6. 2周目の人生の始まり(と終わり)
「あう、あうあー」
目が覚めると、僕は赤ん坊になっていた。上手くしゃべれない。
「ほーら、私がママですよー」
女神モモが僕を抱いて、よしよしと撫でる。とても恥ずかしい。
「わ~~可愛い~~♪」
女神フレイヤが僕を覗き込んではしゃいでいる。
……ていうか、僕は転生したのか!? いつの間に!? まさかふたりの夜の営みは夢じゃなかった……?
「あう、あう」
「駄目ですよ、今日から私をママと呼ぶのです。立派な勇者になるまで私が責任をもって育てます。女神ですから」
「女神ですから」の意味がわからないが、赤ん坊のまま放り出されるよりましだ。無理やり自分自身を納得させ、女神のお遊びに付き合うことにしよう。
「オムツをとってきます」
少女が僕を女神フレイヤに預けて物置へと走っていた。めっちゃ嬉しそうにステップを踏んでる。
「モモちゃん張り切ってるわねえ。マタタビ君も、これから頑張ってね♪」
まさか本当に半神族に転生させてくれるとは。つまり女神モモが僕を産んだ……わけだよね? あの夢は何だったんだろう?
「あうー」
とにかく希望の体に転生させてくれたのだ。ふたりには感謝しかない。親子ごっこがしたいというなら付き合おう。
数日で飽きてくれるといいんだけど。
とにかく僕の役割は、毎日女神モモに祈って魔力を捧げることだ。目指せ1億ポイント。
◆◇◆◇◆◇
――5歳になった。
元気に走り回る僕に、ママは急に女の子の衣装を着せるようになった。
「僕、男の子だよ?」
「幼い男の子に女装させることで、邪神から身を隠すという風習があるのです」
「えぇー本当ぉー?」
「本当ですとも。ああ、なんて素晴らしい。ぴったりで可愛いです」
「ママと、お揃い!」
「はい、お揃いですね」
信仰ポイントは順調に増えている。もう500万ポイントに達した。純粋な子供の祈りは、結構魔力を捧げるらしい。
◆◇◆◇◆◇
――10歳になった。
ママはお姉ちゃんになっていた。
「こらマタタビ君! お姉ちゃんの言う事を聞きなさい!」
「やだー! 僕男の子だもん! 女の子の服なんて着たくないもん!」
お姉ちゃんは聞き分けの無い僕を捕まえて、何度もお尻ぺんぺんした。
捧げる魔力のペースが落ちた。反抗期が影響しているのは間違いない。現在800万ポイントだ。
◆◇◆◇◆◇
――20歳になった。
僕は成人した。姉ちゃんは「妹」と「幼馴染の彼女」に分裂していた。何を言ってるかわからないと思うけど、本当に分裂しているのだ。
「お兄ちゃん、その女だれ?」
「お、落ち着いて包丁を閉まって。彼女はお兄ちゃんのお友達だよ?」
「そんな、私とは遊びだったのねマタタビ君!」
「お兄ちゃんから離れろ、この……泥棒猫!」
同じ姿のふたりが僕を巡ってキャットファイトしている。訳がわからなくて頭がおかしくなりそうだ。
この状況を受け入れている自分はもう狂っているかもしれないが、とにかく彼女たちの争いを止めなければ!
「ふたりとも、僕のために争うのはやめてくれ!」
「ちょっと待ってください。それはイケメン男性ふたりの争いを止めようとするヒロインが言うセリフです」
「そうです、地球の資料にも書いてあります」
「何の資料っ!?」
信仰ポイント? 祈りを捧げる暇なんてないです。ふたり(?)の世話だけで精一杯だよ!
◆◇◆◇◆◇
――30歳になった。
「いやこれは無理でしょ!」
「あうあー」
「その姿で赤ん坊役は無理ですって! 流石に正気に戻りますから!」
「ばーうー」
「ミ、ミルクが欲しいのかな?」
「ウンコ、という意味です」
「普通にしゃべれよ!」
やばい。この状況から早く抜け出さなくては。とにかく信仰ポイントを増やすんだ。
僕は娘役のモモを育てながら、1日1000回の祈りを捧げた。間違いなく寿命を削っているが、この狂った遊びを終わらせるためだ。
そして年月が流れ……
◆◇◆◇◆◇
――80歳になった。
あれから長い時が立った。女神モモは儂を立派な勇者に育てるために、それはもう色んな役を演じたのう。
途中で「これモモ様がやりたいだけでは……?」という疑問も浮かんだのじゃが、日々の忙しさにすぐ忘れてしもうた。
儂はもう長くなかった。数年前からベッドで寝たきりじゃ。女神モモが演じる医者からは「心労がたたってます」と言われた。
80歳であれだけ元気だったじっちゃんは、凄かったんじゃのう。改めて尊敬するわい。
「苦節80年、悔いのない人生じゃった……」
女神モモが演じる孫が、ベッドの脇で泣いている。
「おじいちゃん、死んじゃいや!」
儂は孫の頭を優しくなでる。
「大丈夫、儂は勇者じゃ。簡単には死なぬ」
しかし、だんだんと眠くなってきたのう。お迎えが来たようじゃ。……儂はそっと目を閉じ、肩の力を抜いた。魂がだんだんと抜けていく感覚を覚え、天に召されようとする。
「ぐすっ。おじいちゃん……さようなら」
…………
……
「って死ぬかーい!」
儂はベッドから飛び跳ねて叫ぶ。そのはずみで入れ歯が飛び、女神モモの額に命中した。
「あいたっ」
「あいたっじゃないわい! 儂を育てすぎじゃろ! 死ぬまで拘束する奴がおるかっ!」
「言われてみれば確かに。いやあ、お互い張り切りすぎましたね。今から地上へ降りますか?」
「行けるかぁ! 降りた衝撃で腰が砕けるわ! 剣も持てんから!」
「ならば仕方ありません。……3周目、いっちゃいます?」
女神の言葉を聞いた儂は、頭から火山が噴火して死んだ。死因は憤死だった。
信仰ポイントは9000万まで溜まっていた。誰でもいいから誉めて欲しい。
◆◇◆◇◆◇
まさか地上へ降りる前に、二度目の人生を全うするなんて思っていなかった。
僕は女神モモの塔で、誕生から死までを体験したわけだ。この人生に意味があったのかと聞かれたら、よく分からないとしか答えられない。宇宙飛行士がモノリスに接触して人類を超越したSF映画を思い出す。そのラストシーンの意味不明さに似ている。
調子に乗った女神は、言うならば下品なモノリスだった。この女神を調子に乗らせてはいけない。他の女神が女神モモを虐めて大人しくさせていたのは、ある意味正しかったのでは? だって80年だよ80年! ありとあらゆるシチュエーションを演じたよ!
僕とモモ様の関係は、業が深すぎてやばい段階になっていた。
いっそ次の転生で記憶全部消したい。
◆◇◆◇◆◇
そんなこんなで3周目の人生を始めた。
僕は女神モモを徹底的に無視することに決めた。ひとりで黙々と筋トレをする日々だ。
祈りを捧げる回数は変わらないが、明らかに信仰心が薄れて捧げる魔力が低下していた。
女神モモは最初、僕の気を引こうと色々試した。誘惑したり泣き落としにかかったり、目の前で服を脱いで僕を動揺させようとした。
今更、お前の裸を見たって何とも思わんわ!
しまいに彼女は逆切れし、僕に冷たく当たるふりをし始めた。契約破棄まで口に出した。しかしいい加減、それがブラフだと気づいていたので無視を貫いた。彼女が謝るまで口をきくつもりは到底なかったのだ。
完全に倦怠期の夫婦プレイだったが、彼女は大分堪えていたようだ。
「ごめんなさい。私が調子に乗っていました、人の子よ」
彼女が遂に謝ったのは、新しい半神族の身体で十三歳になった頃だ。本気で泣きそうになっているので、僕もいい加減に留飲を下げることにした。
「うん。許すよモモ様」
「……本当に?」
「なんだかんだで、勇者に相応しいだけの筋力はついたからね。そういう意味ではモモ様に感謝してる」
女神モモは数年ぶりの笑顔を見せて僕に抱きついた。僕の方が彼女より少し背が高い。
この女神は、幼い子供と超常的な神の両方の側面を持ち合わせている。僕は戸惑いながらも、少女の頭を撫でた。
これで仲直りだ。
◆◇◆◇◆◇
僕と女神モモは、ふたりでポイントカードを覗き込んでいた。
「……達成しましたね」
「はい、遂に到達しました」
信仰ポイントが1億ポイント溜まっていた。
転生してから93年間、毎日祈りを捧げた甲斐があった。最後の13年間は大分ペースが落ちていたが、なんとか達成できた。
僕と女神モモはお互いをじっと見つめ、笑顔で思いっきりハイタッチした。
「「いえーい!」」
次の日、女神フレイヤもお祝いに来た。
「おめでたいわねえ、お祝いセックスしましょ♪」
「お祝いセックス!?」
彼女の提案は丁重に断り、3人でケーキを食べた。その後は、図鑑を開いて《転移》先の惑星選びを始める。いよいよ、勇者として旅立つ日が近づいてきた。
「どの惑星から勇者の旅を始めましょうか」
「女神の信者が少ない星へ行きましょう。割り込むチャンスがあるので」
「それと僕の意見としては、比較的安全な惑星を希望します。僕は所詮ニセ……ごほん、ごほん! 駆け出し勇者ですから」
フレイヤ様がいたので慌ててごまかす。僕らは完全にはしゃいでいた。
「まるで新婚旅行に行くみたいねえ」
フレイヤ様は僕らの相談を聞いているだけだった。
正直、どの惑星が良いかなんて僕は全くわからなかった。何せ女神モモと生活していた93年間、地上のことは全然教えてくれなかったのだ。何度か「教えてください」と頼んだら、「人の子が驚く姿を見たいから秘密です」と直球で返されてしまった。
そういうとこだぞお前。
《転移》先は惑星ゴルドーに決まった。国家間の関係は良好で、竜族も生息しているから観光にも良さそうだ。
僕は窓から宇宙を見上げて星々を眺めた。ようやく、地上で冒険ができるんだ。
その日はほとんど寝付けなかった。
◆◇◆◇◆◇
朝になり、僕は冒険者の服を着て鏡の前でチェックしていた。
半神族の顔は中性的で、化粧をしたら女の子にも見えなくはない。半神族はとても珍しいらしいので、恐らく長耳族に間違えられるだろう。
もうちょっと男らしい方が良かったが、それは贅沢だな。
「マタタビ君に渡すものがあります」
女神モモが一振りの剣を持ってきた。とても軽く、柄に赤色の石がついている。
「これは勇者へ授ける聖剣です。タンネリクと名付けました」
「この石はなんですか?」
「魔法や魔術をこめる石、【魔石】です。余剰ポイントを使って魔石の中に部屋を作りました。私と人の子は自由に出入りができます」
魔石の中を覗くと窓があり、その向こう側にピンク色の部屋があった。魔法って便利だなー。
「ありがとうございますモモ様。聖剣ということは、何か特別な能力があるのですか?」
「私にも分かりません」
「はっ?」
「冗談です。本当はあります。ですがこういう能力は、小出しにした方が良いかと思いまして」
僕が拳を振り上げると、女神モモは慌てて言葉を訂正する。
「り、理論的にはどんな敵でも斬り伏せることができるはずです」
調子に乗るとすぐこれだもんな。でもどんな敵でも斬れるだなんて、勇者の武器として相応しいじゃないか。
僕は冒険者の服を着て、剣を腰に差す。さまになっているだろうか? 心配そうな僕の顔を見た女神モモは親指を立てた。ちょっと勇気をもらう。
「それでは、行きましょう。手を握ってください」
女神モモの手を握る。彼女の手は少し震えていた。僕もだ。
「――《転移》」
僕たちの身体が軽くなると同時に、周囲が光に包まれ――
◆◇◆◇◆◇
僕はと女神モモは、砂漠の大地で仰向けに倒れていた。青い空だ。
地球とは別の惑星で間違いない。なぜなら、月よりも大きく見える惑星が見えたからだ。しかも二つも。
「――本当に、来たんですね」
「――ええ、惑星ゴルドーです」
女神モモの横顔を見ると、彼女は本当に嬉しそうに空を眺めていた。
「マタタビ君、ありがとうございます。夢が一つ叶いました」
初めてその眼で見る青い空は、どのように映ったのだろう?
僕たちは歩き出す前に、お互い砂をかけあって遊んだ。
これから冒険が始まる。今日から僕はニセ勇者マタタビだ。