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36. VSギルド長アサヒ


 昼下がり。


 僕は王都「虎ノ城」の城壁の外で、冒険者ギルドの入会試験に挑もうとしていた。


 ギルド長アサヒの怒鳴り声と受験者の悲鳴が響き渡る。

 

「おらぁ! なにビビってんだ新入り!」


「ぎゃぁああぁぁっ!」


 1人目の受験者がアサヒさんにぶん投げられ、城壁に突き刺さった。


「せいぜいD級だな。さあ次だ!」


 ちなみに酒場にいた冒険者達は、アサヒさんを中心に円形に座っている。こいつらは酒盛りしながら試験を見学しているのだ。依頼クエストはいいのかよ。


「せいやっ! おらっ! どうしたどうしたっ!」


「ぐえぇぇぇぇ!」


 2人目の受験者が足を掴まれ、地面に何度も叩きつけられている。


「思ったより根性あるな、アハハハ! C級をくれてやるよ。次!」


 決着がつくたび、見学者達が歓声や罵倒を投げかける。こいつらは受験者が「何分耐えるか」で賭け事をしているのだ。試験を何だと思っているのか。


「おりゃりゃりゃりゃりゃっ!」


「ほんげえぇぇぇぇ!」


 3人目の受験者がラッシュパンチを喰らって10メートル以上も吹っ飛ばされた。原型留めてないぞ。


「だめだめ、全然だめだ弱すぎる! F級!」


 アサヒさんが拳を天に突き上げて歩き回ると、冒険者達が喝采をあげる。プロレスみたいだ。彼女は見学者から盃を奪い取り、グビグビと酒を飲んでいた。豪快だなあ。


 賭けの胴元が僕を指さして叫んだ。


「最後の受験者は勇者を名乗る人族ヒューマンの子供だ! 何分持つか、いや生き残れるのか! さあ張った張った!」


 僕の生死を賭けるとは不謹慎な。とりあえず立ち上がって会場の真ん中に行くと、大鬼族オーガ達が一斉にブーイングを始めた。いっそのこと半神族デミゴッドだと白状すればよかったか。不快の極みだが表情には出さないようにしておく。


 視界の端に女神モモが映った。よく見るとリトッチ経由で胴元に金を渡している。おい女神! 賭け事やめろ! 僕が勝つ保証はどこにもないぞ!


 僕の正面に立ったアサヒさんが歯を見せて笑う。


「さて、アンタが最後だマタタビ。勇者の実力を見せてもらうよ」


「よ、よろしくお願いします」


 僕は聖剣タンネリクを構えた。この決闘は武器・魔術無制限(なんでもあり)だ。対してアサヒさんは徒手空拳である。


 胴元が手をあげて、合図した。


「それでは、始め!」



◆◇◆◇◆◇



 瞬間、アサヒさんが消えた。


 咄嗟に反射の型(ルフ・フォーム)を取る。肌で僅かな空気の変化を感じ取り、その場でしゃがむ。背後から放たれたアサヒさんのハイキックが空ぶった。


 僕は振り向きざまに右手に持った剣で薙ぎ払う。


 彼女は一歩下がって剣を躱し、すぐさま踏み込んで僕の顔に正拳突き。僕は剣舞の型(ケンブ・フォーム)に切り替え、左手で正拳突きを真似る。


 拳同士が衝突し、指の骨が豪快に砕ける音が響いた。鈍い痛みが左腕に流れるが、無視して剣で斬りかかる。


「《鋼体スチール》!」


 先に魔術を使用したのはアサヒさんだ。魔力の防壁を全身に流して鋼のような硬さになった。彼女の胴体を狙った斬撃が弾かれてしまい、たたらを踏む。


「ふんっ!」


 彼女が再び正拳突きを繰り出す。左肩に命中して、骨が粉砕する感触と激痛。僕はその衝撃で吹っ飛ばされてごろごろと転がり、城壁に激突して止まる。


 痛みを堪えて起き上がると、アサヒさんはその場にうづくまって腹を抑えていた。《鋼体スチール》では斬撃を防ぎきれなかったらしい。


 その隙に自分に《治癒ヒール》を使用。負傷箇所を治す。アサヒさんは折れた指をボキボキと鳴らして、無理やり元に戻しつつ立ち上がった。


 一連のやり取りを見て、会場は静まり返っていた。


 僕とアサヒさんが構え直した瞬間、もの凄い歓声が沸き上がる。


「うおおおっ! なんだあのチビすげえ!」

「勇者ってのはマジなのか!?」

「ギルド長が魔術に頼ったぞ!」

「拳と拳の激突音、やべえな!」


 ……周囲の連中は気づいていないようだ。


 わずか数合しか交えていないが、僕は冷や汗が止まらなかった。


 半神族デミゴットに勝るとも劣らない、鍛え上げられた肉体と淀みのない剣舞の型(ケンブ・フォーム)。そして明確な殺意。彼女はマタベエのおっさんの言う通りに手加減していない。


 ギルド長は不敵の笑みを浮かべて叫んだ。


「誰か、アタシのモーニングスターを寄越せ!」


 冒険者のひとりが棘付き鉄球を両手で抱えて持ってくる。長い鎖と杖のついたモーニングスターだ。ていうか鉄球でかっ! サッカーボールの3倍くらいの大きさあるぞ!?


 アサヒさんはその鉄球を片手で悠々と持ち上げた。僕とギルド長の間にいた見学者達が、蜘蛛の子を散らすように離れていく。


「久々にこいつを使うことになるとはね。剣技《鮮血蹴球ブラッドサッカー》!」


 彼女は魔力を込めた鉄球を思いっきり蹴り出した。


 受け止めるなんて選択肢はない。右によけると、鉄球が城壁にぶつかって轟音が響く。見ると鉄球が半分も壁に食い込んでヒビが広がっていた。


「そらそらそらっ!」


 アサヒさんは鎖を引っ張り、鉄球を足元に戻して再びキック。僕はドッジボール選手のように必死に躱す。それが何度も繰り返され、城壁は穴とヒビだらけになった。辺りに舞った塵を吸い込んで咳き込む。


 このままじゃジリ貧だ。僕は思い切ってアサヒさんに向かって走り出した。《鮮血蹴球ブラッドサッカー》を紙一重で避けて肉薄する。


「甘いよっ!」


 彼女が鎖を引っ張る。僕の背後に鉄球が迫る恐ろしい感覚。それを待っていた!


「これならどうだっ!」


 僕は後ろを振り向いて、戻ってくる鉄球を避けながらオーバーヘッドキック! 鉄球が更に加速してアサヒさんに迫る!


「ちっ!」


 彼女は蹴りを中断して両手で鉄球を受け止めた。衝撃を吸収しきれず、何メートルも後方にずれて地面に電車道ができる。


 僕は腰を落として剣を鞘にしまう。《閃光斬魔せんこうざんま》のチャンスだ。しかしアサヒさんがキッと睨み、鉄球を振り回し始めた。


「剣技《閃光斬魔せんこうざんま》!」


「剣技《超暴風鉄球メガサイクロトロン》!」


 放った《閃光斬魔せんこうざんま》はアサヒさんが振り回した鉄球に弾かれた。鉄球は更に回転速度を増していく。彼女を中心に暴風が生まれるほどだ。突風が周囲にまき散らされ、冒険者達が次々と吹き飛ばされていく。


 まずい、速すぎて鉄球が目で追えない。


「さあ、こいつをどう攻略するかい?」


 振り回している鉄球が地面を削り取っている。彼女が歩き出すと、まるで草刈り機のように周囲が刈り取られていった。


 白旗をあげるなら今だろう。しかし女神モモがいくら賭けたかわからない。もし生活に困窮するほどの金を賭けていたとしたら……別の意味でぞっとする。


 危険だが、勝負を決めに行こう。


 左手を突き出して魔術を発動する。


「《聖なる光(ホーリーライト)》!」


 掌に光の球が生まれ、昼間でさえ目もくらむような眩い閃光が放たれた。アサヒさんが思わずたじろいで鉄球の回転が遅くなる。


「見えたっ!」


 先見の型(ウォルデン・フォーム)で鉄球の軌道を予測する。鼻先を掠めるほどの距離で剣を振るい、鉄球と杖を繋ぐ「鎖」を傷つけた。ガギンという音と共に鎖にヒビがつく。


 そして回転の勢いに負け、鎖がちぎれて鉄球が宙に舞った。見学者達が慌てて落下地点から離れた直後、鉄球が落ちて地面に深々と埋まる。


 武器を失ったアサヒさんに向かって剣を向けて、勝利宣言。


「……まだ戦いますか?」


 その言葉にギルド長はポカンとした表情を見せるが、すぐに大笑いを始めた。いつの間にか殺意が消えている。


「アハハハ! いいや、獲物を壊されたアタシの負けだ。まいった!」


 その言葉に心底安堵する。アサヒさんもわかっていたようだ。これ以上の戦いは殺し合いになるだけだ。


 胴元が困惑しながらも宣言した。


「勝者、マタタビ!」


 その場に座り込んで息を吐く。


 勝った。勝てた。



◆◇◆◇◆◇



 夕暮れ。


 僕達はカウンターで登録証、つまり冒険者カードをもらった。晴れて冒険者の一員となったわけだ。


 リトッチが金貨ローペの入った袋を僕に見せる。


「よく勝ったな。おかげで大儲けしたぜ。今夜はたらふく飯が食えるぞ」


「ちょっとリトッチ。全財産を賭けようと言ったのは私ですからね」


「いや全財産賭けちゃだめですよモモ様!?」


 女神モモはクスっと笑って冒険者カードを見せびらかす。


「今日から私は冒険者【モモア】です。人前ではそう呼んで下さい」


 彼女はちゃっかり偽名で登録していた。


「……わかりました、ではモモア様と呼びますね」


「様付けもいりません。冒険者として対等に接してください」


「……モモア?」


「はい、モモアですよマタタビ君」


 今までずっと様付けしていたから、ちょっと恥ずかしいな。逆に女神モモはなんだか嬉しそうだ。


「アタシは普段通りだから問題ないな。それよりも対等じゃなくて、A級ふたりにF級ひとりだからな」


 ぐさりと彼女の胸に言葉の矢が突き刺さった。


「こ、これから少しずつランクをあげていけばよいのです」


「いや、僕はモモア様……モモアがF級でよかったですよ。危険な依頼クエストに駆り出される必要がありませんから」


 冒険者ギルドに所属すると、自身のクラスのクエストを定期的にこなさなければならない。A級は魔物の討伐クエストが多い。彼女はなるべく危険に晒したくなかった。


「マタタビも自分の心配をしろよ。その内ヤバいクエストが向こうから舞い込んでくるぞ」


「えっ何でですか?」


「当たり前だろ? 勇者だって名乗った上に、ギルド長まで勝ったんだからな。お偉いさんが目を付けるに決まってるぜ。もっとも、アタシはそっちの方が稼げるから大歓迎だ。本当にヤバいと思ったら夜逃げすれば良いしな」


「夜逃げは最終手段ですからね?」


 アサヒさんに勝利したおかげで、僕の名声はあっという間に王都を駆け巡った。リトッチ曰く、今後は勇者に無茶な依頼をしようとする貴族がわんさか登場するらしい。面倒くさい。


「ヤバいクエストが舞いこんだら、その時に考えます。しばらくはモモ様……モモアと一緒にF級クエストをやりましょう。彼女は採集や生態系調査が得意ですし」


「だな。A級クエストは最低限にして、後はモモアと同じやつをこなせばよいだろ」


 リトッチは羊皮紙を取り出した。掲示板のクエスト報酬がびっしり書かれてある。


「報酬を計算してみたんだが、討伐はリスクのわりに旨味が少ない。クエスト発注量も波があるし、競合も激しいから安定して稼げないな。採集系クエストはやる奴が少なくて毎日できる。F級クエストで余分に素材を回収して、余った分をコネの少ない行商人に売れば十分に稼げそうだ」


 流石はひとりで冒険者を続けていただけのことはあるな。頼もしい。


「というわけでF級クエスト頑張りましょうね、モモア」


 女神モモは両手で握りこぶしを作って「頑張ります」と自身を鼓舞していた。


 受付嬢のツルヒメさんが声を掛ける。


「すみませんマタタビ様。冒険者パーティーの登録もおこないますか?」


「あっそうですね。登録しましょう。リーダーは僕で良いですね?」


 女神モモとリトッチが笑顔で頷く。パーティー名も事前に相談して決めていた。


「ではこの3人でパーティー登録を。名前は『アストロノーツ』です」


 アストロノーツ。英語で宇宙飛行士という意味である。


 僕らは星を渡る冒険者パーティーなのだ。……ニセ勇者パーティーって意味にならなきゃいいけど。

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