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44. VS魔人ムネノリ

 濃霧の中を歩く。


 僕は先頭だ。その後ろを大使オーラグインと付き人達がついて来ていた。


「到着しました」


 ようやく、霧の向こうから宮殿の門が顔を出した。近衛兵が僕達に気づいて駆け寄ってくる。


「では大使様、宮殿の中に……」


 振り返ると、霧の向こうに巨体の影。


「ハーッハッハァ! 見つけたのだ!」


 濃霧を切り裂き、「刀」が一同に迫る! すぐさま反射の型(ルフ・フォーム)を発動。その場から跳躍し、刀の横っ面を飛び蹴りで叩いて逸らした。


「むぅっ!?」


「皆さん走って!」


 付き人達が悲鳴をあげながら門の中に逃げていく。僕は現れた大鬼族オーガに対して徒手空拳で構える。大使様は僕の背後に回った後、刺客に向かって叫んだ。


「何者にょろん! 私を海鳥王国の大使と知っての狼藉にょろか!」


「その通り。大人しく吾輩に斬られるのだ」


「にょっろ~~~ん!! 何たる無礼な男にょろん! 恥を知るにょろん、船巻貝シャンクの糞にも劣るデクの棒にょろん!」


 ……んー、んー、んー! 笑うな僕! 今は目の前の敵に集中! ていうか大使様、早く逃げて?


「しかし、なかなかやるではないか女子おなごよ」


 男は不敵の笑みを浮かべて僕を見下ろした。初めて見る三本角に、背中から生えた3本目の腕。こいつも暗殺犯のひとりに違いない。


「お前も魔人か!」


「ハーッハッハァ! その通り、吾輩は魔人ムネノリ。魔王ズムハァに仕えているのだ。ボクゼンの次は、そこの大使が吾輩の獲物なのだ」


 思わず舌打ちしそうになる。全員は守れないと覚悟していたが、既に将軍は暗殺されてしまったようだ。


 魔王ズムハァについては女神モモから聞いていた。序列5位、魔国ストゥムの王だ。調子に乗りやすい女神モモをして「倒すことは考えないように」と忠告するほど危険な敵。その部下なら、間違いなく序列二桁の魔人だろう。


 魔人ムネノリは右手で顎を触りながら、僕とオーラグインを値踏みするかのように見つめている。


「先ほどの反射の型(ルフ・フォーム)、刮目に値するのだ。並々ならぬ鍛錬を積んだであろう。貴様は吾輩に挑む資格がある」


「資格だって?」


「その通り! 貴様は強い、故に吾輩に斬られる運命なのだ。さあ、刀を取れ」


 男が刀を1本投げつける。僕はそれを躱しつつ柄を掴んだ。……今度は武人気質の魔人だったか。とことん暗殺に向いていない性格の奴ばっかりだな。警戒しながら刀を構える。刀自体には何も仕掛けられていないようだ。


「悪いけど、ウルウルを追わないといけません。さっさと片付けさせてもらいます」


「ハーッハッハァ! 気に喰わん小娘だ。これから八つ裂きにしてぶっ殺してやるが、その蛮勇に敬意を表してやるのだ。名乗る時間をくれてやろう」


 ますます武人っぽい奴。どうせだから、冥土の土産に名前を教えておくか。刀を構えて息を吸い、自分を鼓舞する意味も込めて宣言する。


「手前勝手に殺戮を行うその所業、邪神が許しても女神は許しません。聞け、魔人! 僕はマタタビ、女神モモに祝福された勇者(仮)だ! 邪道に生きるお前に報いを受けさせる!」


 切っ先をムネノリに向ける。背後で「か、かっこいいにょろん……」と大使の声が聞こえた。ちょっと嬉しい。後でリトッチに自慢しよう。対して魔人は一瞬硬直するが、すぐに大笑いを始めた。


「ハーッハッハァ! まさかこんなところで、かの有名な勇者(仮)に会えるとは! これぞ天命なのだ!」


「えっ? もしかして知ってるんですか?」


「もちろんだ、その名を知らぬ魔人はいないだろう! なにせ二つ名が『女装癖のマタタビ』なのだからな!」


「えっ!?」

「にょろんっ!?」


 なんで魔人ジャジャ婆が(勝手に)名付けた二つ名を知ってんの!?


 背後では「へ、変態にょろん……」と大使が呟いていた。違うんですよ大使様、これは護衛のために仕方なく女装しているんです。だから変態呼ばわりやめて。傷つきます。


「貴様を倒せば魔王幹部の座が手に入るのだ! さあ、その首を頂戴してやろう!」


 くっそー。魔人ジャジャ婆が言っていたことはこういうことか。もういい、この魔人に八つ当たりしてやる。


 ムネノリが3本の腕で3本を刀を構えた。1本は僕に渡したはずなのに、いつの間に予備の刀を……? なにか絡繰りがありそうだ。


 僕は刀に魔力を流した。聖剣とは勝手が違うが、負ける気はしない。




◆◇◆◇◆◇



 回想。2週目の人生、51歳。


 初めて剣術のフォームを知ってから、ノームと鍛錬を続けて30年が経過していた。


「剣技《鮫竜爪こうりゅうそう》!」


 地面を抉るように剣を振り回す。魔力の刃が地面から突き出て、まるで海面を泳ぐ鮫の背びれのような動きで地面を這いながらノームに突進する。


「《鋼体スチール》!」

 

 彼はよけもせず、体を硬化させて魔力の刃を受けた。しかし胸に裂傷が走り、体を構成している岩の一部がはじける。


「あぁぁぁあ……! なんという快感、いや威力です! 素晴らしい!」


 何十年も一緒に鍛錬をしていると、彼の性癖に対して何も思わなくなった。一礼して剣舞の型(ケンブ・フォーム)を解く。


 ノームは落ちた石ころを拾って、無理やり欠けた胸にはめる。すると石ころが接着して離れなくなった。


「ずっと気になってたけど、その石ころはノームの一部?」


「いえ、これ服です」


「服!? 素っ裸じゃなかったの!?」


「まるで私が変態みたいな言い方ではありませんか! ショックでございますよ勇者様!」


 堂々と性癖をさらけ出しておいて、よく変態じゃないとか言えるな。


「ごほん。剣舞の型(ケンブ・フォーム)も極めつつありますな。これで6つ全てのフォームを習得したと言って良いでしょう。師範代として光栄の至りです」


「ありがとう。ノームの指導が良かったからだよ」


「いえいえ、マタタビ様の努力が実を結んだのです。普通の剣士は、2つか3つのフォームを習得するだけで一生を終えますから」


「確かに、それは自慢できるね。ま、祈りと剣術の鍛錬以外にすることが無いから」


 庭で洗濯物を干している女神モモに手を振る。少女が嬉しそうに手を振り返した。……彼女はいま何の役をしていたっけ? どうでもいいか。


「さてマタタビ様。ここからが本番でございますよ」


「ん……? これで終わりじゃないのか」


「まさか! 剣術を極めるということは、果てしない宇宙を泳ぎ続け、遠くの輝星に手を伸ばすようなものです」


「永遠に終わらないってことか。なら極めたってしょうがないんじゃ?」


「はっはっは。身も蓋も無い事を言えばそうですが、ゴールはあります。宇宙ではなく……」


 ノームは指で僕の胸をとんとん叩いた。


「貴方のゴールは、常に貴方の胸の内にあります。なんだってそうです」


「……僕の胸に?」


「ええ。聞いてみてください。ゴールに辿り着いたかどうか」


 自分の胸に手を当ててみると、心臓の鼓動が伝わってくる。これまで覚えた剣技の数々を思い出すと、自然と胸の高鳴りが早まった。


 ……何となくだが、まだ先がある気がする。僕の剣術は終わりじゃない。


「ノーム。終点はまだみたいだ。もっと教えてくれ」


「その言葉をお待ちしておりました、勇者様」


 ノームは木刀を構え、新しいレッスンを始める。


「では、次は流派【天空流】についてお話しします」



◆◇◆◇◆◇



 魔人ムネノリが3本の刀を同時に振り下ろす。僕は刀1本でそれを受け止めた。


「ハーッハッハァ! いくぜ女装癖のマタタビ!」


「いちいち二つ名呼ぶの止めて!?」


 ムネノリの3本の刀が次々と襲い掛かる。一呼吸で三合。僕は敵の斬撃を全て斬り払った。


「剣技《鮫竜爪こうりゅうそう》!」


 刀を振るって地面を抉る。土や石礫が魔人に叩きつけられるが、奴は意にも返さない。一拍遅れて襲い掛かる魔力の刃を、男は剣技で打ち消す。


「剣技《三斬火斬さんざんかざん》!」


 暴れ狂う炎の竜を模した剣舞が魔力の刃を斬り払い、そのまま僕を焼き尽くさんと迫る。万が一傷を負ったら《治癒ヒール》による回復は追いつかないだろう。だったら。


「――剣技《三極の型(トリニ・フォーム)紅炎(こうえん)》」


 心を静め、水面の上で踊るように剣技を発動させる。先見の型(ウォルデン・フォーム)で刀の軌道を予測。反射の型(ルフ・フォーム)で弧を描くように刀を振るい、剣舞の型(ケンブ・フォーム)の剛力で敵の斬撃を弾いた。魔人が驚きの表情で下がる。


「ぬう! これならどうなのだ、剣技《風雷怒涛烈火斬ふうらいどとうれっかざん!》」


 3本の刀にそれぞれ火・雷・風が付与され、連続で僕に振り下ろされる。どれか一つでも体に触れれば致命傷になるだろう。だから触れずに反撃する。


「剣技《三極の型(トリニ・フォーム)月光げっこう》」


 柔軟の型(アグロ・フォーム)で刀を回避。魔導の型(マギサ・フォーム)で《聖なる光(ホーリーライト)》を発動して相手に目くらまし。剣舞の型(ケンブ・フォーム)でカウンターの斬撃。


 一瞬の光で目がくらみ、ムネノリが瞬きした瞬間。その左手首を切り落とした。


「……っ! 馬鹿な……!」

「は、速いにょろん!」


 男が三歩、四歩と後退する。その顔には冷や汗が浮かび、すっぱり斬られた傷から血がドロドロと流れている。


「ありえん! フォームを1つ切り替えるだけでも、相当な鍛錬が必要なはずなのだ……! それを2つも、剣技中に切り替えるだと!?」


「これを習得するだけでも10年はかかりましたけどね」


 ムネノリは目を見開いて黙った。どうやら実力差を知ったらしい。こいつがどれだけ鍛錬したかは知らないが、こっちは80年近くひたすら剣術を学んだのだ。


 《三極の型(トリニ・フォーム)》は女神ヌートが編み出した流派「天空流」の秘技だ。フォームの切り替え自体を剣技とする、神の舞いを模倣した剣術である。更に四極・五極といった奥義があるらしいので、僕はまだまだ修行中の身だ。


 ちなみに「月光げっこう」はつい先日考えた剣技である。《三極の型(トリニ・フォーム)》は自分なりにアレンジしやすい点も強い。


 もちろん欠点もある。集中力を欠いた状態で発動すると、魔核が混乱して魔力の流れが乱れる。魔力の消費量・肉体の疲労量は通常の剣技の比ではない。そのため乱発はできないが、目の前の魔人は確実に仕留めたい。


「……くく、くくく! ハーハッハァ!」


「どうした、観念したか?」


「いいや! 遂に我が運命来たり! その眼に焼き付けてやるのだ、吾輩の真の生き様をな!」


 魔人は不敵な笑顔を浮かべていた。それは強がりではない。最初よりも生き生きしているように見えた。まるでヒーローに出会ってはしゃぐ子供のようだ。男は腰を低くかがめ、獣のような姿勢で2本の刀を構えた。


 こいつは、強者に出会う事こそが目的だったのか。


 ……一瞬だけ、気の迷いが生じた。この男がどうして魔人になったのか気になったのだ。


 すぐに深呼吸して雑念を追い払う。心が乱れると《三極の型(トリニ・フォーム)》は発動できない。


 ――介錯つかまつる。


 僕は刀を上段に構え、魔人ムネノリを待ち構えた。大使オーラグインが息を飲む音が聞こえる。次で決着がつくと理解しているのだろう。


 ――男が地面を蹴り、僕に向かって突進。


 その時。


「にょろんっ!?」


 背後でオーラグインが悲鳴をあげる。


 振り向くと、彼女に4人の近衛兵が襲い掛かっていた。全員、血走った目で涎を垂らしながら、槍を構えて突撃している。


 その刃がオーラグインに迫る。


 ――僕は大使様を守るため、魔人に背を向けた。

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