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29. 女神様の信者:150,345人


 惑星アトランテ、高度2万メートル。


 僕と女神モモは地竜の亡骸に張り付いていて、ものすごい勢いで落下している。いずれ惑星アトランテの海面に激突するだろう。


 これからどうしようか悩む。普通に考えたら激突の衝撃でふたりとも死ぬ。魔石の中へ避難してもよいが、聖剣が海の底へ沈んだらやばい。


 風に吹き飛ばされないように女神モモを抱いていると、彼女が呟いた。


「たった数日ですが、マタタビ君と冒険ができて楽しかったです」


「……僕もです。ていうか不吉なこと言わないでくださいよ。まだ死ぬと決まったわけじゃありません」


「来世はタケノコを司る女神にでも転生したいです」


「タケノコ!?」


 転生先はやっぱり女神なのね。冗談を言えるならまだ大丈夫だ。


「幸いにも地竜の死骸がクッションになりそうです。僕は泳げますが、モモ様はどうですか?」


「私は泳げません。ティアマト姉様が創った海で死ねるなら、私も本望です」


「だから死ぬと決まったわけじゃないですよ……」


 女神モモの顔は悲壮感に溢れていた。僕も不安になる。


 高度5000メートル。だんだんと海面が近づいてくるのが見える。よく見ると、落下地点の海上に白い物体が浮かんでいた。この距離ではっきり見えるってことは相当でかいな、島なのか?


「マタタビ君、この世界は不思議な生き物で満ち溢れています」


 島だと思っていた白い物体が動きだす。


「……なんですか……あれ……」


 ソレはゆっくりと鎌首をもたげ、こちらに顔を向けた。


「全長1000メートル級の超巨大生物ビッグモンスター剃刀鯨ラソイオホエールです」


 地竜アダマが最大級とばかり思っていた。その10倍の大きさの白い鯨が、巨大な口をゆっくりと開けていく。東京ドームを一飲みできそうだ。というか口の中に島があるぞ!?


 高度2000メートル。どこにも逃げ場がなかった。剃刀鯨ラソイオホエールが僕らを待ち構えている!


「モモ様なんとかしてくださいよ! このままじゃ、僕らはパックリ食べられておしまいです!」


「女神のことわざを一つ教えましょう。――神様だって意外と死にます」


「どこがことわざ!?」


 万事休すだ。僕と女神モモの冒険はここで終わってしまった。


「――っ! ――っ!」


 どこからか声が聞こえる。見上げると彼女が迫ってきていた。


「マタタビーっ!モモーっ!」


「リトッチ!?」


 箒にまたがり、もの凄いスピードでリトッチが亡骸に追いついてくる。彼女も星を渡ったのか! リトッチは速度を落としつつ、僕らのすぐ近くまでやってきた。


 高度1000メートル。剃刀鯨ラソイオホエールの口腔がはっきりみえる。


「アタシの手を握れっ!」


 僕は必死に手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。同時にリトッチが急ブレーキ。僕らは亡骸から離れる。


 剃刀鯨ラソイオホエールが落下する地竜アダマの死骸を飲み込み、僕らの眼前で巨大な口を閉じた。水しぶきと突風が箒を揺らす。まるで白い山が沈んでいくように、その鯨はゆっくりと海中へ戻っていった。


 僕と女神モモは箒にぶら下がりながら、大きく息を吐く。


「マジでギリギリだったな」


「助かりました、ありがとうリトッチ」


「大きな借りができてしまいましたね、人の子よ」


 夕焼けが僕らを照らす。こうして地竜アダマを巡る争いは終わりを告げた。



◆◇◆◇◆◇



 僕らは灯台が設置された小島の砂浜に降り立った。


 3人とも仰向けに寝そべり、曇り一つない夜空を見上げる。満天の星と惑星ゴルドーが目に映る。さっきまであの星にいたんだな。


 クレイヴさん、ビートン亭の夫婦、グスタブ爺。他にもオッカマンやシャル家の人々、彼らに別れも告げられずに星を渡ってしまった。


「ジュラと蜥蜴族リザードマンは、これからうまくやっていけるでしょうか……」


 僕の感傷に気づいたのか、女神モモが動く気配がした。


「信じましょう、マタタビ君。きっと手を取り合ってくれると」


 彼女が僕にポイントカードを見せる。


「さっきの《閃光斬魔せんこうざんま》で、信仰ポイントがからですね」


「見て欲しいのはそちらではありません。カードの裏の数字です」


 確認すると、確かにカードの裏にも数字が刻まれていた。【000,000,150,345】とある。


「これは?」


「私の信者です。ありがとうございます、マタタビ君」


 僕は惑星ゴルドーを再び見上げる。あの星にいる15万の人々が、女神モモへ祈りを捧げたわけだ。彼女を信仰してくれる人がいる。僕らの冒険には意味があったのだ。



◆◇◆◇◆◇



 地球にいた時、僕の両親はあらゆる「普通」を強要した。躾けというより虐待に近いその強迫が、僕を縛り付けた。僕は両親が押し付けた「普通」に染まり、語ることなど何もない人生を歩むはずだった。


 それを救ってくれたのはじっちゃんだ。じっちゃんは「普通」とはかけ離れた発明家で、僕に夢を与えてくれた。それは未知への挑戦と冒険。転生する前の記憶は、じっちゃんとの思い出ばかりが残っている。


 惑星ゴルドーでの数日間は、かけがえのない体験になった。新たな出会いと別れ。楽しい事も辛い事も、全てが僕の糧になった。これこそ僕とじっちゃんが求めていた夢だ。


 僕はいつ処刑されるかわからない身だ。ニセ勇者の旅も長くは続くまい。だけどそれまでは精一杯冒険しよう。そして女神モモの信者を増やしてあげるのだ。


 仰向けの状態で女神モモに顔を向ける。彼女も僕を見た。


「モモ様、これからどうしますか」


「マタタビ君は何がしたいですか?」


「もちろんニセ勇者として旅を続けます。あとは契約ですね、モモ様の信者をもっと増やしましょう」


「それがマタタビ君のしたいことなら」


 お互いに頷く。今度は反対方向のリトッチを見た。彼女は星空を見上げたままだ。


「リトッチはどうします?」


「さあな。元々あてのない生活だ」


 彼女は特別な友人だ。初めて会った異世界人というだけじゃない。数日過ごしただけだが、彼女の生き方に惚れ込んでいた。僕は彼女が好きなのかもしれない。


 つばを飲み込んで、おもいきって聞いてみる。


「僕らと一緒に旅をしませんか? ニセ勇者一行ですけど」


「……お前らと旅をしたら、命がいくつあっても足りないぜ。今回はマジで死にかけたからな」


 彼女は僕に背を向けた。


 ……正直、断られたことはショックだ。拒否された時のことは全然考えていなかった。視線を外して夜空を見上げる。気まずい。ため息をつくのは我慢しておこう。


 突如、リトッチが僕に覆いかぶさった。


「でも、お前とならいいぜ」


 急に彼女が大胆な行動にでてびっくりする。しどろもどろに返答。


「えっ? な、なにが?」


「これも冒険だろ」


 彼女が囁くように告げて、ゆっくり顔を近づけてくる。えっ、これキスなの? もしかしてキスなの? 夜の冒険するの?


 心臓がバクバク鳴る。顔が熱い。


 固まったまま彼女を見つめていると、彼女は眼前で不意にニヤケ面になって耳元で囁いた。


「アタシに惚れたか?」


「あ、その」


「今のは冗談だ」


 軽く頭を叩かれる。冗談だったの? 断られた時よりショック。彼女は立ち上がり、僕に手を伸ばす。


「一緒に旅してやってもいいぜ。あれだ、お前らは危なっかしいから保護者がいるだろ? それに勇者一行を名乗れば、色々と金儲けできるからな」


 ……こんどは冗談じゃなさそうだ。僕はリトッチの手を握って立ち上がった。彼女と一緒に冒険ができる。それはとてもワクワクすることだ。


「改めてよろしくお願いします、リトッチ」


「ああ、よろしく」


 女神モモも立ち上がると、駆け出してリトッチに抱きついた。彼女は「うお!?」と叫んで砂浜に倒れる。女神モモはギューッと抱きついたまま離れない。


「ありがとうございます、リトッチ。私も嬉しいです」


 女神モモは100年間も姉の女神達から虐められていた。その反動か、彼女はリトッチを姉のように慕う時がある。リトッチもまんざらではなさそうだ。彼女は苦笑しつつも女神モモの頭を撫でた。


 僕達は円陣を組み、お互いに顔を見合わせる。今度は3人で冒険の旅に出発だ。


「それじゃ、新しいニセ勇者パーティーの結成ですね!」


「はい!」

「おう!」


 3人で掛け声をあげ、拳を天に向けた。


 そしてニセ勇者一行の冒険は続く。



◆◇◆◇◆◇



 惑星ゴルドーの後日談。


 マタタビ達がゴルドーを去って1ヶ月が経過した。


 人々を苦しめていた呪いが全て消えて、市民は歓喜した。これが勇者(仮)マタタビと女神モモの功績であることは、オッカマンが率先して広めた。彼は罪を償うために牢獄にいる。いずれ恩赦により釈放されるだろう。その後は真っ当なバーを経営して、旅人にふたりの功績を語るそうだ。


 都市国家ジュラとギジャ部族連合は、再び同盟を締結していた。若き貴族アレン・シャルと戦士長クレイヴ・マ・ギジャが大いに貢献したことは言うまでもない。彼らは両国の交流を活発化させようと、武闘会や祝祭などの祭事を計画している。


 君主ロレンツォは、いずれ息子アレンに玉座を譲ろうと考えている。娘ナナイはマタタビの肖像画を描いた。彼が女神の衣装を着て聖剣を掲げる立派な絵だ。この肖像画を基に、マタタビのイメージが他の惑星にも広がっていくことになる。


 ジュラでは大きな変化があった。エレミーア城塞の庭が市民に開放されたのだ。理由はマタタビが《大神実オオカムヅミ満開花まんかいか》で植えた立派な桃の木だ。「女神モモの大樹」として、人々が祈りを捧げる場となった。


 ビートン亭の夫婦は、街に活気が戻りつつあることを喜んだ。勇者一行が泊まった宿だと宣伝したので、酒場は城下町で最も繁盛するようになった。女将は毎日が上機嫌だ。今でも事あるごとに夫フェリドの背中を叩いている。


 鍛冶師グスタブ爺の日常は変わらない。彼は自らの功績を一切語らず、閑古鳥が鳴く鍛冶屋で今日も剣を打っている。


 マ・ギジャ族の神殿には女神像が増えた。連合長ダリウスと戦士達は、女神イザナミだけでなく女神モモにも祈るようになった。そして僅かに生き残った竜族ドラゴンを保護するために惑星中を駆け回っている。竜族らは地竜アダマの死を知って嘆き悲しみ、大人しく蜥蜴族リザードマンに従うようになった。


 ドン・ブラウン伯爵は死亡が確認された。落下した船の残骸から遺体で発見されたのだ。彼は魔王にそそのかされた哀れな男として埋葬され、遺産はシャル家が没収した。レディ・バードの遺体は見つかっておらず、暗殺者リュックモーは行方知らずである。


 伯爵を頼っていた盗賊団の生き残りは職を失った。竜族ドラゴンの採骨も出来なくなったのだが、彼らは新しい盗掘先として旧都市国家カンクウの遺跡ダンジョンに目を付ける。遠くない未来、遺跡に様々な財宝が隠されていることが明らかになるだろう。


 こうして20年にも及んだ災害【竜の堕天】は事態の収束に向かった。勇者(仮)マタタビ一行の伝説が初めて歴史に刻まれたのである。



 ――現在の女神モモ教信者は、15万345人。



◆◇◆◇◆◇



 恒星ティアマト、知恵の女神ミネルバの神殿。


 その神殿内は巨大な図書館であり、地上での事件イベントが自動的に記録され本として保管されている。図書館の中央には直径10メートルの黒い球体、機械仕掛けの世界記憶装置アカシックレコードがある。


 女神ミネルバは今日も本を読みふけっていた。プラチナブロンドの髪はひざまで伸びていて、彼女が椅子に座っていると先端が床につくほどだ。瞳や服装も同じ色だが、唯一眼鏡だけが黒い。彼女の表情には生気が無く、美しくも死人にしかみえない。


 図書館に来客が訪れようと、彼女は読書を止めなかった。


「はぁい、ミネルバちゃん。妹のフレイヤよん♪」


 女神フレイヤが手を振りながら図書館に入室する。ミネルバを見つけると、机の向かい側に座った。


 ミネルバは八姉妹の五女である。立場上はフレイヤの姉なのだが、他の姉妹も含め誰もフレイヤを妹として扱っていない。


 彼女は表情一つ変えずに本を読み続ける……つもりだったが、自然と頬が紅潮する。股をもじもじさせながらフレイヤを睨んだ。ボソボソと消え入りそうな声で抗議する。


「…………読書の邪魔」


「あらん、ごめんなさい。実は惑星ゴルドーの本を無くしちゃって。謝りにきたの」


「…………あの馬鹿に貸したの知ってる」


 当然だが、ミネルバは本の管理に厳しい。図書館の本が何処にあるのか常に把握できるのだ。


「…………本の又貸し、ルール違反」


「ごめんなさい、お詫びに何でもするわよん♪」


「…………お詫び…………ックス」


「えっ? ミネルバちゃん何て言ったの?」


 彼女は顔を本で隠しながら、もう一度同じことを言った。



 半日後。



 裸のふたりはベッドの中で『惑星ゴルドー図鑑 最新版』を手にしていた。フレイヤは更新され続けるその本を読みながら、マタタビと女神モモの活躍を知って満面の笑みを浮かべる。


「ふたりとも頑張ってるわねえ。私も嬉しいわ」


「…………そんなに気になる?」


「ミネルバちゃんも、モモちゃんとマタタビ君を応援したらどうかしら?」


「…………馬鹿と漂流者に興味はない…………それより、邪神が問題」


 ミネルバが無表情でフレイヤを見つめる。しかしフレイヤは彼女の僅かな変化に気づき、真剣な表情で尋ねた。


「次に復活するのはいつ?」


「…………予測だと、T.E.1500年」


 現在はT.E.1498年、すなわち邪神の復活が2年後に迫っていた。フレイヤは表情を曇らせて呟く。


「――姉妹を集めて、女神会議ヴィーナスを開くべきねえ」

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