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5. 女神様の信者:1人

 さて、どうやって女神モモを地上へ連れて行こう。


 僕と彼女と女神フレイヤは、テーブルを囲んで知恵を出しあうことにした。


 女神モモ曰く、地上へ行くには大量の信仰ポイント=魔力が必要とのことだった。


『信仰ポイントを貸し借りすることはできるんですか?』


「少なくとも姉妹の過半数の同意が必要よ。地上で邪神が復活するとか、よほどの事態に陥らないと無理ねえ」


「私もその方法はとりたくありません。信仰してくださった人々の魔力を、他の女神に渡す行為は不道徳です。彼らに申し訳が立たないので」


 貸し借り自体は出来るようだ。


『地上へ降りるには、どの程度の魔力が必要なのですか?』


「調べてみるわねー」


 女神フレイヤがポケットからクレジットカードのようなものを取り出した。赤い色をしている。


『それは何ですか?』


「ポイントカードよん」


 人々の信仰はポイントカードに溜まっていた。シュールだ。


 女神フレイヤがカードの表面に触れてなんらかの操作をすると、空中に英語に似た文字が浮かぶ。どうやらカードの取扱説明書のようだ。


『モモ様も持っているんですか?』


「はい。魔力ゼロなので一度も使ったことはありませんが」


『魔力ってどれくらいのペースで溜まるんですか?』


人族ヒューマンの大人が祈りを一回捧げると、その日に1ポイント分の魔力が徴収されます。それが大体の目安です」


「えっとー、女神の場合は1億ポイントのようねえ」


『1億ポイント!?』


 つまり1億人の人間が祈りを捧げないと、地上に降臨できないのか。1億ポイントの貸し借りは無理そうだなあ。


 女神フレイヤのポイントカードを見ると、12桁の数字が刻まれていた。保有しているポイント量のようだが、現在進行形で目まぐるしく数字が上昇している。


 やべえ、このセックスモンスターの信仰ポイントが200億を超えているぞ。


「私はしょっちゅう地上へ降りてるけれど、溜まる一方なのよねえ」


 何度も地上へ行ってナニをしているんでしょうか。


「フレイヤ姉様をおかずに自慰行為をはたらくと、それだけで魔力が徴収されますから」


 しゃーない。全人類の男はドスケベだからしゃーない。しかし、よりハードルが上がってしまった。1億ポイントか……どうやって集めよう。


 悩んでいると、女神モモがピンク色のカードを見つめたまま硬直していることに気づいた。あれが彼女のポイントカードのようだ。


「なになに、モモちゃんどしたの~~?」


 女神フレイヤが彼女のカードを覗き込むと、嬉しそうに悲鳴をあげる。


「マタタビ君、みてみて! ポイントが溜まってるわ!」


『えっ本当ですか?』


 確かポイントはずっとゼロのはずだったよな。カードを見てみると数字が【000,000,000,001】と刻まれている。どういうわけか、誰かが女神モモを信仰したらしい。


 なんか知らないけれど光明が見えたぞ。


「良かったわねえ、モモちゃん♪」


『良かったですね、モモ様』


 女神モモを見上げると、彼女は信じられないという表情で数字をじっと見つめている。


 ――そして、堰を切ったように泣き出した。


「ぐすっ……ぐすっ……っ……」


「よしよし、モモちゃん。本当に良かったわねえ」


 女神フレイヤが彼女を抱きしめて、優しく頭を撫でる。


 僕はハンカチをそっと差し出した。


 100年間で初めて手にした魔力。女神モモにとって偉大な一歩なのだ。



◆◇◆◇◆◇



 結論を述べると、あの魔力は僕が捧げた祈りだった。


 数日前、僕は女神モモに祝福あれと祈った。それで魔力が供給されたのだ。試しにもう一度祈りを捧げると数字が1ポイント上昇した。


 考えれば単純なことだった。転生前だからできないと決めつけていたのだが、僕も魔力を受け渡すことができるのだ。


 その事実を女神モモに話すと、彼女は僕をぎゅーっと抱きしめた。


 言葉はなかった。僕もお礼なんていらなかった。見返りが欲しくて祈ったわけじゃないからね。


『信仰ポイントって、1日に1ポイントしか捧げられないのですか?』


「強く信仰すればもっと捧げられるわねえ。あとは個人の魔力量かしら」


『個人差があるんですか』


「この世界の人間は地球人と少しだけ違います。説明しましょう」


 女神モモが部屋から人体模型を持ってくる。


 そしてコップに入った水を模型の頭にかけた。人体模型の全身に水が流れていく。


「魔力というものは体内……正確には脳から自然に溢れてきます。溢れた魔力は体全体に行き渡って健康を維持するのです。その点は地球人もこの世界の人々も同じです」


 そういえば、じっちゃんは80歳を迎えたのにめちゃくちゃに元気だった。筋力も維持していたし、普通の老人のレベルを超えていたな。祖父は魔力量が常人より多かったのだろう。


 次に彼女は、人体模型の脳を取り出してテーブルに置く。


「地球人は魔力をコントロールできません。対してティアマト星系の人類は、魔力を自在に操るために脳に特殊な器官を持っています。それが【魔核(まかく)】です」


 脳をパカッと開けると、中から爪くらいの大きさの透明な石が転がり落ちた。


「信仰ポイントは魔核(まかく)を通して女神に捧げられます」


『普通の大人はどれくらいの魔力を捧げますか?』


「種族差や個人差がありますが、平均すると1日2~3ポイントです」


 魔力と魔核の基本は理解できた。しかしぬいぐるみに魔核なんてあるはずがないよな。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 その点は女神フレイヤも気にしているようだ。


「不思議よねえ……どうやって魔力を捧げたのかしらぁん?」


 女神モモが胸を張って戯言を言い出した。


「これこそがマタタビ君の才能ギフトなのです」


「えっ!?」

『えっ??』


 やべ、女神フレイヤと一緒に驚いちゃった。女神モモはこれ幸いとばかり、出鱈目をペラペラ喋りだす。


「彼はいつでもどこでも、寝てる時もウンコしてる時も祈りを捧げて私に魔力を与えることができるのです」


 女の子がウンコとか言わないの! しかし、よくそんな出まかせを言えるな。魔力を与える才能ギフトだと知ってたら、そもそも相談してねえよ。


「なるほどねぇ、確かに魔力がすっからかんのモモちゃんに相応しい勇者ね!」


 今の話を信じるの!?


 結局、ふたりは勝手に納得していた。女神モモは自己暗示力も結構高かった。僕は魔力を捧げた原理がわからず、もやもやしたまま話題を切り替える。とりあえず今後の方針を決めることにした。


『僕の祈りで1億ポイント溜めれば、モモ様と一緒に地上へ降りられますよね』


「そうねえ、例えば長耳族エルフ竜族ドラゴンの器に転生すれば、保有魔力が桁違いになるわよん♪」


『もっとも魔力が多い種族はなんですか?』


「それはもちろん、半神族デミゴッドね。女神と人類のハーフなら最低でも1日に1000、才能次第では10万ポイントは魔力を捧げられるんじゃないかしら」


『それ凄いじゃないですか! では半神族の器を作ってもらえますか?』


 そう尋ねると、ふたりの女神は顔を赤らめた。なぜだ?


『……僕、なにか変なことを言いましたか?』


「それってつまりー、私達のどっちかに器を作って欲しい、ということなのよねえ」


「人の子はやっぱり変態の子ですね」


『へっ?』


 器って、粘土や陶器のように作るんじゃないの? ほら、ゴーレムみたいな。


「器は作りたい種族の胎内で生成するのよねえ」


『いや、そそそんなつもりじゃなかったです!』


 僕は慌てて否定したが、恥ずかしさで顔が熱くなった。女神様になんてことを頼もうとしてしまったんだ。女神モモの言う通り、知り合いに「お母さんになってくれ」と頼むようなものじゃないか。変態だよ変態。


 大人しく半神族は諦めるか……


 しかしその時、突如として女神モモが手をあげて発言したのだ。


「では私が産みます」


『えっ!?』

「えっ!?」


 とんでもないことを言い出したぞ、この女神。



◆◇◆◇◆◇



 恒星ティアマトは常に夜空なので、昼と夜の概念がない。女神は寝たい時に眠り起きたい時に起きる。


 僕は眠気と格闘しながら、屋根裏部屋のベッドに仰向けに倒れていた。夜空に浮かぶ星の数を数えつつ、女神たちがどう結論付けるのかを待っている。


 女神モモが「私が産みます」と宣言した後、女神フレイヤは僕を屋根裏に押し込んだ。ふたりだけで話がしたいらしい。


 そりゃそうだ。女神モモは100歳を超えているとはいえ見た目は少女だ。色々アウトすぎる。


 ……本音を言えば、女神モモの提案は少しだけ嬉しかった。少女は僕のことをちゃんと見てくれる。じっちゃんのように。


 子が親を選べるとすれば。


 僕は地球の両親ではなく、女神モモを親に選ぶだろう。


 ――アンタなんか、産まなきゃよかった――


 僕の家族はじっちゃんだけだ。両親は僕を忘れたいだろうし、僕も両親を忘れたい。


『……嫌なこと、思い出しちゃったな』


 せっかく異世界にきたのに、地球での辛い過去を思い出して気分が悪くなる。


『……寝よ』


 そう気持ちを切り替えるとあっという間に眠りについた。



◆◇◆◇◆◇



 フレイヤは木天蓼夢人(またたびゆうと)を屋根裏に閉じ込め、モモとふたりだけで話すことにした。


「モモちゃん、急に何を言い出すの?」


 彼女は困惑した表情でモモを問い詰める。


「私が産めば彼は半神族になります。勇者として相応しい肉体が手に入ります。それに私に捧げる魔力が増えるので、その分早く目的を達成できます」


「そんな不純な動機で子供を産むなんて、私は反対よ」


 フレイヤは動揺を隠しきれずにいた。モモは口では打算的なことを言っているが、本音は別だ。後ろめたさは見られず、揺らぎのない瞳でフレイヤを見つめている。自分の行動が正しいと確信している目だ。


「どうしてマタタビ君にそこまでしてあげようと思うの? ――()()()()()()()()()()()()()()()


 彼女はもちろん、マタタビが勇者でないと見抜いていた。なぜなら《転移テレポート》の下りはひっかけだったからだ。勇者と言えど、単独で《転移テレポート》は使えない。


「私にも自分の感情は正確に説明できません」


 モモは彼女の揺さぶりを軽く流した。あくまで冷静にフレイヤを見据えている。


「姉様らは個々の能力を生かして信者や勇者を祝福しています。ですが私には特別な能力がありません」


「それは、成長すればいつか身につくわ」


「目の前に私を信仰する人の子がいるのです。例え特別な能力がなくても、どんな形でもいい。私は彼の力になりたい」


 モモは一拍おいて、はっきりと口にした。


「それが、私の祝福なのです」


 ――ああ、この子は純粋に女神であろうとしているのねえ。


 モモが塔に引きこもる前、フレイヤは彼女を女神として認めていなかった。女神ではなく子供として扱っていたのだ。


 他の女神がモモを虐めた時、フレイヤは彼女を庇った。小さい子供に対してひどい仕打ちだと思った故の行動であった。しかし少女はフレイヤに懐かず、逆に避けて塔の中に引きこもった。


 その理由にようやく気づく。モモは自身を子供ではなく、対等な女神のひとりとして扱って欲しかったのだ。


 フレイヤは自分の頭を小突いた。100年間も気づかず、なんて馬鹿なんだろう。


「姉様?」


「ごめんなさいねモモちゃん。アナタはもう立派な女神よ」


「昨日までは子供だったかもしれません。ですが、勇者であるマタタビ君が私を女神にしたのです」


「……そうね。彼ならきっと、本物の勇者になれるかもしれないわねぇ」


 フレイヤは、漂流者であるマタタビをしばらく見逃すことに決めた。何故ならふたりはお互いに「慈愛」の心を持っているのだから。


 彼女は愛の味方である。


◆◇◆◇◆◇



 僕は廊下に立っていた。目の前には女神モモの部屋のドアがある。視界がぼんやりしていて身体がふわふわとしている。


 どうやら夢の中らしい。


 ドアには「子作り中」という札がかかっていた。部屋の中から女神モモと女神フレイヤの嬌声が聞こえてくる。


 ――僕はなんてはしたない夢を見ているんだ。 


 自分の頭を叩くが痛みは感じない。いや起きる必要はないか? きっと子供を産むとかそういう相談をしていたからだろう。女神フレイヤのフェロモンにあてられたのかもしれない。


 どうせ夢だし、覗いちゃおうかな。


 僕がドアを開けて部屋の中を覗くと、椅子に女神モモが座っていた。お腹がぽっこり膨らんでいる。


「妊娠しました」


『えっもう!?』


 やっぱりその体格じゃ不味いですよ色々と!


「う、産まれるー!」


『産まれる!?』


 女神が叫ぶと、ポーンと赤ん坊が生まれて床をバウンドし、ベッドの上に落ちた。扱いがぞんざいすぎる……


「どうぞ、マタタビ君の器です」


『嫌ですよいくらなんでも!』


「ええっどこか変でしたか?」


『全部変です!』


 断固反対。僕はその態度を貫こうと決めた。


「仕方ありません。受け取らないのなら、契約を終了して人の子が漂流者だと……」


『マタタビ、転生しまーす』


 前言撤回。ぬいぐるみから僕の魂が抜け出て赤ん坊にダイブする。


 景色がぐにゃりと歪んで、意識が薄れていく。


 僕は深い眠りに誘われ……

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