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73. ニセ勇者と女神様、谷を降りる

「――《聖なる光(ホーリーライト)》」


 リトッチから受け取った魔石に魔術を込めると、淡い光が周囲を照らす。僕らは歩きやすい場所を探しながら、崖を慎重に降り始めた。


 《聖なる光(ホーリーライト)》はモンスターに見つかる危険もあるが、僕らに勇気と温もりを与えてくれる。この谷は息が白くなる程度には気温が低く、生命を感じさせない殺伐とした光景に心まで冷え切ってしまいそうだ。


 他に光源がないため、崖の向かい側や遥か下の底は真っ暗で何も見えない。小石の落ちる音は延々と木霊する。


 パーティーの先頭はスピカだ。彼女の「家」は遥か底にあるらしいが、正確な位置はわからないのでスピカの鼻が頼りである。僕はモモ様をおんぶしながら後に続き、最後尾はリトッチが務めた。


「絶対に手を離さないでくださいよ」


「もも、もちろんです」


 少女が震える体をぎゅっと僕に押し付ける。それは肌寒い空気のためか、恐怖のためか。リトッチは探索慣れしているのか、周囲を警戒しつつも余裕の表情だった。


 スピカは器用に崖を降りながら、何度も僕らに振り返り「平気?」「疲れた?」と心配してくれる。


 彼女を無事に家に送り届けることが冒険の目的なのだが、この深き谷(アビス・バレイ)では逆にスピカに頼らざるを得ない。少女の優れた嗅覚と土地勘が無ければ完全に迷ってしまうだろう。


 半日は歩いただろうか。


 いまだに底は見えず、遂には地上の微かな光すら届かなくなった。上も下も闇に包まれ、耳が痛くなるほどの静寂が正気を失わせようとする。


「今日はここで休憩しようぜ」


 リトッチの提案に反論する者はいなかった。崖の窪みを探して、そこに隠れるように身を潜める。


 《大神実オオカムヅミ》で桃の実をならして食事をとろうとするが……。


「なんだこれ、味が無いぞ」


「美味しくない」


「変ですね。ちゃんと魔力を込めているんですけど」


 惑星ドラゴネストの大地で育てた桃の樹は、いくら魔力を注いでも味のついた実がつかない。


 困ったようにモモ様に視線を投げると、少女は悲し気な表情で地面に手を当てる。


「もしかしたら星核ほしざねが弱っているのかもしれません」


 星核ほしざねは神獣が星の核となった姿だ。つまり生命を持ち、核=神獣が死ぬ場合もあるのだとか。


 この星は死に近づいているのかもしれない。


 じっとしていられないのか、スピカが立ち上がり窪みの外へ出る。


「スピカ?」


「ご飯、探してくる」


 言うが早いか、僕らの返事を待たずに彼女は闇へ消えた。心配そうに外を見つめていると、数十分後にスピカが戻って来る。その背には大きなダンゴムシのようなモンスターを背負っていた。


「これ、美味しいよ!」


 僕とモモ様はグロテスクな怪物の姿に絶句していたが、スピカは捕らえた鼠をご主人に差し出す子猫のような笑顔である。多分、彼女なりの愛情表現なんだろう。


「よくやった。後は任せろ」


 リトッチが嬉しそうにナイフを取り出し、器用にダンゴムシを解体して肉を炎魔術で炙る。そして皆で焚火を囲みながらそれを頬張った。


 ……味の無い桃よりは全然マシだったことは認めよう。


「スピカの家はこの下にあるんだよね。真っ暗なの?」


「ううん、明るいよ」


「だけど太陽ティアマトの光は届かないだろ?」


「海の明るさと、ちょっと違う」


 なんにせよ明かりの無い家じゃなくて良かった。光がある場所がゴールだと知って少しホッとする。


 この日は窪みで野宿しつつ、僕らは他愛もない話で時間を潰すことにした。


「そういえばモモ様、アルビオン号では軽率じゃありませんでしたか? いくら魔人が潜入していたとはいえ、危険な行動だったと思います」


 モモ様は体育座りで縮こまり、陰鬱な表情で謝罪の言葉を口にする。


「ごめんなさい、少し調子に乗っていました」


「あっさり謝るのは珍しいですね、それはそれで怖いです」


「ひ、ひどいですマタタビ君!」


 理由はそれだけなのかと疑っていると、リトッチが苦笑しつつフォローに回った。


「モモもアタシと同じ理由だろ」


「同じ理由って、つまり勇者に一杯食わせようと?」


「裸の、勇者!」


 少女は三人の視線に耐えきれなくなったのか、ため息をついて白状する。


「ええ、まあ。勇者に先んじて魔人を倒せば、もしかしたらヌート姉様に認められると思ったんです」


 だから強引に魔人探しをしていたのか。モモ様やリトッチの思いを知らず、自分の浅はかさが恥ずかしくなってきた。


 モモ様が寒さで震えていたので、そっと毛布をかぶせて手を握る。


「今度からは相談してください。一緒に女神ヌートに認められる方法を考えましょう」


「ええ、そうします。寒いので今日は傍にいてください」


 スピカも女神様の隣に座り、肌を密着させ「これで暖かいね」と励ます。僕は焚火の向かい側に座るリトッチを手招きした。


「アタシはいいよ、見張りしてるぜ」


「そう言わずに」


「しょうがねえなあ」


 彼女はぼやきながら、でも嬉しそうに僕の隣に座った。


 その日は四人で毛布に包まり、仲良く一晩を過ごした。



◆◇◆◇◆◇



 次の日も、その次の日も僕らは暗黒の谷を降り続けた。


 途中で巨大蜘蛛や巨大ミミズの群れに出くわしたのだが、その度にスピカは大喜びしてそれらに喰らいついた。彼女は人間にしか見えないから、モンスターもまさか竜に喧嘩を売ったとは思っていなかっただろう。ご愁傷様である。


 そして遂に僕らは「底」へ辿り着いた。


 《聖なる光(ホーリーライト)》で周囲を照らすと、無数の骨の残骸が散らばっている事がわかる。谷底は骨の廃棄場と化していた。


「それでスピカ、ここから何処へ行けばよいのですか?」


「……」


「スピカ?」


 彼女は口を半開きにした状態で僕を見て、元気いっぱいに答えた。


「迷った!」


「迷った!?」


 スピカ曰く、この谷底から「家」に繋がるトンネルがあるそうだ。しかし穴は無数にあり、どれが繋がっているのか覚えていないとのこと。


「真下に穴を掘ればいいんじゃね?」


「それはお父さんが駄目って言ってた。暴虐竜アウトレイジの巣穴があるんだって」


「名前からして危険そうな場所ですね。穴掘りは無しで」


「仕方ねえな、アタシが何とかするか。あっち向け」


「どうしてですか?」


「脱ぐんだよ」


「……急に露出狂になったんですか?」


 リトッチが顔を真っ赤にして「早くしろ変態勇者!」と叫んだので慌てて後ろを向くと、ガサゴソと衣擦れの音が聞こえた。


「……リトッチ?」


「しっ。洞窟の風を感知しているから動くなよ」


 どうやら《風詠み》を使ってトンネルの空気の流れを読んでいるらしい。


 リトッチに背を向けて待っていると、目の前にぼんやりと輝く石があることに気づく。


「モモ様、あれはなんでしょうか」


「何かの魔石ですね。色んな所にありますよ」


 段々と目が慣れてきてようやく気づいた。この谷底には骨の残骸だけじゃなく、大量の魔石が岩に含まれているようだ。ほんの微かにだが点滅もしている。


「明かりを消してみてください」


 《聖なる光(ホーリーライト)》を解除すると、その魔石がぼんやりと光りだした。まるで蛍の大群が現れたような景色が広がる。


 魔石がキラキラと輝く様子は、地上に現れた星々のようである。モモ様とスピカも目を輝かせて感嘆の声をあげていた。


「リトッチ見てください。凄く奇麗ですよ!」


 思わず振り返ると、そこには目を瞑って大の字に立つ素っ裸のリトッチがいた。


 彼女が目を空ける前に背を向けられたのは幸運だ。


「何か言ったか?」


「あ、いえ。なんでも無いです」


 服を着たリトッチは得意気に指を鳴らし、トンネルのひとつを指さす。


「多分アレが正解だぜ。他のトンネルと違って空気が淀んでいない」


 どうやら気づいてないみたいで安堵する。まさか全裸になっていたとは思わなかった。


「リトッチが露出の多い服を着ているのは、風の流れを肌で感じるためだったんですね」


「他に理由があるのか?」


「動きやすそうだなあとは思ってましたけど」


「……まさかマタタビ君、女装に飽き足らず露出狂にまで目覚めたのですか?」


「女装にも目覚めてないよ!?」


「ジョソウってなに?」


「スピカは知らなくていい言葉です」


 そんなこんなで、僕らはリトッチの言葉を信じて先を進むことにした。


 歩いている途中、リトッチが僕に囁く。


「アタシの裸、見ただろ」


「!? あ、いえ、その」


 弁明しようと慌てて彼女に振り向くと、リトッチが意外そうな顔で僕を見つめていた。その頬がだんだん赤くなっていく。


「……マジで見てたのかよ」


「……ごめん」


 またもや彼女の振りに引っ掛かってしまった。そして話を振ったリトッチも思考が飛んだらしく、もじもじしながら髪を弄っている。


「こ、今度何かのお詫びします」


「そ、そうだな。じゃあいつかお前の裸でも……」


「えっ?」


「えっ?」


 目的地は近い。

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