表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/174

49. VS魔人ヨタカ

 首都の遥か上空。


 濃霧よりも高い高度で、アタシと魔導師は魔術合戦を繰り広げていた。


「これならどうだ、《炎の揺り籠(キャンドルファイア)》!」


 飛び回る魔人に箒の穂を向けて、渾身の魔術を放つ。爆炎の奔流は、しかし身のこなしの素早い鳥人族バードマンに難なく躱された。


「ホホゥーー! 《真空切断エアスラッシュ》!」


 魔人が羽ばたき、真空の刃を繰り出す。箒を操って紙一重で斬撃を回避……したつもりが、パラパラと髪の一部が宙に舞って落ちる。


「くそっ! 乙女の髪になんてことしやがる!」


「このすばしっこい小娘が! これ以上、私の手を煩わせるな!」


 戦闘力は現状で3:7といったところだ。一手でもミスると死が待っている。


 騒ぎに気づいたのか、濃霧の中から数名の魔術士が飛んできた。千代ちよ御苑ぎょえんを警備していた近衛兵のようだ。箒ではなく、辰山雉シンザンキジと呼ばれる大型のきじに乗っている。


「後は我々に任せろ!」


「馬鹿っ! 近寄るなっ!」


 警告むなしく、彼らが魔人に突進した。奴が翼を広げて目玉模様を見せる。辰山雉シンザンキジもろとも、大半の近衛兵達が意識を奪われて墜落していった。


 咄嗟に腕で目を隠した魔術士に対しては《真空切断エアスラッシュ》が襲い掛かる。あの魔術は《風詠み》無しだと軌道を読むのが難しい。残りの近衛兵があっけなくバラバラに切断され、その体が無造作に濃霧の中へと落ちて行った。


 くそ、やっぱりこのままじゃ近づけないか。


 完全に攻めあぐねていると、魔人が突如として動きを止める。そしてボールのように、滅茶苦茶にその場を撥ね回り始めた。


「ホホゥーー! ホホゥーー!」


「急にどうした!?」


 いきなりの奇行に思わずびっくり。困惑するアタシを無視して、魔人は声高に騒ぎ立てる。


「ウルウル! ああウルウル! どうして貴方は言われた通りのことをしないのですか! 私に従っていれば良いものを、魔王の手まで煩わせて! これでは面目が、面目が丸つぶれではありませんかァーー!」 


 魔人は怒りで顔を歪ませ、完全に目がイッているように見える。最初に対峙した時の冷静さや紳士さは欠片も見当たらない。


 こういう時に攻撃すると、逆恨みで余計にキレるんだよな。一撃で倒せる魔術は完全に見切られているし、どうしたもんか。


 空を撥ね続けている魔人を観察していると、モモから《念話テレパス》が飛んできた。かっこつけている場合じゃないな。マタタビに助けを求めよう。



◆◇◆◇◆◇



『リトッチに《念話テレパス》を送ってみます。支援を頼みましょう』


 モモ様が《念話テレパス》を発動すると、彼女はすぐに答えてくれた。どうやら近くにいるらしい。


『――ちょっとこっちを手伝ってくれないか』


 リトッチも似たような状況なのか、かなり切羽詰まった声だった。


「奇遇ですね、僕も同じことを言おうとしてました」


『おいおい、アタシは暗殺の首謀者と戦っているんだが。こいつ倒せば終わりじゃね?』


「僕は序列3位の魔王と戦っているのですが」


『はあっ!? なんでそうなってんだよ!』


「僕が聞きたいですよ!」


『アタシと一緒に考えた最強無敵の魔術があるだろ、そいつを喰らわせてやれ』


「例のスゴいぞかっこいいぞな光魔術ですよね。濃霧のせいで撃てないんです」


 リトッチが一瞬沈黙し、ため息をついた。しまった、確か濃霧は魔導師の仕業だったか。彼女のせいみたいな言い回しになってしまった。気まずい。


「すみません、リトッチのせいでは……」


『まったく、やっぱりアタシがいないと駄目だな。世話の焼ける勇者様だ』


「リトッチ?」


『時間を稼げ。魔導師を倒して霧を晴らしてやるよ』


 その声色は、いつものかっこつけたがりな彼女だった。敢えて冷静に振る舞っているのだろう。こっちも余裕があるように振舞う。お互いに励まし合う感じだ。


「魔王と首謀者を倒したらお祝いしますよ。例の杖も買いましょうね」


『約束だぜ。通信終わり』


 彼女との《念話テレパス》が途絶える。モモ様が心配そうに呟いた。


『リトッチが心配です』


「大丈夫ですよ。なんたって彼女は将来――」


 僕は濃霧の空を見上げて、リトッチの勝利を祈った。


 さて、こっちはこっちで時間を稼がなきゃな。



◆◇◆◇◆◇



 あーあ、約束しちまった。


 しょうがねえなあ。あいつも絶体絶命のようだし、アタシも覚悟を決めて勝負するか。


 この策に奴が嵌るかどうか、賭けになるな。


 暴れまわる魔人に対して《火球ファイア》を投げつける。魔人は翼で火球を叩き落とし、ギョロリと睨んできた。


 奴は頭に血が上っている。だがまだ足りない、もっと煽ってやらなきゃな。


「おいおいどうした? 思い通りにならないからって、みっともない奴だな。魔導師の名が泣くぜ?」


「黙れ小娘が」


「ハッ! 何百年生きているか知らないが、所詮は魔国ストゥムに引きこもっていた臆病者じゃないか。案外大したことはないんだな」


「ホホゥーー! 死ねクソガキ、《旋風惨禍トルネードカラミティ》!」


 魔人が翼を広げると、風が一点に集まって巨大な球を作った。まるで圧縮された竜巻のようだ。それをいくつも生み出し、アタシ目掛けて射出した。飲み込まれてしまうと、球の中心でズタズタに引き裂かれてしまうだろう。


「頼むぜ、スターダスト」


 頼みの箒をとんとん叩き、急加速。《旋風惨禍トルネードカラミティ》を躱し、その吸引力に負けじとスピードを上げ、その場から逃げる。向かうは遥か空の上だ。



◆◇◆◇◆◇



 かつて、魔人ヨタカは嵐王ズムハァに進言したことがあった。


「ズムハァ様、なぜ人族ヒューマンに復讐をしないのですか。この惑星を支配し、ゆくゆくは惑星ウェロペに侵攻するとばかり思っておりましたが」


「我らの復讐は、既に終わったではないか。この魔王城を見るがよい」


 魔王城の壁や床、さらに柱や椅子や装飾品に至るまで人骨が埋め込まれていた。ふたりが滅ぼした王国の住人の躯は、こうして飾られているのだ。


 哀れな犠牲者らは、しかし同情するには値しない。何故ならふたりの同胞である鳥人族バードマンを大量虐殺した過去があるからだ。


 それはT.E.1265年から85年にかけてのこと。


 複数の惑星で流行病パンデミックが発生し、その原因は不明のまま数億人が死に至った災害があった。結局、流行病パンデミックはある日を境にぱたりと消えた。


 その災害を「鳥人族が運んでいる」と断定した人族ヒューマンの王国が、感染を防ぐ名目で罪もない鳥人族を()()したのである。


 ヨタカは人族の愚かさに嘆き、彼らに復讐するために邪神へ祈った。力を得て、ズムハァと共に悲願を果たしたのだ。代償として「流行病の原因は魔王ズムハァである」と人間どもに流布されたが、ズムハァは箔がついたと黙認した。


「ホホウ、復讐はまだ終わっておりません。同胞たちの嘆きが毎晩聞こえてくるのです」


「俺を焚きつけても無駄だぞヨタカ。貴様は実績をあげて魔王の席に就きたいのだろう」


 魔人ヨタカは気まずそうに身じろぎして、こうべを垂れる。それは自らの不満が顔に出ると察してのことであった。


「流石はズムハァ様。お見通しでしたか」


「貴様に魔王は無理だ。身の丈にあった余生を過ごせ」


 結局、ヨタカは魔国ストゥムの運営を数百年間も務めることになった。夢を忘れ、呪われた人々に救いの手を差し伸べる日々。それがつまらないわけでは無い、節制した暮らしは彼自身とも相性がよかったのだ。


 しかし魔王ズムハァが不在になり、忘れていた夢がふつふつと湧きあがる感覚を、魔人ヨタカは認めざるを得なかった。



 そして今、夢を叶えるための謀略が尽く打ち砕かれた。



「どいつもこいつも馬鹿にして、私を見下すな!」


 魔人ヨタカは血走った目で、空へと上昇する魔術士を追い回す。翼の羽に風魔術を付与し、次々と投擲。しかし少女は紙一重でそれらを躱しつつ、彼に向って中指を立てた。


 ヨタカは罵詈雑言を吐き出しながら、風魔術を繰り出して彼女を切り刻もうとする。少女は何度か魔術の余波を受けて皮膚が裂かれ出血するも、反撃の炎魔術を放っていた。もちろん躱すことは容易い。


「(小娘の四肢をへし折って、命乞いをする姿を見降ろしながら止めを刺してやる)」


 苦し紛れに炎魔石がばら撒かれるも、それらの爆発を難なく回避。徐々に距離を詰めていく。


 ――突如、少女が速度を落とした。ヨタカは彼女を追い越し、眼下に見据えて余裕たっぷりに宣言する。


「ホホウ、ホホウ。これで終わりです」


 翼を広げ、羽を射出しようとした瞬間、それに気づいた。




 彼の羽が凍り付いていたのだ。




「なっ……いつの間に!?」


 気づけばふたりは、地上からはるか離れた高度1万メートルにいた。気温はマイナス40度に達している。


 少女が執拗に繰り出していた炎魔術が、体感温度を狂わせるためだったことに今更ながら気が付く。


「その様子だと、宇宙に関しての知識は浅いようだな。《風流れ(ウインドストリーム)》!」


 彼女を中心に強烈な上昇気流が発生した。ヨタカと少女が風に乗せられ、更に高度を上げていく。ぐんぐんと気温が下がり、体中が凍り付いていく。


「が……かか……」


 吐く息すら凍り付き、碌に魔術すら発動できないほどの極寒の空。しかし魔術士は平気で《風流れ(ウインドストリーム)》を発動し続けている。彼女との距離が近すぎて、上昇気流から逃れられない。


「(ば、馬鹿な。なぜ小娘は平気なのだ)」


 よく見ると、少女の体が火照っていた。口から炎が漏れ出ている。魔術を発動せず、体内で炎を生み出しているということは。


「まさか……サラマンダーの火か……」


「そういうことだぜ。たまには見下ろすだけじゃなく、上を見てみなよ」


 思わず、言われるがままに宇宙そらを見上げる。星の口づけ(プラネット・キス)が終わったばかりの惑星カラミテが映った。こんな状況でなければ、ヨタカですら美しいと思えるほど大きくはっきりと見える。


「アタシはリトッチ、いずれ大魔導師になる女だ」


 振り返ると、小娘が箒の柄を持って大きく振りかぶっていた。


「じゃあな、運が良ければ惑星カラミテが拾ってくれるぜ」


「や、やめ」


 少女が凍りついて動けないヨタカに接近し、思いっきりフルスイングする。ヨタカはそのまま成層圏を突破する勢いで殴り飛ばされた。


 最早、負けを認めざるを得ない。


「(身の丈に合わないことをした結果が、これか)」


 惑星カラミテの重力に引き寄せられるか、それとも冷たい宇宙に放り出されるか。結果がどちらになるか、彼にはわからない。


 凍ったままの状態で、ヨタカは離れ行く惑星アトランテを見下ろしていた。


「(ズムハァ様。やはりこの惑星は我らが支配するべきでした。なんと、なんと美しいことか)」


 こうして、魔人ヨタカは惑星アトランテから姿を消した。



◆◇◆◇◆◇



 よし。これで奴の魔術は解除されるだろう。


 遠ざかる魔人を見届けながら、ゆっくりと下降する。


「流石にここからじゃ《念話テレパス》は届かないか」


 とはいえ、ふたりなら切り抜けられる。そう信じるしかない。


 魔力もからっきしだし、アタシは賭けに勝った余韻にひたらせてもらうぜ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ