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57. VSラッコマン海賊団


「野郎ども、囲むっちゃ囲むっちゃ!」


 小僧の周りを屈強な海賊達が取り囲んだ。斧や銛を向けて威嚇を始める。


「ぶっ殺すっちゃ!」

「生かして返すなっちゃ!」

「ちゃちゃちゃ!」


 しかしラッコマン自慢の精鋭を前にして、小僧は萎縮するどころか笑い出す。


「ぷっ、ふふ、ふふふっ」

『マ、マタタビ君。またリトッチに失礼だと言われままま、ふひっ!』


「こ、こいつ……!」

「かかれーっちゃ!」


 手下が雄たけびをあげながら次々と突進する。対して小僧は剣を抜き、軽快なステップを踏みながら斬り合いを始めた。


「――剣技《大神実オオカムヅミ酔狂花すいきょうか》」


 ラッコマンは呆然と彼らの戦いを見ていた。自慢の手下達が一矢報いる事さえできないほど圧倒されている。


 熟練度が桁違いじゃねえか。奴は数百年を生きた長耳族エルフだとでも言うのか?


 小僧がくるくると剣を手で回しながら、一人また一人と手下を斬っていく。その戦い方に泥臭さはなく、優雅に踊っているかのようだ。瞬きする内に死体の山を築いていく。


 このまま手をこまねいているわけにはいかない。船長は手下の一人に命令を下す。


「おいお前、倉庫にぶちこんだ巫女を連れてくるっちゃ」


「へ、へい!」


 人質を突きつけて捕らえる算段だ。通用すればの話だが。


 しかし船倉へと続く階段を降りようとした手下の目の前に、小僧が投擲した剣が刺さった。すると床から木の枝が生え始め、階段の入り口を塞いでしまう。


「ひ、ひえええ! なんだっちゃ!?」


「びびるなっちゃ! 奴は無防備……!?」


 なんと小僧が、今度は素手で手下達を殴り倒し始めた。刃を躱しつつ、返す拳でノックダウンを決める。焦る様子は一切見られない。


「一斉に飛び掛かるっちゃ!」


 合図と共に帆柱マストから五人の戦士が飛び降り、頭上から小僧を攻めた。更に地上からも数人が飛び掛かる。


 絶対に避けられない攻撃は、しかし小僧の別の技を披露する機会を与えただけであった。


「――《聖なる波動(ホーリーブラスト)》」


 小僧が右手を掲げると、強烈な光と衝撃波が発せられる。飛び掛かった戦士は全員弾き飛ばされて昏倒してしまった。


 わずかに残った手下も戦意喪失。もう誰も足を踏み出すことができない。


 ラッコマンは半ばヤケクソ気味に樽を持ち上げ、中に入っていた大量の海水を自らの全身で浴びる。海人族シーマンの力の源を得て一時的に筋肉が増強した。


「うおおおおっ! 俺は最強の海賊船長、ラッコマン様だあああああっちゃ!」


 ドシドシと駆け出して小僧に殴りかかる。次の瞬間、逆に彼の手首が小僧に捕まれてそのままおもちゃのように振り回された。そしてラッコマンの視界に床が迫り……



◆◇◆◇◆◇



「僕はゆう……いや、ただの旅人です」


 危ない危ない、いまは勇者を名乗るべきじゃないな。勇者カタルの耳に届いたら大変だ。


 もっとも目の前の男は頭から甲板に突き刺さっている。聞こえるはずはないか。


 残った海賊を睨むと、みな慌てて武器を落として両手をあげる。


「命までは取りませんから、寝てる人達を縄で縛ってください」


 僕の言葉に動揺しつつも、彼らはおっかなびっくり言われた通りにする。斬られた者達が生きていることに気づき、ますます困惑していた。


 他の魔導帆船は四方八方に逃げ出している。勝敗は決したようだ。


 暴れまわっていたリトッチが颯爽と甲板に降り立つ。


「お、そっちも終わったか」


「お疲れ様、リトッチ」


 二人で「いえーい!」とハイタッチ。


 女神モモが聖剣から飛び出して、気絶している船長の手から刃の欠片を奪い取った。オーラグインが話していた伝説の武器に違いない。


 少女は欠片を握り、祈りを捧げるように言葉を紡ぐ。


「さあ、元の場所にお帰りなさい。優しき鯨の子よ」


 眼下の剃刀鯨ラソイオホエールがゆっくりと踵を返していく。巨大な島が泳いでいる光景をこんな間近で見られただけで満足だ。


 結果として大勝利に終わったが、リトッチがやや不安そうに呟いた。


「なあマタタビ、本当にこれで良かったのか? もう星を渡る時間はないぜ」


 そう、これにて一件落着ではない。僕らは惑星ウェロペに渡る機会を逃してしまったのだ。


「大丈夫です、人の子よ。たとえ勇者に見つかっても、今みたいにけちょんけちょんにしてやりましょう」


「勇者は海賊とは違うんですよ」


 若干の不安を忘れようと三人で空を見上げる。惑星ウェロペが少しずつ遠ざかっていた。成層圏まで引っ張られていた無数の水球が、ゆっくり惑星アトランテに戻ってくる。


 巨大な雨粒がスローモーションのように落ちてくる光景は、それはそれは神秘的だった。



◆◇◆◇◆◇



 勇者カタルと魔導師ヴェノンは、巨大な雨粒を見下ろしながらため息をつく。


「ヴェノンの予想、思いっきり外れたじゃんか。数時間もこうしているの疲れるんだよな。やっぱりニセ勇者に呼びかけるのが正解だよ。正々堂々と戦って白黒つけようってさ」


「そんな馬鹿正直に対応するなら、貴方から逃げ出したりはしません」


 勇者「ブレイブナイト」一行は成層圏を漂っていた。ヴェノンの《飛翔フライ》により、四人とも身一つで宙に浮いているのだ。惑星同士が接触する際は双方の重力が弱くなるため、魔術の負担も小さい。


 幼いイゼナはヴェノンの胸に抱きつき、恐怖と寒さでぶるぶる震えている。


「私、泣き虫、違う。私、泣き虫、違う……」


 彼女はうわ言を繰り返しながら鼻をすすっている。ヴェノンの胸元は涙と鼻水でびっしょり濡れていた。彼はイゼナをよしよしと抱っこしながら、仰向けに漂うアリーリを見る。彼女は白目を向いていた。


「……はっ!? アタイは一体……ひぎぃっ!」


 アリーリはこうして、気絶と覚醒を繰り返していた。ここまで無理やり連れて来る際はぎゃあぎゃあ喚いていたが、いくぶん静かな今の方がマシである。


 現状、二人はまるで戦力にならないのだ。


「つか、いまニセ勇者一味が攻めてきたら勝てなくね?」


「もっと自分に自信を持ってください。誇張なしに、貴方に勝てる冒険者などいません」


「女神ヌートに『相手を舐めるな』って何度も教えられたんだよ。二人を責めるわけじゃないけど、パーティーが万全な状態で戦いたいだろ」


「イゼナもアリーリも、貴方が戦う時は勇気を出しますよ」


「そうかな?」


「そうです」


 二人が雑談していると、その頭上を巨大な魔導帆船が通過した。カタルが見た事もない種類の船である。側面に目をやると【アルビオン号】と彫られている文字が確認できた。


 勇者は掠めていく轟音に負けないくらい大きな声を張り上げ、アリーリを揺さぶった。


「うわっなんだあの船!? でけえし黒いしかっこいい! おいアリーリ起きろよ! すげえ船が通ってる、プロペラついてるぞプロペラ!」


「……はっ!? おおっ確かに凄いさねえ。アタイもあんな船に乗って空を……ひぎいっ!」


「寝るなアリーリぃ! 船が行っちまう!」


「あの国旗は【ノーブレス王国】のものですね。私も初めて見るタイプの軍艦です。恐らく新型でしょうが、なぜ惑星アトランテに……?」


 訝しむヴェノンをよそに、興奮しまくったカタルはニセ勇者などさっさと忘れてしまった。


「よしヴェノン、ちょっとあの船にお邪魔しよう。考えたんだけど俺達も専用の魔導帆船を持つべきなんだよ。フットワークが軽くなるしかっこいいだろ。俺の命令ひとつで帆を広げたり砲撃したりできるんだ。夢が広がるなあ。あの船は何人乗れるかな?」


 ヴェノンが何度目かのため息をつきつつぼやく。


「星が離れてここも寒くなってきたことですし、カタルに従いましょう」


「はやく、降りたい。ぐすっ」


 こうして勇者一行はノーブレス王国の一団へと身を寄せることになる。

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