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閑話 ドラゴネスト調査団①


 港の桟橋では、アルビオン号の船員が弾薬や食料を積み込んでいた。ケルベロスは荷物の影から観察を始める。


 船員は大きく二種類に分かれていた。長耳族エルフの兵士と小鬼族ゴブリンの奴隷である。兵士はカットラス王国の紋章が刻まれた立派なマントを身に着け、テキパキと小鬼族に命令を下している。小鬼族はへいこら頭を下げて言いなりになっていた。


 小鬼族はかくも惨めなものだ、とケルベロスは憐れみの目を向ける。彼らはそういう星の下に生まれたのだ。何故なら小鬼族は【奉仕種族】なのだから。


 奉仕種族とは、上位種族に仕えるよう「教育」された種族である。小鬼族ゴブリン猫人族マオ犬人族フントなどが代表的な奉仕種族だ。


 小鬼族の歴史は悲惨だ。小柄で魔核も小さいため一匹一匹は非常に弱い。しかし繁殖力があるため、戦争における「使い捨ての兵隊」として上位種族に利用された。その歴史が千年以上も続いた結果、彼らの体に奴隷根性が染みついてしまったのだ。


 小鬼族は女神だけでなく邪神さえ崇拝しない。自らの立場を鑑みる知恵すら失った、取るにたらない種族である。


 しかしケルベロスは、長耳族エルフにこき使われる彼らに「反抗心」の臭いを嗅ぎ取った。通常は持つはずのない感情だ。


 依頼クエストを失敗させる足がかりになるかもしれない。ケルベロスはこそこそと移動を始め、アルビオン号へ潜入することにした。



◆◇◆◇◆◇



「おっ。見てみろイゼナ。犬がいるぞ犬が」


「どこ……? いないよ?」


「おかしいな、さっきまでそこの廊下にいたんだが」


 勇者カタルはイゼナを連れてアルビオン号の船内を探検していた。数日前に拾われて以降、こうして最新鋭の船内を見て回っているのだ。


 きょろきょろと犬を探していると、イゼナのお腹が鳴った。彼女はカタルの袖を掴んで呟く。


「ご飯、食べたい。食堂、いこ?」


「そうだな。今日は何を食べようか」


 一緒に食堂の扉を開ける。中は大勢の冒険者たちでにぎわっていた。彼らはワイワイとご馳走を食べ、お互いに武勇伝を語り合っている。全員がA級以上の冒険者なのだから、話のネタは尽きないだろう。


 空席がないので困っていると、カタルに手を振る男がいた。青い肌で一本角の大鬼族オーガだ。


「おい勇者様! こっちだこっち!」


 彼は冒険者パーティー【青の獄門】のリーダー【ギュウイチ】だ。S級冒険者で「一つ星」の称号を持ち、「イワト王国支部いちの冒険者」を名乗っている。


「やあギュウイチ! 久しぶりだね、君が教えてくれたニセ勇者はまだ見つからないよ。ところでギュウイチもこの依頼クエストに参加するのかい? 実は俺もそうなんだよね。こんな重要な依頼クエストを見逃すわけにいかないだろ? どんな星かワクワクするよな」


「お、おう。いやあ、あの憎たらしい小僧が王国から消えただけで万々歳だ。勇者様には頭が上がらないぜ、ヘヘヘ」


 彼は良い奴だ。ニセ勇者の容姿や悪行を細かく教えてくれたし、男として崇高な目標を持っている。


「俺はこの依頼クエストで生き残ったら、ギルド長アサヒさんに正式に結婚を申し込むつもりだぜ」


「おおっ。そうか遂に告白するのか。頑張れよ!」


「……死にそう」


「イゼナ、何か言ったか?」


「なにも」


 イゼナは興味がなさそうに、一生懸命に食事を頬張っている。ノーブレス王国の宮廷料理人が作った料理はどれも一級品の美味さだ。他の冒険者たちも明るく振る舞いつつ料理に食らいついている。


 こういう雰囲気は好きだ。たとえ強がりでも。


 何十年も勇者として活動していると、冒険者の命がどれだけ軽いか嫌というほど思い知ってしまう。この中で何人が生還するか正直わからない。彼らも本能的に不安を抱いているはずだ。


 俺が少しでも役に立てば、彼らが生き残る確率が高くなるかもしれない。漠然とそう思っていると、ギュウイチが声を潜めて訪ねて来た。


「なあ、勇者様から見て強そうな冒険者はいるか?」


「んー、三組くらいかな」


 遅れて食堂にやってきたヴェノンが、会話に割り込んでくる。


「おや。カタルのお眼鏡にかなう冒険者がいましたか」


「この数日間、彼らと手合わせしたんだよ。実力は大体わかった」


 ヴェノンは同じ席に座って魚料理を注文した。カタルはまず、食堂の中央でお酒を飲んでいる夫婦に目をやる。


「一番強いのはあのパーティーかな、多分」


「あれは【ウィッパード】ですね」


 その二人は巨体の豚人族オークと華奢な長耳族エルフという珍しい組み合わせだった。テーブルには空のグラスが山積みになっている。


「おう、今日は先に酔いつぶれた方が()()だぞ」


「うふふ。それは負けられませんわ。勝ったらどこを開発してあげようかしら」


 何やら妙な会話をしているが、気にしない事にする。


「『ウィッパード』は夫の【ボークン】と妻の【イレ】の二人組です。ノーブレス王国でその名を知らぬ冒険者はいません。互いの連携の強さで数多の魔人を討伐し、共に『三ツ星』の称号を手に入れました」


「次に強そうなのは、あっちの団体さんだ」


 指さした先の食堂の一角は、三十人ほどの冒険者に占拠されていた。彼らは一人の女性をとり囲んで歓声を上げ、飛び跳ねたり手を振ったりしている。


「リンリイちゃーん! こっち向いてー!」

「うおおおリンリイちゃん可愛いー!」

「リンリイちゃん最高ー!」


 中心で踊っている女性は人族ヒューマン猫人族マオのハーフだ。人族の顔に猫耳や尻尾が生えた容姿である。彼女は「みんなファイトだにゃん♪」と猫の真似をしながら投げキッスをばら撒いている。


「なに、あれ」


 イゼナがその光景を見てドン引きしていた。食べかけのご飯がフォークからポトリと落ちる。


「彼らは【リンリイ冒険団】です。確か『一つ星』の称号持ちが加入条件ですね。リーダーは踊り子の【リンリイ】。『二つ星』を所持していますが、目立った功績はありません」


 ギュウイチが頬杖をついて悪態を並べ立てる。


「けっ。どうせ中央議会に賄賂を渡したに決まってる。汗水たらさずに汚い連中だぜ。そんなに称号が欲しいのかよ」


「おや、貴方が彼らを批判するのですか?」


 蛇人族スネークマンの鋭い視線を受けて、彼は思わず目が泳いだ。流石は神話級魔導師、ギュウイチの実力がS級に及ばないことを見抜いていたか。可哀想だからフォローしてあげよう。


「よせよ。ギュウイチは一世一代の大勝負に出るとこなんだよ。俺はその勇気を買ってるんだ」


「相変わらず甘いですね。はっきりと『お前には無理だ』と告げた方が良い時もあります」


「無理じゃないよ。俺がいるからさ」


 ヴェノンが目を細めたのを見て、カタルの胸がすっと冷たくなる。ヴェノンは彼の良き理解者であるが、それ故か正面からぶつかり合うことは多い。お互いに「これから論争を始めるぞ」という無言のプレッシャーを発した。


「どこが、強そうなの?」


 しかしイゼナの呟きで、剣呑な空気が霧散する。ギュウイチが冷や汗をぬぐっていた。


 知らず知らずのうちに嫌な空気をまき散らしていたようだ。反省しよう。ヴェノンも一言「すまないね、イゼナ」と呟いた。


 気を取り直してリンリイ冒険団を見つめる。


「間違いなく、彼らの半数はS級相当の実力を持ってるよ。それにあのリンリイちゃんって子も、わざと弱そうに振る舞っている感じがする」


「いくら勇者様でも、ちょっと贔屓が入ってるんじゃねえか。俺には馬鹿な男に囲まれた馬鹿な小娘にしか見えないぜ」


「……それで、あと一組は?」


 少し迷いながら一人の強者つわものに目を向ける。その男は手合わせも拒否したのだが、カタルはかなりの実力者だと直感的に判断していた。


「あいつ、結構強いと思う」


 その男は騒がしい食堂の端っこに一人で佇んでいた。鳥の頭を持つ鳥人族バードマンに見えるが翼を持っていない。黒のジャケットとズボンを着こなした、恐らく異国の冒険者だ。


「私も初めて見る人物です。何者でしょうか」


「なにか、怖い」


 ヴェノンとイゼナも警戒心を露わにしていた。その男は近寄りがたい雰囲気を漂わせていて、只者じゃないことは間違いない。


「ソロで活動している冒険者に見えるな。勇者様の言葉を信じて『青の獄門』に誘ってみるぜ」


 ギュウイチが勢いよく立ち上がって、ずかずかと鳥人族の男に歩み寄る。そして二言三言話しかけた。しかし男が首を横に振ると、彼はそそくさと戻ってくる。その表情は真っ青だ。


「一体どうしたんだ。顔色が悪いじゃないか」


 席に座ったギュウイチは、三人に向かって恐る恐る感想を述べた。


「あ、あいつ絶対変だぜ。目の焦点が全然合ってないし瞬きもしねえ。口も動かさねえ。だけど声は聞こえるんだ。言ってることも意味不明でよ。人間味を感じなくてぞっとするぜ」


「やっぱり、怖い」


 彼の様子を見たイゼナもガタガタ震えている。


「ちなみに何て言われたんだ?」


「確か、()()()()()()()()()()()()とかどうとか」


「ころんぶす?」


 ヴェノンに顔を合わせるが、彼は肩をすくめてお手上げの意志を示した。誰もわからないということは、割と遠い星域からやってきた冒険者かもしれない。


 世界は広い。まだまだ変人がいるようだと、ぼんやりカタルは思った。

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