32. ニセ勇者と女神様、買い物をする
マタベエのおっさんが飼っている船巻貝は雄だ。漁船タイプはみな雄らしい。
対して「浮き港」の船巻貝は雌なのだが、サイズは雄の比ではない。ショッピングモールくらいの広さがあるんじゃないか? 無数の塔が建っていて、ハリセンボンの背中のようだ。「浮き港」は海を漂いながら、さながら海上のサービスエリアとして機能しているらしい。
おっさんの船巻貝が桟橋の一角に到着すると、その体が浮き港側の船巻貝にくっついた。
「チビ助、こいつらが何をしてるかわかるか?」
「え? うーん、求愛行動とかですか?」
「ガハハハ! ある意味当たってるぞ! 実際は交尾だがな!」
「へえー。交尾の習性を利用して接岸するんですね」
桟橋の周囲を見ると、他の船巻貝がいくつも停泊している。
「交尾って生態学的に何をしてるのですか?」
「さあな、知らん! ガハハハ!」
女神モモが家から出てきて僕らの会話に混ざってきた。
「船巻貝については図鑑で読みました。交尾の際、雌は雄の皮膚から精子を吸収します」
「皮膚から吸収ですか。なんというか、あっさりしてますね」
「男根がないとは寂しい種族だ。俺の立派なイチモツを見るか? 大鬼族はアソコも鍛えているぞ!」
そういうのは女神フレイヤにお願いします。セクハラ発言をされた女神モモは、冷ややかな目で話を続けた。
「交尾はそれで終わりではありません。雌は精子の次に栄養分も吸収していきます。雄は次第に衰弱し、脳を吸収されたら死にます。桟橋の接岸期限を過ぎてしまうと船を無くしますよ」
僕とマタベエのおっさんは顔を真っ青にして閉口した。
「これだけのサイズの雌となると、少なくとも100体以上の雄を喰っていると思います」
船巻貝の雄は悲しい生き物だった……
◆◇◆◇◆◇
昼過ぎ。
リトッチも家から出てきた。聖剣タンネリクを抱えている。
「忘れ物だ。これが無いとモモが買い物について行けないだろ?」
「そうでした、ありがとうございます」
彼女から聖剣を受け取る。せっかくだから『スターダスト』の意味を教えてあげた。リトッチは「かっこいい名前だな、気に入った」と言って喜んだ。
ついでに胸を借りたことも謝っておこう。
「あの、さっき胸を貸してくれた件ですが」
彼女は髪を弄りながらそっぽを向いた。
「デリカシーの無い奴だな。いちいち蒸し返さずに、お礼にプレゼントでも買ってくれ」
「……そうですね、そうします」
うーん、泣き虫だと思われてがっかりされたのかもしれない。16歳の少女の胸を借りて泣くなんて、大の大人がやっていいことじゃなかったな。もっと男らしくなりたい。
「それじゃ、とっとと行くか」
そういうわけで僕達3人は、買い物をするために下船した。
浮き港は大鬼族の漁師や冒険者、異国の商人でごった返していた。リトッチは魔術の触媒や薬の素材を買うために一旦別れた。
浮き港の中心地へ続く通りを歩く。すれ違う人々はネアデル語で喋っている。漂流物を販売している地元業者に、惑星ゴルドー産の竜の素材や魔石を売ってる行商人が露店を開いていた。
僕は観光気分でひとつひとつの店を見て回った。何度も商人に吹っかけられたが、そこは大人の常識として軽くあしらった。
どっしりと構えた冒険者の店を発見。店内から出てきた数名の冒険者とすれ違う。ちらりと聖剣の魔石を見ると、女神モモが食い入るように彼らを見つめていた。
「モモ様、せっかくなので新しい服を買いましょう」
『えっ良いのですか?』
「もちろんです。人が少なくなったら入りましょう」
女神モモは相変わらず、人が5人以上いる空間に現れるのを避けていた。それらの視線が姉達を思い出すらしい。
僕は店内に客がいなくなったのを確認して、女神モモを魔石から出して一緒に入店した。
蛙人族の女店主が出迎える。ゲコゲコ鳴きながら気さくに話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。どのような装備をお探しですか? 冒険者用、一般用どちらもございます」
「ああ、どうも。実はこの子に似合う服を探してまして。一般用でお願いします」
「まあ、何て可愛らしい子でしょう! 妹さんですか?」
話を合わせるために肯定。
「そうです」
「違います」
馬鹿正直に否定した女神モモと顔を合わせる。お互いにむっと睨んで、もう一度答えた。
「僕が兄です」
「私が姉です」
くそ、全然息が合ってない。店主さんがゲコゲコ笑っている。どっちが年上に見えただろうか?
「早速ですが、まずは体の寸法を測りましょう。はーい、両手をあげて」
店主さんが巻き尺を手に女神モモの前で跪く。そしてじっと固まった。彼女は目を見開いて女神の衣装を眺め、恐る恐る手で触る。
「この服の素材は……ま、まさか」
「おや、見識が広いですね人の子よ。この衣装は【神獣ヴェストファール】の羽で出来ています」
「神獣ヴェストファールってなんですか?」
「星核となった神獣の一体で、羽衣のような羽が六対あるクリオネに似た怪物です。マタタビ君の《衣装》も同じ素材ですよ」
その言葉を聞いた店主さんが驚愕の表情を見せ、お腹を見せるようにひっくり返った。なんか愛嬌があって可愛い。
「存在自体が疑われている、幻の神獣で編まれた衣装ですって!? 伝説の素材を身に纏いし貴方様はいったい……何者ですか!?」
仕方ない、いやこれはチャンスだ。勇者だと明かしつつ、女神モモは妹だと偽ろう。いや、両方とも偽ってるか?
「実は僕達、勇者一行なのです。彼女は僕のパーティーメンバーで、妹の……」
「妹じゃありません、女神です」
「お願いだから話を合わせて!?」
店主さんが額を床につけてひれ伏してるじゃん。どうするんだよ、もう!
◆◇◆◇◆◇
何とか店主さんを言いくるめて、女神モモを「女神ごっこをしている僕の妹」と認識させた。女神だと知ったら祈るばかりで全然話が進まなくて困る。
今日は布教活動よりも、買い物優先!
「ちなみにこの衣装って、どれくらいの価値があるのですか?」
「値段をつけるなんて、とんでもございません! 欲しいなら殺して奪うしかありませんよ!」
こわっ。女神モモが暴漢に襲われないためにも、外出用の服は是非とも買わなければ。ということで店主さんにお願いして、いくつか服を見繕ってもらった。
珊瑚色のワンピース、ゴスロリ衣装、袴が短い巫女服などを試着してみる。着せ替え人形のようだが、肝心の女神モモはどの服も気に入らないのかむすっとした表情を崩さない。
「どれもお気に召しませんか?」
「私は冒険者用の服が欲しいのです」
意外な言葉に面食らう。もしかして彼女は……
「まさか、モモ様も冒険者になりたいと?」
少女は滅多に見せない照れ顔で答えた。
「マタタビ君とリトッチの活躍を見て、私も冒険者を体験したいと思いまして」
女神モモは、惑星ゴルドーではずっと女神として僕らに接していた。僕らと一歩引いた目線が好きじゃなかったのかもしれない。きっと彼女は同じ冒険者仲間になりたいのだ。
どうするべきか、悩むまでもなかった。
「わかりました。店主さん、一番普通の冒険者服をください」
「それでしたら軽装の革製鎧ですね」
女神モモは革製鎧に着替えた。黒と白を基調にした、平凡な防具だ。
「当店の革製鎧は鯱の皮で出来ています。浮き港以外では販売しておりません」
至って普通だが、彼女は嬉しそうに衣装を確認している。気に入ってくれたなら何よりだ。
「それと、動きやすいように髪留めを見繕ってください」
「お安い御用です!」
店主さんはケースから様々なアクセサリーを取り出して、女神モモの白桃色の髪と比べ始めた。
「この珊瑚海亀の髪留めは如何でしょうか」
赤い色のべっ甲のような工芸品がついたヘアクリップだ。良さそう。
「では購入します。そのままモモ様の髪をとめてください」
長い髪を髪留めでまとめて、だいぶ雰囲気が変わった。背伸びをした冒険者風の少女にしか見えない。
「ど、どうですか? 似合ってますか?」
そわそわしている女神モモに向かって親指を立てる。店主さんに代金を支払っている間、彼女は何度も髪留めを見て微笑んでいた。喜んでもらえたようで何よりだ。
「マタタビ君、プレゼントありがとうございます」
「どういたしまして。あっそうだ。リトッチへのプレゼントも買いましょう」
リトッチの話題を出した瞬間、女神モモがむすっとした表情に戻った。
「マタタビ君はデリカシーがないですね」
「えっなんで!?」
「女の子とデートしている時に、別の女の子のプレゼントを買う人の子がありますか!」
「これデートだったの!?」
彼女がぷいっとそっぽを向く。店主さんも僕に非難の視線を送ってきた。くっそー、僕が悪いのか?
「……デリカシーのない男でごめんなさい」
ひとまず女神モモに謝っておく。すると彼女は後ろ手のポーズで振り返った。笑顔を見せて返事をする。
「冗談ですよ、マタタビ君。リトッチならこうすると思っただけです」
やられた。一杯食わされた。でも珍しく腹は立たなかった。きっと、女神モモが普通の女の子に見えたからだろう。2周目の人生で彼女の戯れに嫌というほど付き合わされた身としては、今の彼女にとても新鮮な気持ちで接することができた。
「素敵な着こなしですモモ様」
「ありがとうございます」
その後、僕はリトッチへのプレゼントを買って店を後にした。僕自身の新しい防具も買ったので、お金はすっからかんだ。
イワト王国で稼ぐことにしよう。
◆◇◆◇◆◇
夕暮れ。
船巻貝に戻るとリトッチが桟橋で待っていた。大きな風呂敷を肩に担いでいる。結構な量を買ったようだ。
女神モモが魔石から飛び出して、リトッチに冒険者服を披露する。
「どうですか? マタタビ君が選んでくれました」
「なんつーか、普通だな」
「これが良いのです」
少女が鼻歌を歌いながら乗船する。僕はリトッチを呼び止めた。
「リトッチ、渡したいものがあります」
彼女はにやけ面で、何も知らない素振りをして答えた。
「んー? アタシに土産物とは珍しいな、日頃の行いが良かったからだろうな?」
僕はポケットから黒いアクセサリーケースを取り出して、リトッチに差し出す。
「僕なりの気持ちです」
「おいおいなんだ、プロポーズか?」
彼女は冗談を言いながら、ケースを受け取って蓋を開けた。
中に入っていたのは、3ミリサイズの黒真珠ピアスだ。
「似合うと良いのですが」
「……」
リトッチは急に真顔になって黙った。もしかし選択をミスったのだろうか。……などと思っていると、彼女の頬が紅潮していく。耳まで赤いけど大丈夫?
「おま、おま、おまえっ」
「あの、どうかしましたか?」
彼女がめちゃくちゃ泣きそうな声で叫んだ。
「本気でプロポーズするやつがあるかっ!」
「……えっ!?」
どういうことなの、ただのピアスだよ!?
僕の困惑をよそに、リトッチはケースを抱えて船の中に逃げ出した。ポツンと残された僕の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
……何を間違ったんだろうか?
◆◇◆◇◆◇
後日。
リトッチの故郷では「結婚の証としてお揃いのピアスをする」という風習があることが判明した。
僕は間違って結婚指輪に相当する品を渡したわけだ。
恥ずかしくて死にそう。
僕は土下座して謝った。リトッチは誤解だと知って笑って許してくれた。今は何事もなかったかのように僕に接している。
ちなみに僕があげた黒真珠ピアスはちゃんと耳に付けていた。
「悪くないアクセサリーだ。勿体ないから使っておくぜ」
喜んでくれた、と思って良いんだよね?
いよいよ船巻貝はイワト王国を目指す。
 




