲する」など理由はさまざまだ。
そして彼らの中でも邪神から恩恵を受けた者が魔人、または魔獣と呼ばれている。魔人には序列があり、一位から十位までが魔王を名乗っているらしい。
「たまには真面目な話をしましょうか。多くの惑星では、魔人やその配下が人々を苦しめています。彼らは巧妙に人の振りをしているので、苦しめられていることに気づかない者もいるでしょう」
僕はいつも真面目な話をしているぞ。それはさておき、とても真っ当な答えが返ってきたので少し驚く。魔人に関しては真剣なようだ。
「分かりました。なら勇者として、魔人を見つけて倒さなきゃいけないわけですね」
いやー。面倒くさい。こうして旅するのは楽しいから問題ないけど、魔人と戦うなんて危ないこと、本当はしたくない。でも僕の命がかかっているし、やらないわけにはいかないか……
「モモ様が最初から町に降臨してくれれば、もっと楽だったと思うのですが」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、と言いますよね」
――地面が微かに振動している。砂の中に、何かいる?
「マタタビ君も自分の実力は知っておいた方が良いでしょう」
嫌な予感がする。
女神モモをお姫様抱っこして飛びのいた瞬間、砂の中から5メートル級の巨大なサソリが現れ、僕らがいた場所を襲った。
人間の身体なら一刀両断してしまえるほどの大きな鋏が二つに、毒針のついた長い二又の尾。気づかなかったらやばかった。
「確かにモモ様の言う通り、自分の力を存分に試せますね。聖剣に隠れてください」
「そうします」
女神モモの体が光に包まれ、聖剣の魔石へと吸い込まれる。魔石の中を覗くと、部屋の窓から彼女が見上げていた。
『あれは双毒蠍です。左右に別々の種類の毒を含んでいます。商人キャラバンを全滅させる程度には脅威ですが』
僕は聖剣を構えてサソリに対峙する。
『マタタビ君なら余裕でしょう。さあ、聖剣を奮って力を誇示するのです』
「念のため確認しますが、本当に何でも斬れるんでしょうね」
『理論的に言えばもちろん可能です。私の自信作ですから』
桃の木を生やす魔法と言い、女神モモの「自信」は全く信用ならないが……仮にも聖剣だ。ここで斬れなきゃ何を斬るよ。
もし斬れなかったら売ってしまおう。
僕は剣を構えて走り出す。
同時にスティンガーも動き出し、鋏を振り下ろす。紙一重で躱し、逆に鋏を足場にして跳躍。一直線に頭部へ向かい――
「でええええいっ!」
――剣を突き刺す!
パキーンという心地よい音がして、刃が折れた。
「折れたぁ!?」
『折れたぁ!?』
二人の声が奇麗にハモった。ここで女神モモに文句を言う余裕は無い。
僕は咄嗟に、拳でスティンガーの頭部をぶん殴った。その頭が破裂し、殴った衝撃波が巨体をバラバラに吹き飛ばす。
……あれ、これ聖剣いらないよね?
◆◇◆◇◆◇
それからしばらくの間、僕は女神モモを慰めていた。彼女は地面に座り込んで、折れた聖剣の前でぐずぐずに泣いている。
「ぐすっ、ぐすっ。折れたぁ……折れたぁ……」
「モモ様は頑張りましたよ。きっとスティンガーが硬かったんです」
「絶対折れないはずだったのに……」
「その自信は何処から来るんですか?」
「だってこの聖剣は、持ち主の私へ対する信仰心が強いほど強くなるんです。マタタビ君なら最高に使いこなせると思ったのに、ぐすっ」
「なるほどそう言う事だったんですね」
凄く納得した。当たり前だが、僕の女神への信仰心は限りなく低下していた。むしろ信仰心はマイナスだった。
この聖剣は僕より一般人のほうが使いこなせるのでは?
「やっぱり売りましょう。折れてるので対した値打ちにはなりませんが……僕はモモ様を信仰してないので宝の持ち腐れです」
「そんな、私との93年間の生活は遊びだったんですか!」
「遊んでいたのは女神様ですよ!?」
魔石は外してしまえば問題ないだろう。僕は割と真剣に聖剣を売る方法を考えていたのだが……
――再び地面が振動し、砂の中からスティンガーが何匹も現れる。囲まれてしまったようだ。
折れた聖剣を鞘に閉まって、泣き止まない女神を魔石の中に避難させる。
こうなったら、全部殴り倒してやる。ファイティングポーズをとって迎撃態勢に入る。
しかし僕の見せ場は、空から現れた乱入者に奪われるのであった。