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65. ニセ勇者と竜人、追いかける

 冒険者パーティー「ブレイブナイト」の一人アリーリ・エレクトは、塔の屋上から眼下を眺めていた。


「本当にニセ勇者一行が来るのかねえ」


 暇そうに欠伸をしつつ、設営した()の中で背伸びをする。


 彼女は最も景色が良い塔の屋上を借り、鍋や寝間着にテントまで持ち込んで仮住まいをしているのだ。ここで浮き港に接岸する船を監視しているのだが、ニセ勇者が現れる気配はない。


「カタルは今頃、船で美味い食事にありついているんだろうねえ。羨ましいよ」


 焚火で温めていた鍋からスープすくい一人寂しく飲む。しかし彼女にとって、この巣は船よりも遥かに居心地が良い。


 アリーリはカットラス王国の長耳族エルフを極力避けていた。同族であるにも関わらずだ。


 この世界の長耳族エルフにとって血筋は重要な意味を持つ。アリーリは北東星域出身であり、ここ南東星域の長耳族エルフの血筋ではない。だから接触を避けているのである。


「しかし、本当に惑星ドラゴネストへ渡るのかねえ……アタイは嫌だなあ」


 灰色の空を眺めてぽつりと呟く。まだ接触していないというのに天気は荒れ模様だ。心配しないわけがない。


 憂鬱な気分で監視を続けていると、新たに一隻の舟巻貝シャンクが接岸した。じっと観察し冒険者のリーダーと思わしき少年を注視する。


「――聞いていた特徴と似てるねえ」


 アリーリは先見の型(ウォルデン・フォーム)で少年を分析し、彼の魔力量や鍛えられた肉体が常人と比較にならない強さだと見抜く。


 ()()()()()()()。アリーリは直観で判断し、どう行動すべきか思考する。


 少年らの歩みには迷いが無く、何かを調達したらすぐに出航する可能性が高い。アリーリが仲間に連絡する間に逃げられたら困る。


「よし、アタイが仕留めるかね」


 カタルはニセ勇者との一騎打ちを望んでいたが、アリーリとヴェノンは()()()()()()()()という意見で一致していた。


 当初、彼らはイワト王国に「ニセ勇者の指名手配」を依頼した。しかし王国はその申し出をのらりくらりとかわし、ニセ勇者の討伐に難色を示したのだ。


 仮に大見えを切って堂々と殺害すれば、イワト王国は更に非協力的になる、というのが二人の結論だった。


 このような例は珍しいことではない。アリーリはお偉方の顔を立てて何度も裏で手を汚してきた。全ては各国と友好的な関係を築き、カタルに万全のサポートをさせるためだ。


 ニセ勇者の死は真の勇者と無関係。その結末が最も波風を立てないだろう。


 彼女は矢筒を担ぎ、弓を持って移動を開始した。



◆◇◆◇◆◇ 



「ななな、何でこんなに冒険者がいるのですか」


 モモ様が震えながらスピカに抱きついている。さっきは自信満々に「スピカを護衛します」と言ったばかりなのに……。


「やっぱりモモ様はお留守番ですね」


「で、でもスピカの面倒は」


「僕が見ます。魔石に避難が出来ない女神様は舟巻貝シャンクで待機してください」


 少女は怒ったように頬を膨らませたが、今回ばかりは大人しく従った。実際、魔石が無いと人混みすら歩けないのだから仕方がない。


 雲に覆われた空の下で、僕らはフードを被りつつ通りを歩く。


 前回立ち寄った時の何倍もの冒険者とすれ違う。何か大きなクエストがあるのだろうか?


「僕とスピカで服を買ってきます。リトッチは食料を」


「わかった。気を抜くなよ」


 一旦リトッチと別れ、以前お世話になった冒険者のお店へ入店する。


「いらっしゃいませマタタビ様。おや、本日は別の女性と一緒ですか」


「えっと、彼女はその、たまたま拾った子です」


「すごい、色んな物置いてる!」


 スピカは目をキラキラさせて武器や防具に触れている。蛙人族フロッグマンの女店主はヒソヒソと僕に忠告した。


「あまり女性をとっかえひっかえしますと、いつか刺されますよ」


「彼女とはそんなんじゃありません。それに二人とも了承してますから」


「いえいえ、刺すのは私ですよ」


「なんで!?」


 ゲコゲコと笑う女店主の背後をふと見ると、スピカが涎を垂らしつつ近づいていた。慌ててポケットから果物を取り出して彼女の口に投げ込む。


 少女はもぐもぐと果物を食べると、女店主に興味を無くしたようにげっぷをした。モモ様は兎も角、他の人に噛みついたら不味かったのでほっと一息。


「彼女の服を三着ほど購入したいです」


「どのような衣装をご希望ですか」


 スピカは《竜化》で体格がよく変わる上、完全に竜に変身すれば服がバラバラに破けてしまう……となれば。


「そうですね、動きやすいワンピースをお願いします。サイズは一回り大きく値段は安めで」


 店主が見繕っている間、スピカは店内を歩き回って「おおー」とか「わー」とか声を上げて様々な物品に触っていたが、壁に掛かっている絵を見ると動きをとめる。


 それは星空を描いた油絵だった。


「すごく、きれい」


「ゲコゲコ。そちらは旅人の画家から購入したものです。美しい星空でしょう」


「これが、星空……」


「スピカは見た事ないの?」


 少女は首を横に振る。


「お父さん、言ってた。天井に、ぴかぴかする点がある。スピカも本物の星空、見たい」


「今日は曇りだから無理だけど、晴れたら見られるよ」


「ほんとう? やったあ!」


 スピカが嬉しそうに飛び跳ねていると、女店主が青色のワンピースを持ってきた。


「お客様の髪の色に近い服です。きっとお似合いですよ」


 少女はされるがままにワンピースを着ると、鏡の前で不思議そうに首を傾けた。自分がまるで別人に見えるらしい。


「可愛いですよ」


「可愛い?」


「モモ様みたいってことです」


「……えへへ」


 照れたように微笑むスピカを見て、僕も女店主もほっこりとするのであった。



◆◇◆◇◆◇ 



 予備の服もまとめて購入した後、二人で店を出る。スピカはとても上機嫌だ。


 その瞬間。


 僕は心臓に向かって放たれた矢を素手で受け止めた。


「……っ!」


 念のため反射の型(ルフ・フォーム)を発動していて助かった。ほとんど殺気すら感じない不意の一撃だ。


「それ、なに?」


「スピカ伏せて! 悪い人の攻撃だ!」


 矢を放った人物を探すと、塔の屋上に弓を構えている人影が見えた。再び放たれる矢を聖剣で斬り払う。


 スピカに「逃げて」と叫ぼうとして気づいた。なんと彼女は刺客のいる方向へ走り出していたのだ。


「悪い人、許さない!」


 襲撃犯が屋上から別の塔に跳躍する。奴を見失えばモモ様やリトッチにも危険が及ぶだろう。何者かは知らないが仕留めなければ。


 僕もスピカの後を追う。彼女なら壁を登れるはず……と安直に考えた僕が馬鹿だった。


 スピカは壁に激突して穴を開けたのだ。


「待てー!」


「いやスピカが待って!?」


 慌てて穴を覗き込むと、部屋を突っ切って反対側の壁に激突するスピカが見える。文字通りに真っ直ぐ襲撃犯を追っているのだ。


 塔の中にはもちろん住人がいる。あっけにとられた彼らの視線が凄く痛い。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 僕は謝りつつ、せめてものお詫びにと《大神実オオカムヅミ》で穴を塞いだ。その間にもスピカは部屋の壁に穴を開け続けている。


 やばい、このままだと人型のトンネルが出来てしまうぞ。


 こうして僕は、スピカが壊した穴を必死に修復しながら住人に謝る羽目になった。


 広場に出てようやくスピカに追いつくと、建物の屋上伝いに逃げる刺客の姿がはっきり見えた。長耳族エルフの女だ。


 今度こそ屋上に登ろうとすると、スピカがまたもやとんでもない行動に出る。


 彼女は広場の中央にある二メートルの銅像に駆け寄ると、それを台座から引き抜いてぶん投げた。


 バキバキと音を立てながら抜いたので、当然だが非常に目立つ。通行人は目をぱちくりさせながら歩みを止めていた。まるでフラッシュモブだ。


 人々が息を飲み銅像の行方を目で追った数秒後、「ぎゃっ!」という悲鳴と鈍い音が聞こえ刺客が裏通りに落ちた。


「やったー! どうだ!」


 スピカが人目も気にせず飛び跳ねているが、僕はこの場を取り繕うため咄嗟に台座に《大神実オオカムヅミ》で桃の樹を生やしていた。


 うん、自分でも何をやっているのかわからない。僕自身も混乱しているようだ。


 通行人らの痛い視線を一身に受けつつ裏通りに向かう。壁に突き刺さっている銅像は気にしないでおこう。


「いたたた……」


「もう逃げられませんよ」


 倒れていた刺客は振り向きざまに矢を放つが、スピカが口で矢のシャフト部分を掴まえた。少女は呆然とする刺客の前で矢をかみ砕く。


「お父さん、言ってた。悪い子、お仕置き」


「ちょ、ちょっと待っておくれ」


 スピカはすたすたと刺客に近づきその足を掴む。そして彼女を振り回して壁際の木箱に叩きつけた。木箱は木端微塵、刺客は地面に叩きつけられ「ぐぇっ」と悲鳴をあげる。


 スピカは遠慮というものを知らない。このままだと殺してしまう勢いだ。


「スピカ、もういいよ」


「いいの?」


「一応掴んでて。彼女に聞きたい事があるから」


「うん! スピカ、いつでもお仕置きできる!」


 通行人の目が気になるので手短に済ませよう。仰向けに倒れている刺客を睨み、質問を投げつけた。


「どうして僕の命を狙ったんですか?」


「……お前さんを甘く見ていたよ」


「答えになってません。誰かに命令されたのですか?」


 長耳族エルフの女は返事をしない。どうやって白状させようか考えた時、不意に背筋がぞっとした。


「マタタビ、嵐来る」


 スピカの不安げな声を聞いて「ただ事ではない」と察する。すると刺客が逃げていた方向の遥か先、桟橋辺りで雷が発生した。


 ただし、雷は地上から曇り空に向かって放たれたのだ。


 次の瞬間、僕とスピカは何かに吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。


「なっ……!?」

「あいたっ」


 そしていつの間にか、刺客の傍には男が立っていた。


「すまないアリーリ、遅くなった。言っただろ、俺が一騎打ちでケリをつけるって」


「……あちゃあ、バレちゃったねえ」


 僕はその男に出会ったことがある。


 彼の名は「疾風迅雷のカタル」。


 僕の命を狙う、真の勇者だ。

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