37. ニセ勇者と女神様、招待される
冒険者ギルドに入会して10日ほどたった。
「アストロノーツ」は地道な活動を始めている。女神モモとリトッチは、薬草の採集クエストや生態系調査クエストを受けて郊外に何度も出かけていた。
ちなみに僕はクエストをほったらかしにして逃げ回っている。
「勇者マタタビ! いざ尋常に勝負!」
「ちょっと待って、ここは便所ですよ!?」
「貴様に休まる時など無いと知れ!」
慌てて剣を抜き、今日も奇襲を仕掛けてきた大鬼族のひとりを返り討ちにする。ギルド長アサヒに勝利してからというもの、毎日のように冒険者に襲われてクエストどころではないのだ。
大鬼族の伝統として、告白や婚姻の契りは「強い者が弱い者に対しておこなう」らしい。現時点でアサヒさんへ告白する資格があるのは僕だけで、つまり彼らは僕を倒して強さの証を立てようとしているのだ。面倒くさっ!
アサヒさんに泣きついたら、彼女はアハハハと大笑いしてこう言った。
「アタシはいつでも告白を待ってるよ!」
「しませんからね!?」
大鬼族達の気持ちはわかる。アサヒさんは巨乳だし地位も高い。そんな彼女に認められたい男は多いだろう。要は僕は嫉妬されているのだが、アサヒさんの元へ婿入りする気は毛頭ないので迷惑なだけである。
クエストを達成した女神モモとリトッチが戻って来た頃には、僕はへとへとで疲れ切っていた。
「見てくださいマタタビ君! オニワライ茸がこんなに獲れました!」
「おう、マタタビも相変わらず災難だな」
ふたりともいいなあ、僕もちゃんと仕事したい。
この問題を解決するために、3人で緊急会議を開くことにした。宿屋でふたりに相談を持ち掛ける。
「提案ですが、ある程度稼いだら王都を離れませんか?」
王国内のいくつかの村にも冒険者ギルドの拠点があり、そこで村民の依頼を受けることもできる。報酬や件数が少ないので必然的に冒険者が少ないのだが、僕にとってはそのほうが都合がいい。
「アタシは反対だ。稼ぎが少なくなるからな。魔術店の店主に頼んで、欲しかった杖をキープしてもらってるんだ。できるだけ稼ぎが多い方がいい」
「……あとどれくらい活動すれば買えますか?」
「半年くらい?」
「無理ですよ! 半年も耐えきれません!」
「むしろ勇者との決闘を見世物にしようぜ。かなりの稼ぎに……」
「僕の命が持ちませんからね!?」
女神モモがおずおずを手を挙げる。
「実は私も王都から移動したいのです。ツルヒメだけでなく、王都に住む人の子の視線がちょっと……奇妙なので」
「奇妙とは?」
確かにツルヒメさんはやたら女神モモを気に掛ける。「従妹に似ている」という理由らしい。しかし面識のないはずの住人まで……?
「理由はわかりませんが、彼らは何度も私を見つめるのです。ヒソヒソ話もしたり……」
「桃の匂いがするからじゃないか? それで避けられているとか」
「最近は桃を食べてないので違う気がします。逆にあちらから寄ってきて、笑顔でお菓子をくれるのです」
僕達3人は首を傾げた。単に女神モモが幼くて可愛いからなのか?
とりあえず、賛成派がふたりということで王都から離れることに決定した。ただし、リトッチが狙う杖をキープするための手付金を稼いでからだ。
◆◇◆◇◆◇
次の日。
ギルドで掲示板に張り出されていたクエストを眺めていると、アサヒさんが声をかけてきた。
「アストロノーツ、頑張ってるじゃないか。ウチは採集やら調査やらが嫌いな冒険者ばかりでね。穴を埋めてくれて助かるよ」
「皆さん血気盛んなことで。根っからの武闘派だと嫌というほど思い知りました」
やや棘のある言い回しになってしまった。でも、機嫌が悪くなるのも仕方がないじゃないか。今朝もふたりほど襲い掛かってきたので返り討ちにした。彼らは僕の隣でひっくり返っている。せめて郊外で挑めばよいのに、周りにも迷惑かけて……もっと公共のマナーというのを学んでほしい。
「アハハハ! アンタもすっかり有名人だね! どうだい、ちょっとお茶でもどうだい?」
「……お茶、ですか?」
ギルド長がティータイムを誘うなんて珍しいことじゃないのか? アサヒさんはニコニコ笑顔を浮かべているが、逆に怪しく感じてしまう。もっとも断る理由もない。これから魔物討伐のA級クエストに挑もうとしていたので、気合を入れるのには丁度ちょいかもしれないな。
「ではせっかくですし、ご一緒します」
「それじゃ、ふたりも呼んできな。でかけるよ」
おっ。どこか茶屋にでも連れて行ってくれるのかな?
◆◇◆◇◆◇
リトッチがぼやいた。
「おい、茶屋に行くんじゃなかったのか?」
「……おかしいですね。僕はお茶をするとしか聞いていないのですが」
僕達3人は岩戸城の堀の前で、そびえ立つ天守閣を見上げていた。
「私が住んでいた塔に比べると低いですね。ふふん」
女神モモは変なところで張り合ってる。どんなに自慢しても、引きこもり部屋には変わりないんだよなあ。
「なにやってるんだい、ほら入った入った!」
アサヒさんに背中を押され、僕達はあれよあれよという間に城内に入り、気づけば大広間で3人仲良く緑茶を飲んでいた。ちなみに聖剣タンネリクやリトッチの箒は衛兵が預かっている。
「なんだこれ、苦いな」
「私、苦いのは好きじゃありません。好きと言えばマタタビ君、私は桃が好きなのです」
「知ってます」
「好きな物を食べられないこの辛さ、人の子にはわからないでしょう」
「我慢してください。まだ2週間しか断桃していないじゃないですか」
「無理です。ここ数日、周りがみんな桃に見えてきているのです。桃が、桃が食べたい……アァァァァアァ」
「禁断症状でてる!?」
彼女はイワト王国に来てから一度も桃を食べていないので、最近はことあるごとに桃を絡めてくる。僕に《大神実》で樹を生やしてくれと何度も頼むし。ここは辛抱ですよ、と自制を促しているがいつまでもつのやら。
「桃の栽培がバレたら禁固刑なの、忘れてませんよね?」
「……うぅぅ……ぐすっ」
ついには泣き出してしまった。いたたまれない気持ちになってしまうじゃないか。リトッチの杖を買ったら、イワト王国を離れる選択肢もあるな。流石に可哀想だ。
彼女がぽろぽろ涙を流していると、大広間に大鬼族の老人と3人の青年が入室する。確か冒険者パーティー「ティーセレモ」だ。こうして面と向かい合うのは初めてだな。
「どうも、『アストロノーツ』のマタタビです」
「ほっほっほ。噂はかねてよりお聞きしておりましたぞ。『ティーセレモ』のリキュウですじゃ」
「千利休?」
「リキュウですじゃ」
白髪で一本角、皺だらけの老人がパーティーのリーダーだ。彼らも僕達と同じく採集系のクエストを中心に活動しているので名前は知っていた。リキュウさんは様々な茶葉を用いた独自の回復薬の開発や、茶葉図鑑の発行といった功績で「一つ星」の称号を持つS級冒険者兼茶人だ。
「こやつらが弟子のホウジョウ、モリマサ、オリバーじゃ」
ふたりの大鬼族とひとりの人族が頭を下げる。彼らはパーティーのメンバーであると同時に、リキュウさんの弟子だ。普通の茶人は冒険者に採集を依頼するが、直に森林を探索して茶葉を入手するのがリキュウさんのポリシーらしい。
「もしかして、このお茶もリキュウさんが淹れたのですか?」
「ほっほっほ、お口に合うと良いのですが。お嬢ちゃんには少々苦すぎましたかな」
どうやら泣いている女神モモを見て勘違いしたようだ。
「モモアです。苦いです、あと少ししょっぱいです」
「それはお前の涙だろ。アタシはリトッチ、よろしく頼むぜ」
ふたりが挨拶をした後、皆で軽く談笑した。採集クエストを受ける数少ない同志なのだから話がよく合った。もっとも僕は森へ出かけたことが無いので、やや話題についていけず少し寂しかった。
くっそー。クエスト行きてえ。
しばらくして、アサヒさんがやってきた。胡坐をかいて座ると本題を切り出す。
「実はアンタ達を呼んだのには理由があってね。特別な依頼を受けて欲しい」
「そういうことだろうと思っていました」
「依頼主はセンノヒメ王将さ」
「そういうことだろうと思って……いませんでしたよ!?」
女神モモとリトッチも目を丸くしている。お偉いさんの依頼と想像していたが、まさかイワト王国の頭首とは。
「というわけでこれから会うよ」
「こ、心の準備が」
「はい入室!」
大広間の奥に設置されていた几帳の、更に奥のふすまが開く。幼い少女の影が几帳越しに見えた。ティーセレモの面々が深々と頭を下げたので、僕達も慌てて真似た。
「どうぞ、顔をあげて、ください」
言われた通りに姿勢を戻す。センノヒメ王将も座っていて、ますます影が小さくなっていた。声も幼く、女神モモと近いイメージを持つ。
センノヒメ王将にはひとりの青年が付き従っていた。一本角で目つきの悪い彼は、僕達を警戒しているように睨んでいる。特にじろじろと睨まれた女神モモはいつものように萎縮した。彼女は少しずつ人に慣れているが、6人もいると流石に緊張で汗が噴き出している。幸いなのは、断桃のおかげで桃の香りがしなくなったことか。
緊張が走る中、アサヒさんがいつもの口調で喋りだす。
「いきなりクエストの話というのもなんだ。どうだい、アンタ達がここに来る前の冒険をヒメ様に聞かせてやっておくれよ。アタシも興味があるからねえ」
「ほっほっほ。それは儂らもですじゃ。初めて聞く名の女神の勇者を名乗っているそうじゃが、一体どんな女神様なのかのう」
目の前にいますよ、はい。気が進まないとはいえ、場の緊張をほぐすためにも必要か。僕は女神モモと惑星ゴルドーでの活躍を、少し脚色して話すことにした。
女神モモがいらんこと言わなきゃいいけど。




