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39. ニセ勇者、尻を叩く


 天井裏は真っ暗だ。少しカビ臭い。


「……《聖なる光(ホーリーライト)》」


 人差し指の先から光球を生み出す。僕の息に合わせて埃が揺らいでいた。女神モモが這った跡を見つける。


 リトッチを見張りとして座敷に残し、ほふく前進で少女の後を追った。


 やはりというか、埃が辛い。進むたびに鼻がむずむずするし、蜘蛛の巣が顔に引っ付く。思わずくしゃみがでそうになるが、大声を出したらバレそうなので必死に我慢。闇に向かって変顔を披露している。


 うぐっ。耐えられるわけあるか。頼むから誰も気づきませんように。


 《聖なる光(ホーリーライト)》を解除し、両手で口を押さえつつ小さなくしゃみをした。天井裏は静まり返っている。下の部屋からも反応はない。大丈夫そうだ。もう一回くしゃみ。


 ――すると、暗闇でもぞりと何かが動いた気配がした。


 思わず息を飲む。じっと気配の方向を睨むと、誰かが僕と同じようにほふく前進をしていた。僕に気づいてないのか、ずり……ずり……と小さな音を立てて近づいてくる。


 ……女神モモかな? そうでありますように。


 もう一度《聖なる光(ホーリーライト)》を発動。明かりが灯る。


 そして目の前に映し出されたのは。


 灰色の毛並みを持つ、狼の顔だった。



◆◇◆◇◆◇



 息が止まるとはこのことだ。本当に呼吸を忘れて、思考も数秒間フリーズした。狼人族ウェアウルフの男も同じようで、その目を見開いて僕を見つめている。


 まるでスローモーションのように、狼の口が開き始める。その表情はどうみても「今から悲鳴をあげますよ」という顔だった。僕は反射的かつ奇跡的に手を動かして男の口を掴む。同時に男も手を動かし、僕の口をふさいだ。


「――ッ! ――ッ!?」

「――ッ! ――ッ! ――ッ!」


 お互いの悲鳴がどもった形で吐き出され、天井裏で小さく反響する。数秒後、僕達はアイコンタクトで「静かに」とサインを送り、頷き合った。


 ゆっくり手を離す。


「いやー、危なかったでござる!」


 思わず狼人族の頭を殴る。いきなり大声を出したこいつが悪い。なんだそのボケた顔は、不思議がるな。ひそひそ声で会話を試みる。


「しーっ! 静かにしてください!」


「す、すまなかったでござる。危うく見つかるところでござった」


 へこへこと頭を下げる狼人族の男を改めて確認する。手入れしていない灰色の体毛、狼の顔、そしてどう見ても忍者の格好をした男だった。鼻先が真っ黒に汚れている。


 ……いや本当に忍者いるじゃん! すげえ!


「あの、貴方は忍者ですよね」


 そう確かめるように質問すると、男はまたもや硬直した。そして次の瞬間、何故か僕に抱きつく。そしてえぐえぐ泣き出した。なんでだよ。想定外の事態に今度は僕が固まってしまう。


「は、初めてでござる……よくぞ拙者を忍者だと見破ったでござる!」


「え、あ、はぁ……」


「ベストマイフレンド!」


「まだ出会って20秒!」


 またもやお互いの口を防ぐ。危ない危ない。


 ……しかし、こいつ本当に忍者か? 格好は忍者に相違ないが、大声出したり泣き出したり、全然忍んでねえぞ。


「あの、実は僕……」


「おおっ! 自己紹介がまだであった!」


 ちげえよ。そういうのいらねえよ。僕はどう見ても侵入者だろ、捕まえるなりしろよ。


「拙者、忍者【ウルウル】と申す者。ここで会ったのも何かの縁、いや運命でござるな」


 何言ってんだこいつは。天井裏で会う縁とかないから。


「あの、こんなところで何を……?」


 自分でもアホな質問だと思ったが、聞かずにはいられなかった。いったい何してんだこの忍者?


「真の忍者を目指して、こうして城のあちこちに侵入しているのでござるよ。まさか同志がふたりもいたとは……拙者、感謝感激雨あられ! にんにん!」


 ウルウルは手で印を結んでキメのポーズをしている。……それってもしかして、忍者ごっこって言わない? 一度そう思うと、男の格好が忍者のコスプレに見えてきた。あと気になることを言ったな。


「あの、もうひとり天井裏にいたんですか?」


「左様。桃色の髪のくノ一が、トカゲのごとき速さで這っていったでござる」


「……ありがとうございます」


 それ忍者じゃないです、女神様です。


 ウルウルから方角を聞いたので、とっとと先へ進むことにした。もちろん彼はほったらかしだ。忍者ごっこしているのなら、僕達の事をバラすことはないんじゃないかな、多分。


「では、共に精進するでござるよ。ベストマイフレンド、フォーエバー!」


 この忍者もどきとの出会い、いる?



◆◇◆◇◆◇



 天井裏を更に進むと明かりが見えた。天井板がずれていて、そこから光が漏れているようだ。近づくにつれて咀嚼音が聞こえてくる。下の部屋に誰かがいるな。


 こっそりと隙間から覗く。


 そこには、タンスの引き出しを開けて桃を食べている女神モモがいた。まるで食べ物を頬袋に詰め込みまくったハムスターのようだ。いや、ハムスターはあんなに血走った目をしない。


 僕はゆっくり座敷に降りて、まるで気づいていない様子の少女の頭を叩いた。


「あいたっ」


「あいたっじゃないです。正気に戻ってください」


「……はっ!? わ、私は一体何を……」


「口に桃を詰めまくって言うセリフじゃないです」


 どうやら桃を補給したことで正気に戻ったようだ。良かった良かった。


 ……いや全然よくない。大きな疑問がある。何故この部屋に桃が保管されているのか。この国では所持すら禁止されていたはずだ。


 タンスの引き出しは二重底になっていて、そこに隠されていたことがわかる。微かな匂いに気づく女神モモの凄さ(というよりアホさ)は無視しておくとして、一体誰がこんなところに?


「見てくださいマタタビ君、豪華な女性物の着物です。私に丁度良いサイズです」


「ちょっとモモア、勝手にタンスを漁らないでください。ほら閉まって。帰りますよ」


 女神モモを注意した次の瞬間、入り口のふすまが突如として開いた。そして聞き覚えのある少女の声が響く。


「――あ、え?」


 恐る恐る入り口を見ると、か弱そうな大鬼族オーガの少女が立っていた。小さな二本角に長い黒髪の幼い顔。そして豪華な着物を着ている。僕達3人は固まって、誰も動けなかった。


 たっぷりと沈黙が続く中、少女がゆっくりとタンスに視線を向ける。次に頬を膨らませている女神モモに気付き……


「……う、うぅ、えぐっ、ぐすっ」


 少女、センノヒメ王将はその場で泣きべそをかき始めた。



◆◇◆◇◆◇



 正午。


 ここはセンノヒメ王将の私室らしい。僕はリトッチをこっそり部屋に招き入れた。3人で正座して、目の前で泣き止まない少女を見つめている。凄く気まずい。


「……おい、何があったか説明してくれ」


 これまた面倒事に巻き込まれたな、というげんなりした表情のリトッチに対して簡単に説明。


「忍者に出会って、モモアを正気に戻して、隠されていた桃を見つけて、センノヒメ王将が泣き出しました」


「ツッコミどころが多すぎるだろ」


「僕もそう思います」


「えぐっ、わ、わたし、の、宝物が……」


「桃が宝物!?」


「泣かないでください人の子よ。あの桃は傷んでいましたので40点くらいです」


「全然フォローできてません」


「ち、父上の、最期の、贈り物でし、た……」


「ヒデタダ王将の!?」


 なんてこったい。僕は女神モモの額を地面に押し当てて必死に謝る。


「う、うちのメンバーがとんでもないことを……申し訳ありません!」


「ちょちょちょっと痛いですマタタビ君! 擦れてます、擦れてます火が付きます!」


 桃に関しては全然悪びれないな、この女神様は! しょうがないので彼女のお尻をぺんぺんする。


「ほら! 謝りなさいモモア!」


「あいたっ、やめっ、いたっ、ご、ごめんなさい!」


 ぺしーんぺしーんという気持ちの良い音が響く。僕はえらく真剣に叩いていたが、リトッチは腹を抱えて笑っていた。センノヒメ王将もくすっと笑い、ようやく泣き止んだので一安心。


「も、もう、許してあげて、ください。勇者様」


「良いのですか?」


「あの桃、腐っていた、ので」


「腐り物だった!?」


 慌てて女神モモを見るが、けろっとした顔でアホ面を晒している。うーん、女神様はお腹を下さないのか?


「しかし、どうしてお父上が桃を? この国では栽培も所持も禁止されていますよね?」


 国のトップが宗教の規律を破っていたなんて大問題だろう。


「……私の、我がままの、せいです」


 少女はぽつりぽつりと事情を話してくれた。


 数か月前、彼女は些細なきっかけでヒデタダ王将と大喧嘩したらしい。思春期の少女にはよくあることだ。「仲直りの条件は桃を食べさせてくれる」という無理難題を吹っかけたら、彼は本当に桃を手に入れた。しかし仲直りする前に、王将は毒殺されてしまったとのこと。


 リトッチが頭を掻いて、苦虫を噛みつぶしたような表情になる。


「毒殺か。こりゃ園遊会でも何事か起きそうだな」

 

「父上、に掛けた、最後の言葉、は『大嫌い』で、した」


 彼女はまた泣きそうになるが、ぎゅっと裾を握って気丈に振る舞っていた。……恐らく、ずっと後悔しているのだろう。それでも、跡継ぎとして相応の振る舞いを求められていたに違いない。だけど彼女は10歳そこらの幼い少女なのだ。


 すると女神モモがそっと少女に近づいて、頭を撫でた。そして自身の胸を貸すように抱きつく。


「よしよし。悲しいことがあったのですね、人の子よ。我慢して辛かったでしょう。好きなだけ、泣いて良いのです。好きなだけ、後悔して良いのです」


 女神モモの不意の行動に、ヒメ様は……


 堰を切ったように、わんわんと泣き出して彼女の胸に顔をうずめた。今度は心の底から泣いたのだ。



◆◇◆◇◆◇



「どういうことか、説明してもらおうか」


 般若と見間違えるような憤怒の表情で、付き人のランマルが僕達を睨んでいた。泣きつかれたセンノヒメ王将は、彼の膝上ですやすや眠っている。


 彼女は桃を隠し持っていた事実を、誰にも話していないと言っていた。バレたら大問題なので、ランマルには適当な嘘をつくしかない。誰かを生贄スケープゴートとして差し出す必要がありそうだ。


 ……あの怪しい忍者もどきのせいにしよっと。


「実はモモアが天井裏に潜む忍者に気づきまして。ふたりで登って確認したところ、確かに忍者らしき影を見ました。センノヒメ王将の私室に侵入して、服か何かを盗んだようです」


 全てを忍者ウルウルのせいにして本当にすまないと思っている。だけど城の天井裏を歩き回るのはいけないことなんだぞ。……次に出会ったら謝っとこ。


 しかし、ランマルは険しい表情のまま告げた。


「なんだその、ニンジャというのは」


「えっ?」


「すまんマタタビ、アタシもそれを聞きたかった」


「あ、あーニンジャですね、わかりますよマタタビ君。緑の葉っぱに赤い根っこの野菜です」


 それニンジン! っていうか誰も知らないの忍者!?



 閑話休題。



 その後、天井裏に侵入者の痕跡があったことを衛兵が確認して大騒ぎになった。僕達への誤解はとけ、逆に侵入者を見つけたことで感謝された。


 そして城内、いやこの惑星で、そもそも「忍者」という存在は認知されていないらしい。僕が見た忍者もどきは幻だった……?


 まさか園遊会で奴に再会するとは、この時は露知らず。



◆◇◆◇◆◇



 深夜。魔国ストゥム。


 魔王城の中庭では、ひとりの大鬼族オーガが刀を振るっていた。


「せいっ! はあっ!」


 彼は赤黒い肌に三本角、背中に三本目の腕が生えた異形の大男である。三本の腕で三本の刀を持つ、三刀流の剣士だ。


「ホホウ、ホホウ。精が出ますねえ【ムネノリ】さん」


 中庭にある大樹の枝に逆さまにぶら下がっていた鳥人族バードマンが、ムネノリに声をかけた。【ヨタカ】を名乗るフクロウ顔の男は、目玉模様が描かれたマントで全身を隠している。


「ふん! いい加減、雑魚の冒険者ばかりじゃ腕がなまるのだ。おいヨタカ。貴様の能力で、吾輩の刀が斬るに相応しい戦士を探してもらえまいか」


「もう少しの辛抱ですよ。……おや、ようやく戻ってきました」


 ムネノリとヨタカが顔を上げると、城壁を伝ってひとりの男が駆け寄ってきた。


「いやー! お待たせしたでござる!」


 忍者ウルウルが跳躍し、ふたりの目の前に着地する。


「拙者の完璧な《隠密忍法ステルスニンポー》で、王都をしっかり偵察してきたでござるよ! ふたりにお土産も買ってきたでござる! 団子!」


 ウルウルが差し出した団子を、ムネノリは一口で全部平らげた。ヨタカが目を丸くしてムネノリを凝視しているが無視。大鬼族の男はもぐもぐ食べながらも、しっかりと悪態をついた。


「まったく……貴様は黙ってさえいれば、吾輩も一目置く暗殺者になったはずなのだ。いっそ口を縫ってしまえ」


「えぇっ!? 必殺忍法が叫べなくなるのは嫌でござる!」


「ホホウ、ホホウ。それよりもウルウルさん。ちゃんと仕事を果たしてきたのでしょうね?」


「仕事……でござるか? もちろん、王都をばっちり偵察したでござるよ?」


「それはおまけです。例の将軍から依頼された、センノヒメの暗殺の件ですよ」


「えぇっ!? センノヒメを暗殺!? 一体誰がでござるか!?」


「貴様だ!」

「貴方です!」


 一見すると他愛もない会話だが、彼らは魔王ズムハァに従う魔人である。全員が序列二桁、二つ名を持つ。


 その彼らが、勇者(仮)マタタビに牙をむく日は近い。

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