70. ニセ勇者と竜人、息を飲む
時をさかのぼること30分前。
僕は船倉から飛び出そうとする三人に睨みをきかせていた。
「いいですか、この船には勇者カタルが乗っているんです。見つかったら逃げ場はないんですよ」
「で、でも魔人がいます……」
「魔人よりも安全第一です」
「探検……」
「駄目だよスピカ」
「金を稼ぐチャンスが……」
「リトッチが一番不純!」
口を酸っぱくして注意すると彼女らはしゅんと項垂れた。納得してくれたようだが油断は禁物だ。
しっかりと三人を監視していると、不意に小鬼族のクンミに袖を引っ張られる。
「もし、旦那様」
「ん、どうかしたの?」
「ぜひ旦那様に会わせたい者達がおりやして」
いったい誰だろう。言われるがままに連れられると、船倉の一角で数名の小鬼族が座り込んでいた。
クンミは樽の上に登り、すぅっと息を吸って大声を上げる。
「同志諸君、革命の時間だー!」
「「うおおおー!」」
「革命!?」
えっなに革命を起こすの? 今から?
へこへこしていた態度から一変、クンミは胸を張り自信満々に演説を始める。
「同志諸君、このお方が我らの錦の御旗、マタタビ様だ!」
「僕が錦の御旗!?」
まって話についていけない。絶対に何か誤解しているよね。
困惑する僕の下に小鬼族の一人が恐る恐るやってきて頭を下げた。
「わ、儂はコリンダーと申します」
「あ、どうも。マタタビです。よろしくお願いします」
思わず返事をすると彼がぶわっと涙を流す。
「ほ、本物だ……本物の革命戦士だっ!」
「だからなんでっ!?」
まずい、僕は彼らに対して間違った対応をしているのかもしれない。
「私達の希望の星、マタタビ様万歳!」
「「万歳! 万歳!」」
彼らが一斉に両手をあげて僕を祝福している。まるでジャンヌダルクのように担ぎ上げられた気分だ。
「あ、あのクンミ? なにか勘違いしてると思うけど、僕は革命の戦士なんかじゃないよ」
「奴隷を人として扱う貴方様こそ、私達が待ち望んだ革命の戦士でありやす。おいお前達、もっとマタタビ様を称えろ!」
彼らの口ぶりから察するに、奴隷である小鬼族とまともに会話したのが誤解のきっかけらしい。
かといって今から無下にするのも気分が悪いし……困ったので、適当な言い訳でこの場を脱することにした。
「えっと、奴隷を人として扱うのはあれです。女神モモ教の教えなんです、多分」
「女神モモ教……!? そ、それは一体なんでございやすか」
わらわらと奴隷達が僕を囲み目を輝かせる。とにかく僕から興味の対象をずらそう。
「いいですか。女神モモ教は運命に抗えない人々の手を取り、共に道を切り開くための教義です。オールフォーワン、ワンフォーオールです」
モモ様の教義を聞いて、クンミ達が目に涙を溜めて歓声をあげている。彼らは思考が単純なのか、あっという間に僕への関心は失せて女神モモ教を称賛し始めた。
「なんて素晴らしい教義だ……まさに革命の女神!」
これはこれで、モモ様が変に祭り上げられてしまったようだ。……まいっか!
「じゃ、じゃあ僕はこの辺で」
次々と祈りを捧げ始める彼らを尻目に、そそくさとその場を立ち去る。
そして元いた場所には、モモ様、リトッチ、スピカの誰もいなかった。
「……ちくしょう!」
だから僕の忠告聞けよ!
◆◇◆◇◆◇
そして現在。
おてんば三人娘を連れ戻すため、船倉から上階にあがって慎重に廊下を歩く。幸いにもすれ違ったのは見知らぬ冒険者ばかりだった。
勇者カタルに見つかりませんようにと、天に祈る気持ちで三人を探す。天と言えば神、神と言えば女神、女神といえば……この状況はモモ様のせいじゃないか!
まったくもって現実逃避したい気分である。
ふと丸窓から外を覗くと、船は既に出航して空を飛んでいた。遥か下に見える海上にポツンと浮き港がある。これから接触地帯に向かい、惑星ドラゴネストへ渡るのだろう。
「ウホ、見慣れない顔だね」
声を掛けられて思わずびくりとする。ゆっくり振り返ると、そこにはゴリラがいた。
「ウホ? 私の顔になにか?」
「……い、いえ」
たとえば蜥蜴族や大鬼族は地球では馴染みのない種族だ。だからすんなり「こういうものなんだな」と受け入れられたのだが、目の前の彼はどう見てもゴリラだったので逆に戸惑う。彼も僕に興味を持ったのか、ホッホッホッと息を荒げていた。
「初めまして。ゴリマー・ウェロゴリラだよ」
大きな手を差し出してきたので、おっかなびっくり握手。
「ど、どうも。マタタビです」
しまった、偽名とか全然考えていなかった。これでマタタビがお尋ね者だと知られていたらアウトだ。
「よろしく、マタタビ」
幸いにも彼は知らなかったようで、心の中で安堵。ゴリラの手は温かく、力強くも優しい皺の感触が彼の性格をなんとなく思わせる。
「ゴリマーさん、実は仲間を探しているのですが……」
三人の特徴を教え心当たりがないか聞いてみると、彼はニッと笑みを見せた。
「ウホッ。スピカという娘ならいたよ。甲板に向かったね」
「本当ですか? ありがとうございます」
まずは一人目を発見だ。お礼を述べて走り出すが、ある問題に気づいたのですぐに引き返した。
「ウホッ?」
「……すみませんゴリマーさん。甲板に登る階段の場所、教えてもらえますか?」
◆◇◆◇◆◇
ゴリマーと一緒に甲板に上がる。空は一部の隙も無く厚い雲に覆われており、どんよりとした嫌な感触が心にのしかかってくる。
「もう星同士の接触が始まっているんですか?」
「いいや、これからだよ。緊張するね」
どうやらスピカの辞書に憂鬱という言葉は載っていないようだ。彼女は楽しそうに甲板を走り回っていた。長耳族の騎士や小鬼族の水夫に白い目で見られている。
「こらスピカッ! 勝手に外に出ちゃ駄目だよ!」
僕に気づいた少女は、プーッと頬を膨らませて抗議の視線を投げかけた。
「マタタビも、外出てる」
「それはスピカのせいだよね?」
彼女を叱ろうと口を開けると、ゴリマーが待ったをかける。僕らの肩に手を置き優しい声色で注意した。
「喧嘩は駄目だよ。二人とも仲良くね」
僕もスピカも、彼の一言であっという間にトーンダウンした。ゴリマーの母性が凄い。優しいゴリラは良いゴリラだった。更に彼は僕らに提案する。
「二人とも星を渡る瞬間、見たいか? 後部デッキに案内するよ」
「本当? やったー!」
スピカは高いところに登れると知って大はしゃぎだ。そして僕もなんやかんやで興味があったので「ありがとうございます」と頭を下げる。
この時点でモモ様とリトッチをほったらかしにしているのだが、それはそれだ。
ゴリマーに案内され僕らは後部デッキに足を踏み入れた。
彼が船長に挨拶しつつ「そろそろだよ」と告げる。船長が物々しく頷き、声を張り上げて部下に命令を下す。
「これより雲を抜ける。高度あげー!」
操舵士が復唱し、レバーを引くと船がゆっくりと上昇を始めた。
「魔導防壁、展開!」
船長の合図と共に魔導帆船に魔力のシールドが張られる。このシールドは物理・魔術の両方から船を守ってくれるらしい。
アルビオン号は雲の中をゆっくりと航行し、やがて高度一万メートルまで上昇したところで雨雲を抜けた。
――頭上では嵐の光景が一面に広がっている。惑星ドラゴネストだ。
星全体が黒い嵐に覆われており、稲妻がこの距離からでもよく見えた。ゴロゴロという音が今にも聞こえてきそうだ。
「もうすぐ接触するよ」
ゴリマーの緊張した声を聞いて皆が唾を飲み込む。僕も手に汗を感じた。いよいよ、惑星ドラゴネストとの星の口づけが始まるのだ。
惑星ドラゴネストが近づくにつれ、星を覆う嵐から次々と竜巻が宇宙へと伸び、こちら側へ押し寄せてくる。それもひとつやふたつではない、何十もの竜巻の触手だ。
ドラゴネストがアトランテを飲み込もうとしているのだろうか。死の口づけと言い換えても過言ではない、余りにも想像を超える恐ろしい景色だった。
「ほ、本当にあの嵐に突入するんですね」
僕の呟きに答える者はいない。スピカでさえも笑顔が消えて沈黙している。みな絶句し不安を隠せずにいた。
恐らく、誰も体験した事のない危険な空の旅が始まったのだ。




