38. ニセ勇者と女神様、依頼を受ける
昼前。岩戸城。
アタシらはセンノヒメ王将に、惑星ゴルドーでの活躍を身振り手振りで披露していた。マタタビの奴は女神様が同行していることを悟られないよう、慎重に言葉を選んでいる。
「女神モモは八姉妹の末妹で、そのー、純粋に人を祝福する女神といいますか……」
やれやれ、大してフォローできてないな。それに真面目過ぎてつまらん。もうちょっと誇張した方がウケがいいぜ。
「すみません、ちょっと厠に……リトッチ、続きをお願いします」
まったく、緊張してやたらお茶を飲むからだ。アタシみたいにドーンと構えてればいいんだよ。
「任せろ」
マタタビが用を足している間、アタシが説明することになった。
「あー、確か都市国家ジュラにたどり着いた後からだな。君主のお姫様が盗賊団に誘拐されそうになった。その時マタタビが颯爽と現れ、連中を一瞬で倒したんだ」
実際はお姫様ではなく少年を狙っていたのだが伏せておく。ややこしいし、いかにも勇者が出会いそうな事件に見せかけた方がウケる。事実、一同は身を乗り出して続きを聞きたがった。
アタシとマタタビが捕まった件も、かっこ悪いから全部伏せた。アタシはひとりで巨竜を足止めしたという筋書きに変えておく。
「もうちょっとで仕留められたんだけどな。いやー、惜しかった。最後の最後で油断しちゃいけないな。教訓になったぜ」
「へえ、アンタとも拳を交えたくなったよ。どうだい、ギルド入会試験をやり直してみる気はないかい?」
「マタタビを倒したら考えてやってもいいぜ。アタシは魔術の師匠だからな」
ギルド長と戦うのはごめんだ。さらっと流すとセンノヒメ王将が感嘆の声をあげた。リキュウの爺さんも関心したような視線を向けてくる。ふふん。
「ほっほっほ。若いのに肝が据わっておりますの」
「それなりに経験を積んでいるからな。マタタビは駆け出し勇者だが。それじゃ、この続きはモモアから聞いてくれ」
駆け出しを強調したせいか、モモはむっとしてアタシを睨みながらマタタビの自慢を始めた。
「確かにマタタビ君は駆け出しですが、勇者の名に恥じない活躍を見せました。魔人だって倒したのですよ」
「ほ、本当ですか。凄い、です」
「ふっふっふ。マタタビ君がどうやって魔人と地竜アダマを倒したのか、人の子に全部教えます」
モモは上機嫌に語りだす。そういえばアタシも詳しくは知らなかったな。
この際だから聞かせてもらうとするか。
◆◇◆◇◆◇
お手洗いから戻ってくると、武勇伝は終盤に差し掛かっていた。
「そしてマタタビ君がこう言ったのです。『人の想いをのせて、呪いを切り裂け聖剣よ!』、次の瞬間、地竜アダマの死骸をバッサリと一刀両断し、こうキメのポーズを――」
女神モモは大広間の中央で大立ち回りをしていた。リトッチをちらりと見ると、顔を真っ赤にして俯いている。なんで恥ずかしがっているんだろう? 幼い子供がヒーローごっこをしているみたいで微笑ましいじゃないか。
「なんですかリトッチ、そんなに恥ずかしいんですか?」
彼女は僕を睨み一言。
「あとでぶっ殺す」
「えっ!?」
なんで急に。まさか女神モモがまた適当なホラを吹いたのか……?
「――と、こういう感じで惑星アトランテに来たのです。どうですか、マタタビ君は凄いでしょう」
女神モモはえっへんと胸を張っている。観客は苦笑しつつ何故か僕をちらちら見ていた。少女が満足そうに席へ戻ってくる。
「ちょっとモモア、変な嘘を混ぜてないでしょうね? 皆の視線が痛いのですが」
「まさか。包み隠さずマタタビ君の活躍を語りました。勇者の子が女装して魔人を倒したとか、リトッチに服を着せて救ったとか」
「ソレかぁ!」
何て事までバラしてるんだこのクソ女神! そこは嘘でもいいからごまかせよ! 女装する勇者とかどう見ても変態だろうが!
「若いのに、これまた奇妙な性癖をお持ちじゃのう」
「ご、誤解ですリキュウさん!」
「ア、アハハハ……告白の件はちょっと待っておくれ」
「アサヒさんまで……!」
「ゆ、勇者って、変態、いえ大変なのです、ね」
センノヒメ王将の何気ない一言がグサリと胸に刺さる。もう帰りたい。逃げたいです。恥ずかしすぎるので誰とも眼を合わせないようにしていると、目つきの悪い付き人が喋りだした。
「それで、勇者が女装好きというのは本当か」
「い、いえとんでもございません。好きじゃないです。これは女神モモから授かっ……」
「あっ言い忘れてましたマタタビ君。《衣装》は勇者の才能だと説明しました」
「ちょっとモモアさんんん!?」
どこが包み隠さずだよコラ! 思いっきり嘘ついてるじゃないか!
「だ、だって……マタタビ君の才能は何ですかと聞かれたのでつい……」
女神モモに拳骨をくらわせようとするが、付き人が咳ばらいをして話を進めてしまいタイミングを逃してしまう。後で覚えてろよポンコツ女神。
「そろそろ本題に入ろう」
僕達は居住まいを正した。しゃーない、誤解を解くのは後にして真面目モードに切り替えよう。
「実は近々、王将主催の園遊会が行なわれる予定だ。三大将軍を始め、王国各地から領主がやってくるのだが……不穏な動きを見せている者達がいる」
「早い話が、センノヒメ王将の暗殺疑惑さ」
アサヒさんがあっけらかんと言うが、僕らは緊張で固まった。空気が一瞬でぴりっとする。彼らは「誰かがセンノヒメ王将の暗殺を企んでいる」とはっきり告げたのだ。
「ここにいる冒険者に、王将の護衛を依頼したいのだ」
リキュウさんは間髪入れずに了承した。
「ほっほっほ。王将たっての依頼となれば、もちろんお受けしましょうぞ。いずれにせよ、園遊会で茶を出さねばならぬのでな」
対して僕は一気に警戒レベルを引き上げた。これ何か裏があるんじゃないか? いくらなんでも、入会したばかりの僕らに依頼する話じゃないだろう。アサヒさんは僕の態度にすぐ気づいて補足しはじめた。
「マタタビが怪しむのも当然さ。普通は軍の仕事だし、アンタ達みたいな新参者に依頼するはずがない。だけど今回は逆で、新参だからこそ信頼できるのさ」
「……といいますと?」
「軍や冒険者の中には、ヒメ様が王将として相応しくないと思っている奴が多い。暗殺の首謀者と繋がっている可能性が高いから、迂闊に頼めないのさ。アンタ達はマタベエ様のお墨付きだし、上手く取り入ろうとかそういう魂胆も見せなかったしねえ」
「僕は女神モモの勇者です。女神イザナミの信者でもないのに、そのような重要なイベントに参加しても本当に良いのですか?」
付き人が鬼のような目つきで僕を睨んでくる。というか鬼でした、はい。
「表向きには大問題だ。だからお前達には、ゲストではなく侍女に変装して見張りについてもらいたい」
「アンタは女装が得意だそうだし、丁度良かったじゃないか。アハハハ!」
「得意ではないですし、なにも良くないです。ちょっと笑わないでもらえますか?」
これは独断で決められないな。手をあげて「相談タイムください」と宣言。女神モモとリトッチで円陣を組んで議論する。
「この依頼、どうします?」
「私は賛成です。困っている人の子を助けない理由はありません」
「ですが荷が重すぎるのでは? それに裏があるかもしれません。もしセンノヒメ王将に何かあれば、責任を負わされるとか」
「確かにその点は否定できないな。ただ、アタシ達を陥れようって感じじゃなさそうだ。ドン・ブラウン伯爵を覚えているか? 人を唆して食い物にする奴は、大抵似たような空気を出す。直観だが、こいつらは悪人じゃない」
人を見る目、正確には悪人を見る目はリトッチが一番優れている。その彼女が言うのだから、ここは彼らを信用するか。円陣を解いて、咳払いしつつ答える。
「ゴホン。アストロノーツの方針が決まりました。その依頼、受けようと思います」
几帳越しにも、センノヒメ王将が安堵する様子が伺えた。付き人が険しい顔をしつつも頭を下げる。
「それではよろしく頼む。園遊会の詳細は、ギルド長アサヒより聞いてくれ」
「よろしく、お願い、します」
◆◇◆◇◆◇
センノヒメ王将と付き人が退室した後、アサヒさんとティーセレモの面々も立ち上がった。
「護衛の計画はギリギリまで伏せさせてもらうよ。誰がヒメ様を狙うのかわからない。アンタ達を信用しているけど、念を入れさせてくれ」
「ほっほっほ。私も先代王将に仕えていた身です。この命に代えても、ヒメ様をお守りしますとも」
彼らが去った後、リトッチはニヤついた表情で僕を見た。
「おい、これは報酬をたんまり頂くチャンスじゃないか? ちょっとギルド長と交渉してくるぜ」
またリトッチはそうやって……今回の依頼、結構やばい感じがするんだけど? 何事もなく終わるはずがないじゃないか。
「万が一失敗したら、どんな事態になると思っているんですかリトッチは」
「その時はその時だろ。いざとなったら逃げればいいんだよ。心配するな、アタシは慣れてる」
「慣れないでください」
ふと、女神モモが静かな事に気づく。
何気なく振り返ると、そこには。
――四つん這いになって廊下を這いまわっている女神がいた。
「……げっ」
思わず顔をしかめるほど、少女の様子がおかしくなっていた。その眼は血走っていて、しきりにすんすんと臭いを嗅いでいる。口はだらしなく半開きで、涎が垂れていた。
「……なにやってんだアイツ」
リトッチはあきれ顔だが、僕は事の深刻さに気付いていた。
「まずい、禁断症状です!」
「はぁ!?」
「マタタビくぅん……モモ……モモの匂いが……しますぅ……」
密かに恐れていた事態がやってきた。きてしまった。女神モモは桃を食べないでいると、段々と奇行を繰り返すようになるのだ。今はまだ初期症状だが、掴まえないとヤバイ。
僕はすぐさま飛び掛かるが、少女はぬるりと避けた。まるでゴキ〇リのような素早さだ。リトッチがドン引きした表情になっている。
「今の動きキモッ!」
「リトッチも手伝って下さい!」
「モモォモモォ」
「その擬音なんだよ!?」
少女は僕達の手を逃れ、カサカサと廊下を駆けていく。まずい、この奇行を誰かに見られたらクエストがお流れになることは間違いない。
慌てて後を追い、女神モモが別の広間に入ったのを確認する。僕達もすぐに入室するが……
「あれ?」
その座敷はもぬけの空だった。彼女がどこにもいない。入口のふすま以外は閉まっている。
「おいおい、まさか魔法でも使って逃げたのか? ひとりでうろついていたら、変に怪しまれるぜ」
「流石に魔法ではないはずです。というか今のモモアは変の塊ですよ!」
もしかしたら、忍者屋敷のように部屋にからくり仕掛けがあるかもしれない。壁をコンコン叩いたり、掛け軸の後ろを確認していると、リトッチが僕の肩を叩いた。
「おい、多分あっちだ」
彼女が指さした方角は天井だ。その角の天井板がずれていた。
「よしマタタビ、アタシを踏み台にして追え」
……えぇ、ここまでして追わなきゃいけないの? 面倒くさいという思いが急速に広がってきた。とはいえ放ってもおけない。
「仕方ありません、とっとと彼女を見つけてきます」
僕はリトッチの肩を借りて、天井裏に侵入した。
……忍者とかいたりして。
 




