55. ニセ勇者と女神様、逃げる
「あの、勇者様がどうしてここに?」
僕の疑問に対し、カタルを名乗る勇者が矢継ぎ早に喋りだす。
「いやー実は惑星カラミテでな。すげー剣が封印されてるって聞いてよ。知ってる? ステイク・タワー。いや高いのよ。どんだけ高い遺跡だって話だよ。しかも七本だよ七本。こっからでも見えるんじゃないかって思ったね。見えない? えっと何の話だっけ? そうだ剣が封印されてる話だ」
「勇者様がここにいる話です」
もの凄い勢いで脱線してた。開幕フルスロットルで明後日の方向へ飛んで行ったぞ。
「ああすまない、そうだった。それでステイク・タワーを仲間と一緒に攻略したな。死ぬかと思ったよ。マジで。魔物の住処になってんの。ふざけんなって話だろ? それでも頑張って頂上についたのよ。剣はあっさり抜けた。もうスポッとね。あれだけ苦労したのにこれで終わり? 拍子抜けしたね。だけど塔が崩れ始めてよ。なにそのトラップ、剣の所持者を殺すつもりかよ。だれが何を考えて遺跡建てたって話だよ。聞いてる?」
「聞いてないです」
その後も勇者は「某国の王女様とのひと悶着」や「南洋海上国家での反乱騒ぎ」など自慢話を繰り広げた。
いやどーでもいいし。つか最初の話に戻れよ真の勇者。
「……それで、勇者様はどうしてここに?」
うんざりするほど同じ質問をしていたが、ようやく答えが返ってきた。
「そうそれ。俺は勇者マタタビという男の首を取りに来たんだ」
「僕の首を!?」
「ははは、君の首じゃないよ。将来は勇者を目指しているのかな? 君ならきっと俺のようになれるさ! でも悪い勇者の真似しちゃいけないよ。勇者マタタビは危険な漂流者だからね」
「あ、あははは……はい」
あ、あぶない。「僕の首」とうっかり言った時は心臓が飛び出るかと思った。ジェットコースターで急降下した時のような、心臓がひゅんっとなるあれだ。
彼の話しぶりから察するに、勇者マタタビの容姿までは知らないらしい。不幸中の幸いだ。
「この都に来たばかりだけど、早くも耳にしたよ。王将を助けたとか魔人を倒したとか。でもギルド長を誘惑したり戦闘中なのに女装していたり、醜い本性むき出しの話も聞くな」
「そんなことしてたかなあ……?」
僕を妬んだ冒険者が評判を落とそうと流布しているのか。ギルド長には逆に誘惑されっぱなしだぞ。女装の件はまあ、うん。触れないでおこう。
「ははは、君は優しい子だな。その優しさで国を守るんだぞ!」
勇者様がぐっと握りこぶしをあげた。言動からすると真っ当な勇者っぽいので、一縷の望みをかけて尋ねてみる。
「ちなみに、そのニセ勇者に情状酌量の余地は……?」
「んーそこだよなあ。ヌート様のお告げは絶対だし、俺より弱かったらそれはしょうがない」
あっだめだ。目が全然笑ってない。怖い。見逃してくれそうな雰囲気は一切ない。
「君、そのニセ勇者が何処にいるか知ってるかい?」
いきなり訪れた危機に、頭がパニックをおこしていた。考えがまとまらない。どう答えればいいのだろうか。チカチカと目の前が点滅する。吐きそう。
この事態を乗り越えるべく、僕は半ば思いつきで返事をした。
「……ク、クエストで猪ガ村にでかけています」
「なんだって!? 一足遅かったか……君、ありがとう! 仲間の尻を叩いて後を追わなきゃな」
「お、お仲間もいるんですか」
「もちろん! 頼りになるS級冒険者ばかりさ。流石に俺のペースについてくるのは大変みたいだけど」
わあ、これは勝てませんね。
「よし俺は宿屋に戻る。君、達者でな。立派な勇者になれよ!」
彼は僕に手を振りながら、もの凄い速さで後ろ走りしつつ通りの角へ消えていった。
僕も急いで女神モモと合流しよう。緊急会議だ。
◆◇◆◇◆◇
二人の手を引っ張って路地裏へ行き、事の経緯を報告した。リトッチは「んーそりゃ困ったな」と考え込んでいる。女神モモは怒り心頭の様子で体を震わせていた。
「どうしましょうか。説得して見逃してもらう手もありますが」
「やめとけ、勇者は頭が固い奴ばっかりだぞ」
「その勇者を返り討ちにしましょう、今すぐに!」
女神モモが声を張り上げて僕らを睨んだ。凄い剣幕だ。敵意むき出しで怒るのは珍しい気がする。
「どうしたんですかモモ様? ちょっと落ち着きましょう」
「これが落ち着いていられますか!」
少女が僕の胸に掴みかかる勢いで詰め寄った。
「おい、マジでどうしたモモ」
「リトッチは悔しくないのですか。マタタビ君を、二度も国を救ったマタタビ君を、ヌート姉様とその勇者が殺そうとしているのですよ!」
「だからと言って勇者に挑むのは危険すぎるだろ」
「マタタビ君は絶対に負けません。私達もいます。勝てます!」
明らかに彼女は取り乱していた。一体どうしたというんだ……?
「モモ様、冷静になってください。流石に本物の勇者には勝てませんよ。僕は所詮、ニセ勇者です」
「マタタビ君は本物の勇者です! 本物だと言ったら本物なんです!」
女神モモが僕の胸を叩き始める。そしてぐずぐずと大粒の涙を流し始めた。
「ぐずっ……こんなの……あんまりです……マタタビ君は一生懸命に……えぐっ……頑張ってるのに……」
そして遂には、わんわんと声をあげて泣きだす。まるで親にすがるために泣く赤ん坊のようだ。
リトッチが彼女を包み込むように抱き、頭を優しく撫でてあやすように語り掛けた。
「おー、よしよし。悔しいんだなモモ。大丈夫、アタシらがよく知ってるから、大丈夫だ」
僕は女神モモに声をかけられずにいた。彼女の取り乱す様をみて、僕自身も激しく動揺していたからだと思う。とにかく僕は馬鹿みたいに突っ立っているだけだった。
結局、少女が泣き止むまで少なからずの時間を要した。
◆◇◆◇◆◇
女神モモが泣き疲れてぐったりしたので、魔石に入ってベッドに寝かす。うずくまって眠る女神モモを見ながら、僕とリトッチはベッドの端に腰を下ろした。
「モモ様がここまで怒るのは初めてです」
「そりゃあ、お前を馬鹿にされたからな。アタシだって良い気分はしてないぜ」
「馬鹿にされた……ですか?」
「ああ。お前は立派な勇者だよ。今のところな。女神ヌートとやらはそれを否定してるんだろ」
「それはまあ、僕は漂流者ですし。女神様の考えもあるでしょうから……」
僕は女神の意図しない形でこの世界にやってきた。そんな「漂流者」は色々都合が悪いんだろう。何かしら事情があるかもしれない。だから正直、いつか処刑される運命だと思っていた。
その諦めにも近い覚悟が顔に出ていたのだろうか。リトッチがいきなり僕の頬をはたく。
「あいたっ」
「馬鹿。相手の事情なんてどうでもいいんだよ。お前そんなんでモモに顔向けできるのか? 運命を受け入れて死ぬって言えるのか?」
本心もちろんは死にたくない気持ちでいっぱいだし、もっと皆と一緒にいたいと思っている。
「お前はモモの信者だろうが。運命に抗わずにどうするんだ」
「運命に、抗う?」
「ああ。モモ教の教義だ」
「……そっか、それがモモ様のやりたいことなんですね」
また女神様に救われた気がする。そうだ。僕らの冒険は始まったばかりじゃないか。ここで殺されるなんて真っ平ごめんだ。
決意を固めるつもりで、まっすぐリトッチを見た。腹に力を込めて宣言する。
「ありがとうリトッチ。目が覚めました」
彼女が優しい笑みを浮かべて手をあげる。僕も同じようにしてハイタッチ。
たとえ処刑されるのが運命だとしても。最後まで抗おう、二人と一緒に。
「それじゃ。僕らがすべきことは一つですね」
「おう、あれだな」
すうっと息を吸って、同時に宣言した。
「「夜逃げ!」」
◆◇◆◇◆◇
こうして僕ら「アストロノーツ」はイワト王国から一目散に逃げ出した。
センノヒメ王将やウルウル、アサヒさん。他にもお世話になった人々には申し訳なく思う。少しでも寂しくならないように手紙を残しておいた。きっと彼らもわかってくれるだろう。
僕はこれからもニセ勇者を名乗るのだ。それが僕を支えてくれる皆への恩返しになるのかもしれない。
そんなこんなで冒険は続く。次の惑星が接触するまでは逃避行の旅である。
大丈夫。きっと上手くいく。なんたって僕には、頼もしい女神と友人がいるのだから。




