40. 魔術士、過去を語る
園遊会の前夜。
僕達は冒険者ギルドの一室で、護衛の段取りを練っていた。
園遊会は岩戸城に隣接する巨大庭園「千代御苑」で行なわれる。受付嬢のツルヒメさんがその歴史を教えてくれた。
「この庭園はT.E.1380年、当時の王将チヨヒメが造られました。【南洋海上国家】の指導者らを招き入れるためです」
「南洋海上国家といえば、確かこの惑星の南半球に住む海人族の国々ですよね」
「はい。当時、南方ウェロペ共栄圏と南洋海上国家の関係は最悪でした。冒険者が【海底神殿アクアーマ】の禁足地に踏み入り、封印されていた剃刀鯨を解き放ってしまったためです」
剃刀鯨は地竜アダマを飲み込んだ超巨大生物だ。確か接触地帯を生息地域にしているんだったな。
「剃刀鯨は復活後、接触地帯上にあった海獣王国・軟体王国を飲み込み滅亡させました。残った国家は南方ウェロペ共栄圏を糾弾し、その加盟国であるイワト王国に戦争を仕掛けようとしたのです」
リトッチも興味を持ったようで話題に入ってきた。
「確かその頃は、イワト王国と魔国ストゥムが戦争中だったんだよな」
「はい。魔国ストゥムと南洋海上国家に挟み撃ちされれば、イワト王国と言えど滅亡は免れません。そのためチヨヒメ王将は、この千代御苑で海人族と条約を結んだのです」
それが【アクアーマ保護条約】。海人族の聖域である海底神殿を保護し、南方ウェロペ共栄圏の遺跡登録から除外するというものだ。
「そして友好の証として、毎年開催される園遊会に南洋海上国家の大使が招かれるようになりました」
「なるほどな。今回はセンノヒメ王将主催の初めての園遊会だ。おいそれと中止にしちゃ、海人族と不和が生じかねないってわけか」
園遊会に招かれる客は約200名ほど。文官、武官、地方の領主に他国の大使が集結する。暗殺者がどんな方法でヒメ様を殺害しようとするのかわからない以上、護衛は一瞬たりとも気が抜けない。
「会場は王都の近衛兵によって警護されます。センノヒメ王将には2名の近衛兵と数名の侍女がつくので、リトッチさんに侍女役をお願いしたいと……」
「すまん、アタシはそういうのは無理だ。会場の外の警備をさせてくれ」
ツルヒメさんの提案を断るリトッチは、かなり素っ気なかった。普段ならかっこつけて冗談のひとつでも言うはずだが……彼女にしては珍しい。
「でしたら、モモアさんに侍女役を」
「無理です」
即答だった。ツルヒメさんが食い下がろうと口を開けるが、めっちゃ真顔の少女を見てすぐに黙った。女神モモの人見知りは未だ健在なので、200名もいる会場で侍女役が務まるはずもないな。最後にツルヒメさんは申し訳なさそうに僕を見た。
「……それでは、お願いできますか」
そうだよな。そうだよなぁ! 消去法で僕が護衛するしかないってわけだ! くそったれ!
「マタタビなら素手でも十分強いし、女装はお手の物だろ?」
「お手の物じゃありません。地上に降りてから、まだ片手で数えるほどです」
「経験はあるんですね……」
ツルヒメさんがやや引いた表情で僕を見ている。視線が辛いけど、もう慣れてしまった自分が怖い。
そんなこんなで、ふたりの担当が決まった。女神モモは「私はF級ですから任務から外れます」とツルヒメさんに伝えたが、実際どうするかは密かに3人で話し合っている。ツルヒメさんにも隠しておきたい秘密の護衛方法があるのだ。
「ティーセレモの方々は何をされるのですか?」
「料理の監視や食事の毒見役をしてもらうことになりました」
ヒデタダ王将が毒を盛られたので、今回もそれを警戒してのことらしい。
こうして事前会議は終わり、僕達は宿屋へと戻った。
◆◇◆◇◆◇
明日に備えて女神モモは先に寝ている。吐息を立てている彼女にそっと敷布団を掛け、リトッチを探す。
ヒデタダ王将が毒殺されたと知った後から、彼女の様子がおかしくなっていた。やや不機嫌な態度を隠しきれていない。得意のかっこつけも、鳴りを潜めている状態だ。
歩き回って、3階の回り廊下の縁に腰かけるリトッチを見つけた。明かりが消えつつある夜の町並みをじっと眺めている。滅多に見せない、憂いを帯びた表情に少しドキッとする。まるで、彼女がひた隠しにしている心の奥底を垣間見たような気分だ。
彼女は僕に気づくとため息をついた。
「どうしたマタタビ。明日は朝から女装の準備だろ? 早く寝た方がいいぜ」
「ええ、すぐにそうします。ひとつ聞いていいですか?」
「断る」
「……」
夜の静寂。時折、野鳥の鳴き声が聞こえる。リトッチは視線を逸らしていたが、黙っていた僕をチラリとみて再びため息。
「まるで、アタシと初めて会った時の表情だな。意固地な奴だ」
「いつものリトッチらしくないので。何か事情があるのではないかと」
「アタシが話すまで寝ないつもりか?」
「僕のこと、よくわかってきたじゃないですか。どうしてもと言うなら引き下がりますけど、良ければ話して下さい。気が楽になるかもしれませんよ」
彼女は再び目をそらして、たっぷり30秒くらい沈黙した。僕も負けじとリトッチを見つめ続ける。やがて彼女は根負けしたのか、軽く舌打ちをして頭を掻いた。
「……あのなあ、いくらお人よしのニセ勇者様にでも、話せないことだってあるんだぜ。それに依頼とは関係ないことだ、お前が気にすることじゃない」
「こういう言い方をするとアレなんですけれど」
僕は腹に力を込めて、思いきって口に出した。
「リトッチの事をもっと知りたいんです。パーティーの一員として、仲間として。元気が無いなら、その理由を知って、僕ができることをしたいんです」
自分でも、耳が赤くなっていることがわかる。偽らざる僕の本心だった。対してリトッチは姿勢をずらして僕に背中を見せる。
「……全く、よくそんな恥ずかしいセリフを言えるな。じゃあ、そうだな。アタシの独り言を聞いてくれ」
僕も回り廊下の縁に腰かける。ただしリトッチとは逆の方角を向いていた。お互いに背中を向け合う形だ。
「師匠に出会う前、アタシも毒を盛られたことがあってな。その時に初めて炎の使い方を知った。毒を燃やせなかったら死んでいたところだったんだぜ」
よほど思い出したくない事なのか、リトッチの声には怒りさえ感じられる。これは彼女の独り言だ。だから僕も、ただ静かに聞いていた。
「しばらくは食事がまともに摂れなかった。周囲の連中がみんな敵に見えていた。誰も信用できず、恐怖で一杯だった。師匠がアタシを攫ってくれなきゃ、ひとりで逃げ出して野垂れ死んでいただろうな」
もしかしたら、リトッチは幼い頃にセンノヒメ王将と似た立場にあったのかもしれない。なんとなくそう思った。
夜風が吹き、僕達の足元に枯れ葉が転がってくる。
「明日の園遊会を乗り切っても、いずれ別の刺客に殺される。あの子は別の惑星にでも逃がすべきだ。多分、アタシが側近ならそうする。惑星カラミテも接触している時期だしな」
数瞬の間、リトッチが黙った。そして絞り出すような声で喋る。
「アタシは師匠にはなれない。師匠と違ってヒメ様を助けようとは思わなかった。そりゃそうだ。会ったばかりの他人だし、面倒だからな。お前らにも迷惑がかかる。そう自分に言い訳した」
だけど、と前置きして悔しそうに呟いた。
「ヒメ様を慰めて、助けようと一生懸命に頭を働かすモモを見ると、我ながら情けなくなってな。正直、アタシはもう護衛の資格がないと思っている。お前の方が適任だ」
リトッチは過去の自分とセンノヒメ王将を重ねているのだろう。そして彼女を見捨てようとした自分が許せないのか。
やっぱり、リトッチはお人よしだ。普通は赤の他人に対して、そこまで苦しんで悩まないだろうに。
僕はそんな彼女が好きだ。
「これは独り言なんですけど」
だったら、僕がリトッチにできることは。ヒメ様にできることは。
「僕は園遊会でセンノヒメ王将を守り抜きます。勇者としての誓いです」
確かに、このままだとヒメ様は殺されてしまうかもしれない。でも少なくとも、明日はそうならない。そして打開策が見つかる未来を掴み取るんだ。そのために今は精一杯、できることをしよう。
「ニセ勇者なのに、よく言うぜ」
リトッチが向きを変えて、僕の隣に腰かけた。枯れ葉を踏む音がする。優しい夜風が、ふわりとリトッチの匂いを運んできた。
「外は任せろ。ヒメ様を頼んだぞ」
「はい、リトッチもお気をつけて」
この依頼は、アストロノーツの名に懸けて絶対に達成してみせる。
◆◇◆◇◆◇
魔国ストゥム。
今日もまた、魔王城の大広間で何百人もの信者達が祈りを捧げていた。
「我らが魔王、ズムハァ様万歳!」
信者達は玉座に座る魔王を称えながら、ひたすら邪神に魔力を供給していた。嵐王ズムハァの傍らに立つ魔人ヨタカが手を挙げて皆を静める。
「ホホウ、ホホウ。皆さん、本日の礼拝はここまでです。どうぞお帰り下さい」
信者達は玉座に向かって何度も頭を下げながら、ぞろぞろと大広間を後にする。最後の信者が退室した後、分厚い扉がゆっくりと閉まり静寂が訪れた。
嵐王ズムハァが背伸びをして、軽快に立ち上がる。
「いやー! 今日も立派に役目を全うしたでござるな!」
ドロンと煙を立ち上げ、魔人ウルウルは《変装忍法》を解いた。ヨタカは侮蔑の視線をウルウルに送りながらも、上辺だけの謝意を示す。
「今日もお疲れ様です、ウルウルさん。演技も大分上達したようで何よりです」
「拙者、黙って座っているだけでござったが?」
「今後もそうしてください」
魔人ヨタカはその場から羽ばたき、天井から逆さまにぶら下がった。この方が安心するからだ。なぜなら、誰も彼もを見下せるのだから。
信者のいない大広間は空虚だった。魔人ウルウルは階段を駆け下りた後、広間の中央で逆立ちになって歩き始める。柱の影に隠れていた魔人ムネノリが、苛立ちを隠せない様子で現れた。
たった3人しかいない、閉め切った大広間では声がよく響く。
「ホホウ、ホホウ。ウルウルさんが描いた園遊会の見取り図は、頭に叩き込みましたかムネノリさん?」
この場を仕切るのは序列17位の魔人ヨタカである。彼は嵐王ズムハァの右腕として長年仕えていた。故に序列の低い2人を内心、これでもかと見下している。彼らを全く当てにはしていないが、馬鹿と鋏は使いようなのだと割り切っていた。
「はっ! 吾輩はイワト王国出身なのだぞ。会場の配置くらい、とっくに知っている」
「それは素晴らしい。明日の園遊会で目標を全員仕留めますよ」
魔人ウルウルが片手をあげて質問する。
「もしかして、目標は複数いるのでござるか?」
ヨタカは目を細めた。ウルウルまで逆立ちしていると、まるで彼が自分を見下しているように見えてしまう。思わずウルウルを殺す方法を10通りほど考えたが、すぐに冷静に戻る。魔王候補のひとりとして、相応の立ち振る舞いを演じなければならない。
嵐王ズムハァはこの20年間不在である。
その事実は、惑星アトランテでは彼らしか知らない。
「ホホウ、ホホウ。例の将軍の依頼はセンノヒメ殺害ですが……この機会に、あとふたり暗殺してしまいましょう。一人一殺、丁度良いではありませんか」
「……本当に、センノヒメ王将を殺すのでござるか? 拙者、気乗りしないでござる」
「おや、貴方らしくありませんねえ。『ニンジャは暗殺が生業』と言っていたのはウルウルさんではありませんか」
ウルウルは逆立ちを止めて、不安そうな表情でその場に座る。
「もし暗殺がバレて、イワト王国や海人族が休戦を破棄したらどうするでござるか? ズムハァ様がまだ……」
彼の言葉をヨタカは遮った。
「ウルウルさん! その話は決して口にしないと約束しましたよねえ? 信者が聞いていたらどうするのです?」
「す、すまないでござる。か弱い少女が頭首でいた方が、休戦状態を維持できると拙者は言いたかったのでござる」
「(馬鹿は黙って言うことを聞け)」
そう罵りたい気持ちを我慢する。しかし苛立ちを隠しきれず、首をコキコキと鳴らした。
「ハーハッハァ! ぬるいぞウルウル! 吾輩はいい加減、盛大な殺し合いをしたくて辛抱溜まらんのだ! ヨタカもそうであろう!」
「(戦闘狂と一緒にするな脳みそ足らず)」
ヨタカは心の奥で精一杯罵倒するが、表情は一切変わらない。
「ホホウ、ホホウ。私もそろそろ序列を上げたいのですよ、ウルウルさん。それに海人族は心配ありません。彼らとも密約を交わしています。目標のひとりは、その障害となりうる人物でしてねえ」
彼は翼を大きく広げ、ウルウルを威嚇するように睨んだ。狼人族の忍者もどきと大鬼族の剣士は、咄嗟に目を逸らす。
「収集家」の二つ名を持つヨタカの翼を、何人たりとも見てはならないのだ。
「ウルウルさん、ムネノリさん。遂に20年の沈黙を破る時が来ました。ズムハァ様もきっとお喜びになります。イワト王国の牙城を崩し、より多くの人間を絶望させ、邪神教へと改宗させるのです」
「フン! 貴様が狙うのは魔王の座だろうが」
「……本当に、ズムハァ様のお許しが無くて良いのでござるか?」
ムネノリの指摘通り、遂に収集家ヨタカは我慢できなくなっていた。嵐王ズムハァの代わりに自らが惑星を征服し、魔王の座を手に入れるのだ。彼は天井から飛び降りて玉座の隣に立つ。大きな翼をマントの下に隠し、声高に宣言した。
「もちろんです。魔国ストゥムに繁栄あれ! 嵐王に栄光あれ! さあ、召喚陣を起動させますよ!」
「ハーハッハァ! 吾輩は強い奴を片っ端からぶっ殺して、弱い奴らを服従させればそれで満足なのだ!」
張り切るふたりとは対照的に、忍者ウルウルの表情は曇ったままだ。
彼は虚しく、空の玉座を見上げるのであった。
 




