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52. ニセ勇者、夢を見る

 ――か。


 暗い闇の中。


 ――起きんか、夢人ゆうと


 誰かが、僕を呼んだ気がした。


 目を開けると、太陽の光が飛び込んできて思わず眩暈がした。手で光を遮りながら、辺りを見回す。


 僕は車の助手席にいた。隣には、ハンドルにもたれつつ僕を見つめている老人がいる。サングラスが太陽光をキラリと反射した。


「まったく、いつまで寝とるんじゃ。運転を代わると言ったのは、お主じゃろうが」


 さっきまで僕は何をしていたんだろう?


「なんじゃ、ハトが豆鉄砲を食ったような顔をしおってからに」


「……じっちゃん」


 頭がぼんやりとしていて考えがまとまらない。助手席のシートの感触で、懐かしさがぐっとこみあげてくる。


「おーい夢人、どうしたんじゃ? 急に泣き出してもしょうがないじゃろが」

 

 気づけば僕は涙を流していた。慌てて拭いて鼻をすする。


「なんでも、ないよ。じっちゃん」


「そうか。だったらほれ、運転を代わらんかい」


「うん」


 ドアを開けて車から出る。そこは山の中腹にある公園の駐車場だった。デッデー・ポッポーと鳴く鳩に、チュンチュンとさえずる雀の声。そよ風が木々の葉っぱを揺らす。


 公園は見晴らしがよく、平地の景色が見えた。ビルが立ち並ぶ都心が見える。隣の工業地区の工場からモクモクと煙が立っていた。都心の向こうには海が見え、波しぶきがここまで聞こえてくるような気がした。


 そこは懐かしい、地球の姿だった。



◆◇◆◇◆◇



 ハンドルを握り車を走らせる。窓を開けながら山道を進んだ。風が草木の匂いを運んできて気持ちが良い。


 じっちゃんの車はビンテージもののフィアットだ。色はじっちゃんが好きな白。後部座席とトランクには、これでもかとガジェットが積まれている。


「もし傷つければ、発明品の実験台になってもらうからの」


「だから孫を実験台にしないでくれ」


「ところで彼女はどうしたんじゃ?」


「フラれたよ」


「かぁーっ! 早く嫁を見つけて儂を介護させんかい!」


「みんな嫌がるんだよ、気づけ」


 祖父は(主に発明品絡みで)周囲に迷惑をかける人間なので、誰も介護をしたがらない。命の危険を感じて当然だ。僕も誰かに押し付けようとは思わなかった。


 普段、じっちゃんとはほとんど会っていない。僕は仕事で忙しいし彼は研究室にこもってばかりなのだ。なので、発明品のテストをする祝日にこうしてお喋りをした。


 山頂付近に到着すると、そこには草原が広がっていた。少し標高が高いので、ひんやりしていて風も強い。ピンク色の花々が風を受けて一斉に首をかしげた。


 車から降りて、ふたりで仲良く背伸びをする。すごく久しぶりの運転だった。


「さて、ここで良いじゃろ」


「今日はどんな発明品のテストを?」


 じっちゃんがトランクからドローンを持ち出す。十字型で四枚のプロペラがついているタイプだ。本来なら中央にカメラがあるはずだが、その代わりにヘルメットのようなものが取り付けられていた。


「さあ夢人。これを被るんじゃ」


「なにこれ」


「その名もドロコプターじゃ」


「タケコ〇ター?」


「阿呆! それは色々引っ掛かるじゃろうが!」


 言われた通りにドローン付きヘルメットを被り、あご紐を縛る。通信ができるヘッドホンも装着。……いやまさか、これで僕を飛ばそうってつもりじゃないよな、あっはっは。


「では、お主を飛ばすぞ」


「やっぱり!?」


「それではローターON!」


 じっちゃんがリモコンのスイッチを入れるとドローンが作動し、プロペラが唸りをあげた。ドローンが僕を、正確には僕の頭を持ち上げるように浮き始める。


 あが、あがががが!?


「じ、じっちゃん! 首が、首がもげる!」


 僕の首ひとつに胴体がぶら下がる形になり、めちゃくちゃ引っ張られる感触がした。首の骨が脱臼するんじゃないのこれ!?


「将来はな、夢人。このドローンが人を運ぶ時代になるんじゃ。想像してみるがよい。地上から車が消えて、空を飛び交うドロコプターの姿をのう」


「キモすぎる!」


 そんな未来は絶対こない。


 山頂付近だから空に障害物はないのだが、風が強かった。強風に煽られてドローンがぐらりと傾き、僕の胴体が風鈴の短冊のように揺れる。ゴキ、ゴキと首が鳴った。


「はげっ!? お、降ろして! 降ろしてじっちゃん!」


「ふむ、盲点じゃった」


「な、何が!?」


「降ろし方の練習を忘れておった」


「試す前に気づけ!」


 いやこれ、冗談じゃなくて命の危機だよ!


 僕はたまらず、ヘルメットのあご紐を解いて地上へ落下した。



◆◇◆◇◆◇



 草原に寝っ転がって、壮大な山の景色を堪能する。


 じっちゃんはドローンを改装しつつ、ノートPCで自動プログラムを組んでいた。キーボードを打つ音さえも眠気を誘うほど、気持ちが良い。


「よくやったでの夢人。これで特許を取れば儂らは大金持ちじゃぞ」


「もし大金が手に入っても、全部発明品の経費になるじゃん。そして犠牲者が増えていくんだ」


「わかっとるではないか」


「せめて犠牲者は否定して?」


 昔、地球にいた頃はよくこうしていたっけ。もちろん、百年近く経っても忘れることはない強烈な思い出だ。


 ……なにか違和感を感じる。なんだろう。百年ってなんだ?


「カカカッ! それにしても、夢人は頑丈じゃな。あの高さから落ちて無傷とはの」


「そりゃあ、今の僕は半神族デミゴッドだから。身体能力は抜群だよ」


「ふむ。お主の血液サンプルを取って筋力増強剤でも作るかの」


「孫の血液をドーピング剤に使うなよ。……っ!?」


 思わず飛び起きる。ぼんやりとしていた違和感が急にはっきりと現れた。


 慌てて車に駆け寄り、サイドミラーを覗き込む。


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 僕は確かに異世界転移をして、新しい体を手に入れた。あの冒険は紛れもない現実だ。


 そういえば、この世界で他の人に一度も出会っていない。


「……これは夢か幻なのか?」


「なんじゃ、今更気づいたのか」


 普段と変わらぬトーンで答えが返ってくる。思わず祖父を凝視するが、サングラスに隠れたその瞳を見ることはできない。


「やれやれ、楽しい時間もここまでじゃの。後ろを見るがよい」


 言われた通りに振り返った瞬間、空の景色が一変していた。


 あれほど晴れていた空が曇り、ビュウビュウと冷たい風が吹きすさんでいる。山々の向こうには、真っ暗な「闇」が一面に広がっていた。まるで巨大すぎる壁だ。闇の表面が枝のように空間を侵食し、段々と僕達のいる山へ迫ってきている。


「アレはお主の心に取り憑いた闇じゃ。飲まれれば正気ではいられんのう」


 どうすれば、何をすればよいか思考を巡らせようとする。しかし何も思いつかない。呆然と、ただ闇を待ち受けるしかなかった。


「心配せんでも、迎えが来るでの」


 その言葉と共に、暗雲に覆われていた空に一筋の光が差し込む。


 そして雲をかき分けるようにして現れたのは、黄金色に輝く巨大な鯨だった。剃刀鯨ラソイオホエールと同じか、それ以上にでかい。水中を泳ぐように空を飛んでいる。


「……なんだよ、あれ」


「惑星アトランテの星核ほしざね、神獣【クジラガミ】じゃよ」


 クジラガミの輝きに怯んだのか、迫っていた闇が動きを鈍らせる。闇の枝がクジラガミを避けるように形を歪めた。


「よし、プログラム完成じゃ。では行ってこい」


「えっ?」


「それではローターON!」


 気づけば僕は再びドロコプターを被っていた。じっちゃんの合図と共にドロコプターが動き出し、僕を空へと誘う。


「なっ……。じ、じっちゃんは!?」


「カカカッ。儂はいいんじゃよ。久しぶりで楽しかったのう夢人」


 ドロコプターがクジラガミの方角へ飛ぶ。ぐんぐんと山頂が遠ざかり、あっという間にじっちゃんが豆粒ほどの大きさになった。


 クジラガミの大きな瞳が僕を捕らえたのか、体を捻って旋回しつつ僕の真下を通過する。これは乗れという意味だろうか? あご紐を外して鯨の胸ビレに落下した。


 クジラガミが鳴き声をあげて上昇する。暗雲を抜ける直前、闇に飲み込まれるじっちゃんが見えた。


「じっちゃーーん!」


 クジラガミは空高く飛翔し、宇宙へと……



◆◇◆◇◆◇



 ――起きて、マタタビ君。


 誰かが、僕を呼んだ気がした。


 ゆっくりと目を開ける。ランプの明かりが飛び込んできた。そしてその光を遮るように、ふたつの影が僕を覗き込む。


「マタタビ君? マタタビ君!」


 今にも泣きそうな表情の女神モモと、心配そうな表情のリトッチが視界に映った。ぼんやりした意識をはっきりさせようと、ベッドからのろのろと上半身を起こす。


「――モモ様」


 僕の言葉を待たずに、女神モモがぎゅっと抱きついてきた。華奢な体の温かいぬくもりが伝わってくる。


「本当に、本当に心配したんですよ」


 その言葉と共に、少女が堰を切ったように泣き始めた。えぐっえぐっと声をあげ、鼻水をすすっている。僕は安心させるように彼女の背中をさする。


「もう大丈夫です、僕は大丈夫です」


 リトッチを見ると、彼女は何を言うべきか迷うように表情を変えた。安堵や気まずさ、ちょっぴり恥ずかしさを見せながら頭を掻いている。そして僕に向けてそっと手をあげた。


「……ようやく、戻って来たな」


「ええ、ただいま。リトッチ」


「おう、おかえり」


 僕も手を挙げ、軽くハイタッチ。


 こうして、僕は闇から帰還した。



◆◇◆◇◆◇



 死霊王の《闇なる波動(ダークブラスト)》を喰らった僕は、一週間以上も昏睡状態にあった。


 そこでリトッチが治療薬を調合して僕に飲ませたところ、見事に回復したというわけだ。


 宿屋で助けた少年「ココ」も調合を手伝ってくれたらしい。お礼を言いたかったのだが、彼は姿をくらましてしまったとのこと。ココも冒険者らしいので、いつか再会することを祈ろう。


 同じく昏睡状態だったウルウルも、治療薬を飲んで目を覚ました。


 これでめでたし、めでたし。


 ……と言いたかったところだが、ひとつだけ懸念が残った。


 左腕の前腕に、闇の一部が痣として残ったのだ。何となく手形っぽいので気味が悪い。ほんの少しだけ痺れを感じる時もある。《治癒ヒール》や《衣装コスチューム》でも元に戻らなかったので、後遺症として受け入れることにした。


 結局、僕が夢で見たじっちゃんは何者だったんだろう。本人じゃないよな。僕が生み出した幻だったのか?


 たとえそうでも、また会いたいと思った。


 何はともあれ、体調が回復したらセンノヒメ王将に挨拶しにいこう。

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