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69. ニセ勇者と魔王、添い寝する

 深夜。


 欲王ココペリは寝たフリを止めて、ゆっくりと目を開けた。無防備な横顔を見せるマタタビが視界に入る。


 二人は同じベッドに横たわっていた。彼は勇者カタルとの死闘で疲労困憊だったのか、寝床に就くと瞬く間に眠ってしまったのだ。


 呆れるほどに上手く事が進みココペリはほくそ笑む。


 どうだ勇者(仮)マタタビ、キミの命はボクが握ったぞ。


 彼を起こさないようににじり寄る。だんだんと近づくにつれ動悸が激しくなり、気づかぬ内に頬が紅潮した。


 お互いの吐息が混じり合うほどの距離で魔王は唾を飲み込む。


 しかしマタタビの唇を奪おうとした瞬間、彼が寝返りを打って背中を向けた。


 ココペリはまるで拒否されたような感覚に陥り我に返る。


「……ボクは何をやっているんだ」


 こいつを辱めて殺すのが目的のはずだ。なのに今の自分はどうだ? まるで恋する乙女のようじゃないか。


 ココペリは魔人になって400年の間、大勢の人間を観察して理解した。人は醜い生き物で、欲望のために他人を平気で虐め、貶め、辱める。そんな連中が口にする恋だの愛だのという言葉のなんと薄っぺらいことか。


 彼女は恋愛感情を持ったことがない。だからこそ、人間共を奈落に突き落とし魔王まで登り詰めたのだとずっと思っていた。


 しかし勇者(仮)マタタビに出会って以降、新たに芽生えた感情に振り回されてばかりである。まるで「失った何か」が戻ってきたような不思議な感覚だ。


 魔王が自分の感情を分析していると、マタタビが再び寝返りを打った。その拍子に彼の腕がココペリに巻き付く。


「~~っ!」


 声にならない叫びをあげ、ココペリの思考は遠い彼方へ放り投げられた。それだけではない、マタタビは抱き枕を見つけたかのように彼女の全身に抱きついたのだ。


「~~っ! ~~っ!」


 彼のにおい、彼の体温、彼の呼吸。その全てを共有し、ココペリは激しい感情の波に呑まれ……。



◆◇◆◇◆◇



 早朝、目を覚ますと体が軽く感じた。久しぶりにぐっすり寝たので疲れがとれたらしい。


 ココは既に起きたのか姿を消していた。


 廊下で待機していたドゥメナと鉢合わせる。彼女にココの行方を聞くと「一足先に魔導帆船へ向かいました」と返事が返ってきた。


「ココ君は熱心ですね。密航計画も彼がいなければ成り立ちませんし、本当に助かります」


「いえ、こちらこそありがとうございます」


 何故か二人で頭を下げ合う。僕は感謝されるようなことをしたっけな……? 思い当たる節を探していると、従者がハンカチで僕の頬を拭いた。


「失礼しました。涎がついていましたので」


「ああ、どうも」


 隣の部屋で皆と合流し、昨日打ち合わせた密航計画を確認する。そして僕は聖剣を鞘から引き抜いた。


「――《大神実オオカムヅミ》!」


 さあ、潜入開始だ。




 浮き港は接触地帯コンタクトベルトから離れるために北上している。魔導帆船アルビオン号は出航目前のようで、停泊所では王国騎士が奴隷に積み荷を運ぶよう命令している。


「聞いたか? 『ブレイブナイト』の噂」


「いいや、彼らに何かあったのか?」


「なんでもパーティーのうち二人が下船して浮き港に留まるらしい。昨日現れたニセ勇者の探索を優先するんだとか」


「おいおい嘘だろ。勇者様がいなきゃ、今回の調査が上手くいくかどうか……」


「勇者カタルは船に残るから安心しろ」


「そりゃ良かった」


 残念、もし勇者が船を降りていたら大分楽だったのに。


 でも潜入早々に良い流れになった。追跡者が少ないに越した事は無いのだから。


 王国騎士の足音が近づいてくる。彼らは立ち止まり、ココとドゥメナに声を掛けた。


「お待ちしておりました。『二つ星』のS級冒険者の参加を歓迎いたします。丁度部屋がひとつ空きましたので、すぐにご案内できます」


「よろしくお願いします。……ココ様?」


「…………ん」


 ココの声色が完全に上の空という感じだったので、従者が咳払いしつつ話を続ける。


「それとこちらの樽は皆様への贈呈品でございます。どうぞお納めください」


 樽の蓋が空いたのか、頭上から微かな光が差し込んだ。


「こ、これは桃ですか。しかも樽4つ分とは……この惑星でよく手に入りましたね」


「お気に召せば良いのですが」


「アシュリア王女も喜ばれるでしょう。おい奴隷共、この荷物を運び込め!」


「へ、へい」


 樽が持ち上がり、えっほえっほと船員の掛け声が響く。そう、僕らは桃に紛れて樽の中に隠れているのだ。まずは第一段階クリアである。


 船倉に運び込まれた僕らに船員の一人が囁いてくる。


「到着しましたぜ、旦那」


 その声を聞いて樽から顔を出す。他の樽からも次々と仲間が飛び出した。目の前には顔を包帯で覆った小鬼族ゴブリンがいる。


「君がココ君の言っていた……」


「クンミでございます、旦那」


 彼はへこへこと頭を下げているが、僕は主人でもないのでしゃがみこんで握手した。


「お手伝いありがとうございます。ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします」


 感謝の言葉を述べると、突然クンミが泣き出した。包帯の隙間からぽろぽろ涙が零れ落ちていく。


「か……」


「か?」


「革命の戦士……っ!」


「なんでっ!?」


 どこから革命要素が出たんだよ。


「し、失礼しやした」


 彼がそそくさと立ち去る。リトッチとスピカが背伸びをして体をほぐしているの尻目に、モモ様が険しい表情で近寄ってきた。


「ちょっといいですかマタタビ君」


「どうかしましたか? 言ってっておきますがこの桃は食べちゃ駄目ですよ」


「私だって分別はついています。10個しか食べません」


「食べちゃ駄目って言ったよね!?」


 そんなことより、とモモ様は僕の発言をスルーして思いがけない言葉を口にする。


「この船に魔人が一人乗っています」


 うげえ。どうやら問題の種が増えてしまったようだ。


「モモ様、確かに魔人は脅威ですが今はスピカの事を最優先に……」


「魔人を探しますよ、マタタビ君。さあ調査開始です」


「スピカ、探検好き!」


「おい聞いたかマタタビ、この船にカジノルームがあるらしいぜ」


 おいこら! 潜入どこいったの!?



◆◇◆◇◆◇



 案内された個室で、ココは何をするでもなくボーッと座っていた。ドゥメナは彼女の隣に腰を降ろして尋ねる。


「大丈夫ですかココペリ様。昨夜、仕込みはうまく行ったのですか?」


「仕込み?」


 目を真ん丸にして見上げる主人は、さながら間抜け顔をした子犬である。


「二人きりになった隙に呪いを掛けるという計画でした」


「そうだっけ?」


「……彼の頬にキスマークがついていましたが」


「ば、馬鹿。あれはその、偶然その……えへへ」


 ココペリはファンクラブの魔人が見たら卒倒するほどの照れ顔を見せた。


 やはりというべきか、我が魔王は当初の目的などすっかり忘れてしまったようだ。勇者(仮)に着せられた汚名を返上するはずが、逆に汚名を増し続けている気がする。


 もっとも、彼女にとってそれらは方便だったのだろう。単純にマタタビに接近したかっただけで、その実は後の事など考えていないのだ。


 確かに思うところもあるが、ドゥメナはその命を欲王ココペリに捧げることに変わりはない。心配なのは他の従者が叛逆する可能性だが……。


 ドゥメナの懸念などまるで気づかない様子で、ココペリが無理やり話題を変える。


「マ、マタタビの事なんてどうでもいいじゃないか。それより船内の魔人には警告したのか?」


「はい。魔人を感知できる冒険者が乗船したことを告げ、《拘束指輪リミットリング》を渡しました」


 その冒険者とはもちろん女神モモだ。ココペリはアルビオン号に潜む二人の魔人をしっかりとサポートしていた。魔王が他の魔人に気を配ることは珍しく、彼女のファンが多い理由でもある。


「魔人がいるとわかれば、あの女神は必ず問題を起こすからね。双方に大人しくしてもらえば、トラブルなく星を渡れるだろうさ」


「そう願うばかりです」


「ただでさえ危険な調査だ。こんな時に騒ぎを起こすほど馬鹿な連中じゃない」


 突如、ドアが開いて女神モモが飛び込んでくる。


「ココ君、この船に異教徒たる魔人の子がいます。さっそく見つけてしばきますよ!」


「この馬鹿ァ!」


 ココペリの努力が水の泡になった瞬間であった。

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