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64. ニセ勇者と女神様、面倒を見る

 舟巻貝シャンクの甲板にごろごろと転がる。蒼火竜そうかりゅうは臭いを嗅ぎながら辺りを見回していた。そして恐怖で固まっているケープグインを見つけ、彼女に喰らいつこうと口を開ける。


「スピカ駄目だ!」


 咄嗟に彼女の首根っこに飛びついた。体勢を崩した竜の牙はケープグインには届かず空を切る。巫女は我に勝って悲鳴をあげ、ようやくその場から逃げ出した。


「大人しくしろ、《捕縛バインド》!」


 リトッチが魔術で生み出した鎖をスピカに巻き付ける。蒼火竜は苦しそうにうめき声をあげた。


「モモ様、干し魚を!」

「わかりました!」


 モモ様が船倉に向かって走り出し、僕は必死にスピカに語り掛ける。


「スピカ、彼女達は駄目! 友達ですよ!」


『とも、だち?』


「友達を食べては行けません!」


『お腹、減った。お腹、減った!』


 スピカは癇癪をおこした子供のように暴れて僕を振り落とした。更にリトッチの《捕縛バインド》を無理やり引きちぎる。


「嘘だろ!?」


「空腹でも我慢するんです、《大神実オオカムヅミ》!」


 床から桃の木を生やし彼女の体に巻き付くよう成長させた。リトッチの指導のおかげで幹の形状を自在に操れるようになったので、こうして対象を拘束することもできるのだ。


 しかしスピカはあっという間に桃の木を破壊した。物理的な障害を全く苦にしないのは厄介である。


「どうやって大人しくさせましょうか。《聖なる波動(ホーリーブラスト)》で気絶させますか?」


「いや、もっと穏便に無力化するぜ。《陽炎眼シマーサイト》!」


 リトッチが箒の穂先で空中に炎の絵画アートを描くと、スピカの眼前に「目玉」を象った魔術式が現れた。それを見た蒼火竜は目を回して昏倒し、舟巻貝シャンクを盛大に揺らす。


「うわっとと。……気を失ったようですね。もしかして新しい魔術ですか?」


「まあな。意外にあっさり掛ったのは運が良かったぜ。魔核に干渉ハッキングされやすい体質なのかもしれん」


 武力行使をせずに解決できてほっと一息。


 そしてスピカが意識を取り戻すと同時に、モモ様がありったけの干し魚を抱えて戻って来る。


「さあ竜の子よ、ご飯ですよ」


 少女が笑顔で倒れているスピカに近づく。動物に餌を与える感覚で接しているのだが、なんだか既視感があるぞ。


「ちょっとモモ様、危ないから近寄っては……」


「大丈夫です、任せてください」


 しかし警告虚しく、蒼火竜が少女の上半身をパクリと飲み込んだ。


「がぶっ」


「あ゛ー!?」


「モモ様-!?」

「モモー!?」


 やっぱりこうなるのかよ!



◆◇◆◇◆◇



 満腹になったスピカは人間形態に戻り、その場でぐうぐう眠り出す。マイペースな彼女に完全に振り回されていた。


 僕はケープグインに頭を下げて謝罪する。


「申し訳ありません。竜人族ドラゴニュートを甘く見ていました」


「……いえ、助けて頂き感謝ですにょろん。ですが、やはりアレを我が国に近づけるのは……。マタタビ様はどうされますにょろん?」


「拾ってしまった手前、彼女を元居た場所へ戻してやりたいです。あの子からもっと聞き出せれば良いのですが」


「この船に乗せ続けるわけにも……」


「ええ。空腹で舟巻貝シャンクを食べてしまう勢いですからね」


 どうしたものかと頭を悩ませつつ、皆で今後の方針を相談することにした。


「こいつを調教して見世物にすれば、大儲けできるんじゃね?」


「却下です」

「それは人道的にちょっと」


「まずは私の信者になるよう、洗脳……教育して伝道師になってもらいましょう」


「無理だろ」

「地味に恐ろしいことを考えますね」


「彼女が寝ている内に、こう、首をぎゅっとしますにょろん」


「ケープグインさんんん!?」

「殺意が高え」


「何はともあれ、サイズの合う服と食糧を買いに浮き港へ行きませんか。その、僕らの服は狭すぎるかなーって」


「流石マタタビ君、その観察眼で胸のサイズを正確に測定しましたね」

「やはり女装癖の勇者は只者ではありませんにょろん」

「……スケベ勇者」


「言い方! 言い方おかしい!!」


 というわけで僕らは浮き港へ行くことに決めた。


 ちなみに魔石の修復はしばらく先になる。やはりというか、モモ様は僕の忠告を無視して魔力を桃の木に供給していたので、修理に必要な魔力が全然足りなかったのだ。


「ていうか何で供給先の桃の木が増えてるんですか?」


「それは、その……乙女の秘密です」


 モモ様の頬をぎゅーっとつねると、彼女はあっさり白状した。


「ひ、ひひゃいですマタタビ君。……セ、センノヒメ王将がこっそり育てているのです」


 むっ。まさか千代御苑ちよぎょえんで生やした桃の木か。てっきり切り倒していたとばかり思っていた。


「魔力が相変わらず(から)なのは問題だが、今回は許してやれ」


 リトッチがモモ様の側に立ったので引き下がるしかない。魔石が使えず困るのはモモ様だし、その内痛い目を見るだろう。


 舟巻貝シャンクが北へ進路を向け、浮き港を目指し泳ぎだした。



◆◇◆◇◆◇



 目的地に着くまで、交代でスピカの面倒を見ることにした。


 彼女は甲板から海を見て大声をあげる。


「湖! おっきい! おっきいよマタタビ!」


「もしかして初めて見ます? これは海ですよ」


「海? 海! すっごいね!」


 スピカが満面の笑みで飛び降りようとしたので、慌ててマントを掴む。彼女は船の端で宙ぶらりんになった。


「こらスピカ、海に飛び込んだら駄目です」


「……どうして?」


「君は泳げるの?」


「泳げる?」


 うん、多分無理だな。


 彼女はぶら下がりながら不貞腐れていたが、トビウオの群れを見つけて笑顔を取り戻す。


「あれ、何?」


「トビウオです。水上を滑空できる魚で……」


「美味しそう」


 やっぱりそれが基準なのね。


 突如、少女が変身し始めた。頭から竜族ドラゴンの角が生え、手足の爪が鋭く尖り、お尻の辺りから尻尾が生えてくる。


「トビウオ、採る」


 彼女は尻尾を振り回し、トビウオを捕まえては口に放り込んでいた。意外と器用だ。もぐもぐと食べながら幸せそうに僕を見上げる。


「トビウオ、美味しい」


「それは良かった。ついでに皆の分も採れる?」


「うん!」


 彼女が尻尾でトビウオを甲板に弾き飛ばす。魚がまるで雨のように舟巻貝シャンクに降り注いだ。


 スピカの面倒を見始めてまだ一日も経っていないが、彼女は素直で純粋な良い子だ。


 しかし同時に、人を信じすぎるきらいがある。無垢すぎて危うい。


 悪い人間に(そそのか)されなきゃいいけど。



 閑話休題。



「いいか? アタシが投げた桃に向かって火を噴くんだぞ」


「うん」


「それっ」


 リトッチが空中に桃を投げると、スピカが口から炎の渦を吐き出した。こんがり焼き上がった桃がリトッチの手に収まる。


「よくやった。次は樽の上に乗りながら尻尾でジャグリングを……」


「そこの悪い人ぉ!」


 面倒を見るはずが調教してるぞこの魔術士!


「第一、魔術が使えるこの世界でそんな芸が流行るんですか?」


「わかってないなマタタビは。魔術じゃないからウケるんだよ」


「リトッチ、舐めたい。舐めたいっ」


「そうだった。ご褒美の時間だな」


 ちょっと目を離した隙に餌付けまでしていたようだ。リトッチが腰のホルダーから虹色の瓶を取り出す。


 で、出た。リトッチ特製のレインボー(ゲテモノ)ジャムだ。彼女の微妙にずれた味覚で生み出されたジャムの甘さは爆弾級で、僕だけでなくモモ様も耐えきれず気を失ったほどの代物である。


 いくらスピカでも、とても意識を保てるとは……。


「美味しい!」


「さ、流石は竜人族ドラゴニュート……」


 なんか余裕だった。スピカはとろんとした表情で頬を染めながら、ジャムをつけたリトッチの指を舐めている。


「もっとお、もっとお」


「よーしよし、いい子だ。お前は気に入った、たっぷり食べさせてやるからな」


「欲しい、欲しい」


 スピカは涎を垂らして同じ言葉を繰り返し呟いている。いやこれどう見ても中毒症状では?


 更に指を舐められたリトッチまで顔を赤くして興奮しているぞ。ちょっとイケない関係になりつつあった。


「はいストップ! ジャム禁止です!」


「何だよケチだな」


「ケチ!」


 たとえ二人に嫌われようとも、これ以上は駄目な気がした。麻薬中毒者にしてしまったら竜族ドラゴンの親に殺される未来が見える。



 閑話休題。



「次は私が面倒をみますね。いいですか竜の子よ、女神モモ教は弱者の味方……」


「がぶっ」


「オチはやっ!?」



◆◇◆◇◆◇



 丸一日が経過し、ようやく水平線に浮き港が見えた。リトッチが目を細めて呟く。


「見た事もない魔導帆船が接岸しているな。ちょっときな臭いぜ」


「勇者一行がいる可能性もあります。念のためこっそり上陸しましょう」


「私から離れてはいけませんよ、スピカ」


「うん!」


 こうして僕らは目立たないようにひっそりと行動することにした。


 もちろんこの後、スピカが大暴れするわけだが。

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