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71. 魔術士、巻き上げる

 天井からぶら下がった豪華なシャンデリアが、船の揺れに合わせて音を立てている。


 アタシは手元のカードをチラリと確認し、正面に座る大鬼族オーガの男を挑発した。


「悪いことは言わないぜ、降りるなら今の内だ。アタシには女神がついてる」


「ふん、どうせハッタリだ。テメエの癖は掴んだ……ここで勝負だ!」


 男がテーブルに5枚のカードを並べた。同じ数字のカードが3枚揃っている。


 アタシはカジノルームでポーカーに興じていた。対戦相手は冒険者や騎士団の連中だ。ディーラーが目を光らせているのでイカサマは出来ない卓だが、アタシとしてはこっちの方が気が楽だぜ。


 女ディーラーに促されたので自分の手札を公開する。


「女神カードを含むフォーカード……だと!?」


「だから言っただろ?」


 ディーラーが魔術を発動すると、悔しがる男のチップがするすると動きだしアタシの手元へ移動した。


 惑星ドラゴネストへ突入したのか、船の揺れがより激しくなる。そして脳内に《念話テレパス》による女の声が響いた。どうやら船内の全員に届いているようだ。


『皆の者、お疲れ様です。当船は現在、惑星アトランテの高度三万メートルを航行中です。より安全な航路を進むため、惑星ドラゴネストへの到着は半日後を予定しています。それでは、引き続き快適な空の旅をお楽しみください』


 声の主はアシュリア・カットラス、この調査団のリーダーらしい。凛々しい口調のアナウンスが終了すると、大鬼族オーガの男が愚痴を呟きながら鼻で笑った。


「けっ。快適な空の旅をだとよ、冗談じゃねえ。お姫様は全く呑気なもんだぜ」


 長耳族エルフのディーラーが冷たい視線を送ってくる。


「嵐も一層激しくなります。船酔いを感じる場合はお早めに医務室へどうぞ」


「うるせえ、黙ってカードを配れよ」


 やれやれ……この男は全くわかってないな。その女の気分を害したら良いカードを配ってくれないぞ。


 このカジノルームは客を気持ちよくさせるための部屋だ。わざわざディーラーがいるのは、カードを操作して勝敗を調整し全員をそこそこ満足させるからである。


「ここにいたかギュウイチ、何をやってるんだ?」


 さわやかな男の声がしたので振り返ると、そこには勇者カタルがいた。アタシに目を合わせると笑顔を見せ、キラリと歯を光らせる。


「やあ初めまして、俺は勇者カタル。君の名前は?」


「アタシの名前を知りたきゃ、空いた席に座りな」


「ならお言葉に甘えて」


 勇者が腰を下ろすと新しいカードが配られていく。青年はアタシに興味津々なのか、露骨に何度も視線を送ってきた。


「どうした、アタシに惚れたか?」


「ま、まさか。いやちょっと気になって。君もしかして、ニセ勇者の仲間……」


「レイズ」


 勇者の言葉を遮って宣言し、ニヤリと挑発する。


「おいおい、ニセ勇者一行がこんな場所にいるわけないだろ。それにアタシの事がもっと知りたいなら、まずはカッコいいところを見せてみな」


「……面白い。ならそうさせてもらうよ」


 さて。こっからが本番だな。


 覚悟しろ勇者様。



◆◇◆◇◆◇



 僕はベッドの上にスピカを寝かせる。彼女はシーツを握り締め、ガタガタと震えながら丸まっていた。


 アルビオン号が嵐に突入すると彼女の体調が急激に悪化したのだ。ゴリマーに頼んで部屋を貸してもらい、こうして休んでいる。


「……大丈夫?」


 そっとスピカの手を握ると、少女が青白い唇で呟いた。


「怖いよ、マタタビ」


「ずっと傍にいるからね」


 彼女の様子から察するに、この大嵐に飲み込まれた記憶が蘇ったのだろう。スピカを惑星アトランテに吹っ飛ばした原因に違いない。


 もうモモ様とリトッチを探すどころではなくなってしまった。むしろ彼女らがこっちに来て欲しいくらいだ。


 ということでモモ様に必死に祈りを捧げる。女神様はすぐに応えてくれた。


『マタタビ君、どうかしましたか』


『た、助けてマタタビ……』


「ココ君どうしたの!?」


 《念話テレパス》にココが混ざって来たので驚く。彼は息も絶え絶えというような声色だ。


『ココ君なら心配いりません。一緒に一部屋ずつ回って魔人を探しているのです』


『手当たり次第とかやめなよ本当さあ……』


「こっちはスピカが寝込んでいます」


『――すぐに行きます。さあ人の子よ、あと二部屋ですよ」


『すぐに行くって言ったよね?』

「すぐに行くって言ったよね?」


 僕とココの声がハモった。


 そして数分後、女神モモとげっそりしたココが部屋に入ってくる。


「スピカは大丈夫ですか?」


「いやココ君の方こそ大丈夫?」


「は、はげそう……」


 女神モモがスピカの傍に腰を降ろし、頭を撫でながら子守歌を歌い始める。すると少女の震えが止まり、その表情には笑みが浮かび始めた。


「モモ、あったかい」


「もう怖がることはありませんよ」


「うん」


 スピカはモモ様に任せて、僕は可哀想なココを慰めておこう。


「ごめんねココ君、モモ様の面倒を見てもらって」


「キミに同情するよ。毎日アレに振り回されているんだろ?」


「ちなみにどんな迷惑をかけたんですか?」


「魔人を探すと言って意気込んだくせに、人見知りだからがボクがおんぶして連れ回す羽目になったんだぞ。桃臭いし、キミの自慢話を始めるし、調子に乗って女神モモ教の教義を語り出すし……」


「なんだいつものことですね」


「大分毒されてるな、重症だよ」


「本当にごめんなさい」


 彼に頭を下げると、機嫌がよくなったのかいつもの得意げな顔に戻る。そしてなぜかもじもじと身をよじり、僕の隣にぴったりと張り付いて囁いた。


「本当に申し訳ないと思っているんなら、何でも言う事を一つ聞くくらいの謝罪を……」


「わかった。何でも言う事を聞くよ」


「えっ」


「えっ」


 なんで言い出しっぺのココが「予想外だ」って顔をしているんだろう。


「本当にいいのかい? 何でもだよ?」


「別にココ君にならいいかなって」


 男友達の頼みなんて「飯奢れ」とかそんなもんだろう。ココはまともなので、モモ様やリトッチと違ってふざけた要求はしてこないはずだ。


「ふ、ふん! キミが後悔するような凄い要求を考えておくからな!」


 あ、今から考えるんだね。



◆◇◆◇◆◇



 数刻後、激しい船体の揺れが段々と収まってきた。


 丸窓から外を眺めると、先程までひっきりなしに船を襲っていた嵐と稲妻が心なしか和らいでいた。船体に張られた魔導防壁のおかげでバラバラにならず、無事惑星ドラゴネストに到着したようである。


「なんだ、スピカが寝込んだって?」


 ようやく戻ってきたリトッチに抗議の視線を送る。リーダーとして仲間の暴走には喝を入れなければならない。僕は怖い顔をして彼女を糾弾した。


「僕に何か言いたい事はありますか?」


「お前怒ってるのか?」


「もちろんです。もし勇者に見つかったら仲間全員に危険が……」


「出会ったぞ」


「出会ったの!?」


「仕返しに色々巻き上げておいた。ほれ、手土産だ」


 リトッチが奇妙な形の剣を僕に渡す。それは重量があり、剣身に電子回路のような溝が刻まれていた。


「これってまさか……」


「勇者様の持ってた神器だ」


「もしかして最初からこれを狙ってたんですか?」


「まーあれだ。これで一杯食わせてやっただろ。仲間を傷つけられて黙ってるほど、アタシは我慢強くないからな」


 彼女が気恥ずかしそうに目をそらして頭を掻いた。僕のために無茶をしていたのだと知って胸がぎゅっとする。


「リトッチ、大好きです!」


 思わず彼女に抱きつくと、リトッチは「ひゃっ」と似合わない悲鳴をあげて固まった。可愛い。


「乳繰り合っているところ悪いけど、嵐を抜けるよ」


 ココが僕らに外を見るよう促したので、スピカを起こして四人で丸窓を覗き込む。


 そこには、荒廃した大地と。


 ぽっかりと空いた暗黒の裂け目が接触地帯コンタクトベルトに広がっていた。


 竜族ドラゴンの姿は、どこにもなかった。

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