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16. VSオッカマン盗賊団


 正午を過ぎた頃。


 僕はリトッチを待ちながら、カメレオンに似た動物の串焼きを少しずつ食べていた。塩をふりかけると食べられなくはないが、砂の味がする。


 ちなみに女神モモは聖剣の中に引きこもっている。


「これがローペかあ」


 紙幣を見ながら感心する。それは地球の紙幣と似ていた。聞けばローペを発行している南方ウェロペ共栄圏は、九つの惑星が加盟している惑星連合らしい。


「惑星ゴルドーは共栄圏に隣接しているから、ローペで取引する商人も多いんですね」


『その通りですマタタビ君。ところでその串焼きですが、私も食べたいので味を覚えていてください』


「覚えてどうするんですか?」


『私が夢に出ます』


「出ないで!?」


 全然意味の分からない返答だった。それよりもリトッチ遅いなあ。


 暇になったので、城下町の人通りを眺めてみる。彼らの大半は一攫千金を夢見て移住してきた人々なのだろう。


 治安がマシな区域だと聞いていたが、住人の活力は感じられない。大通りを歩く人々はみな表情が暗いのだ。砂塵のせいもあるだろうが、顔を隠している女性や子供も多い。雑踏に耳を傾けると不安そうな会話を多く拾う。誰もが現状に憂いを抱いているような印象を受けた。


 ――ふと、女性の叫び声が聞こえたような気がした。


 声の方角に目をやると、屈強な男が少女の手を引っ張って裏路地に連れ込んだのが見えた。周囲の人は気づいていない。いや、気づいても無視しているのかもしれない。衛兵を呼ぶべきだろうか? 今から呼んで現場に連れて行っても間に合うだろうか?


 ……って何を躊躇しているんだ。びびっても勇者は務まらない。何か起こる前に助けておこう。そう考え、聖剣を持って裏路地に足を踏み込んだ。


『おやマタタビ君、人助けですか?』


「構いませんよね?」


『むしろどんどん助けて女神モモの名を広げてください』


よこしまな考えじゃないでしょうね」


『女神のことわざを一つ教えましょう。――信仰ポイントが無くては飯が食えない』


「直球!」


 いっそ餓死しろ。そういえば女神は餓死するんだろうか? してもすぐに復活しそうだなあ。


 裏路地を進むと、奥の空き地にたどり着いた。さっきのふたりがいる。男は顔の濃いスキンヘッドで上半身ムキムキの体格をした人族ヒューマンだ。少女の手を掴みつつ言い寄っている。対する人族の少女は質素な恰好をしているが、よく見ると高そうな指輪をはめている。


「なあ嬢ちゃん、俺と一緒に一杯やろうや」


「お断りします! レディに対して無礼ですよ! 離して下さい!」


「うふふ、強気な女も好みだぜ?」


 どう見ても少女は嫌がっていた。金髪の髪が揺れて、奇麗なイヤリングが見え隠れする。暴力は好きじゃない。むしろ嫌いだから、まずは話し合いでどうにかしてみよう。


「あ、あのー。女の子が嫌がってるようなので離してあげませんか?」


 声をかけると男が振り向き、僕を下から上まで眺める。その視線にぞっとした。男の目つきが怖かったわけではなく、いやらしかったからだ。


「――あらん。これまた上玉ね。優しくて勇気のある少年は大好きよ」


「えっ」

『えっ』


 急に口調が変わった。男は少女から手を離し、僕を値踏みしている。少女も急に無視され始めたのでポカンと口を開けた。


「あの、もしかしなくても……アッチ系の人ですか?」


「あら坊やったら、頭の回転も速いのねえ。その通りよ。この子はアナタみたいな勇敢な子をひっかける餌なの」


「わたくしが餌!?」


 少女がめっちゃショック受けてる。そりゃそうだ。


 男が体をくねらせながら僕に顔を近づけてくる。よく見るとこの男、化粧や口紅までしているじゃないか。


「坊や、私達の所で働かない? お給料は弾むわよ? 断っても誘拐して働かせちゃうけどね」


「働くってどこでですか?」


「ゲイバーよ」


「ゲイバー!?」

『ゲイバー!?』


 僕の貞操が危機なので、ぶっちゃけ少女を置いて逃げ出したかった。しかしそれも叶わず、裏路地から盗賊たちが大挙して押し寄せてきた。マントで身を包んでるが、狼人族ウェアウルフ大鬼族オーガのような屈強な男ばかりだとわかる。いや女も数人いるな。あれよあれよという間に、十数人に囲まれてしまった。


「これまたクリティカルな子ですねボス。長耳族エルフのハーフですかね?」


「美しすぎて眩しい」


 好き放題言いやがって。男に言われたって嬉しくともなんともないぞ。


「最初は優しくしてあげるわ。私達と一緒に新しい扉を開きましょ?」


「僕は興味ありません。衛兵を呼びますよ!」


「あら残念、衛兵でも私達に手は出せないわ。雇用主が賄賂をたーっぷり渡しているんだから」


 盗賊たちはナイフや縄、ずた袋を取り出した。どうみても誘拐を生業にする連中だ。これは強硬手段もやむ負えないだろう。


「念のため聞いておきますが、貴方達は悪党ですよね」


「その通りよ坊や。女からは金品を、男からは貞操を奪う、私達こそは悪名高いオッカマン盗賊団!」


「「オッカマン万歳!」」


「声が足りないわよぉ!」


「「オッカマン万歳! オッカマン万歳!」」


『なんでこの人の子らは勝手に盛り上がってるのでしょうか』


「さあ……?」


 恐らく目の前の顔の濃い男……オッカマンがボスだろう。こんなノリだけど、やっていることは極悪非道だ。許せるはずがない。彼らを殴り倒すことはできるが、少女を守りながら戦えるかやや不安だ。


『お困りのようですね、勇者の子よ』


 女神モモが《念話テレパス》で話しかけてくる。どうやら盗賊団に聞かれないよう、僕だけと会話しているようだ。


「全員ぶっ飛ばしても良いですよねモモ様。僕は貞操を守りたいので」


『実はマタタビ君のために新しい装備を用意しました。最強の聖剣タンネリクと対をなす装備です』


 最強の聖剣はもう折れてるんだけど?


「嫌な予感しかしません」


『今度は本当に最強の防具です。マタタビ君はいつでも、無敵の防御力を誇る服に着替えることができます』


「それ信仰心なくても無敵ですか?」


『もちろんです人の子よ』


 聖剣もそうしとけよ、というツッコミは我慢しておく。


「どうすれば良いですか?」


『魔法《衣装コスチューム》を唱えるのです。その際に女神モモの宣伝もしてください』


 その宣伝は魔法と関係ある? ないよね?


 とはいえ女神モモの信者を増やす契約だ。僕は息を吸い、お腹に力を込めて宣言する。


「人を助けたいという想いを踏みにじるその行為、邪神が許しても女神は許しません。聞け、悪党ども! 僕はマタタビ、女神モモに祝福された勇者だ! 邪道に生きるお前たちに報いを受けさせる!」


 天を指さし、かっこよくポーズを決めたつもりだった。


 突如、盗賊の一人が眩暈をおこして倒れる。もう一人は片膝をついて「か、可愛い……」と呟きながら肩で息をしていた。オッカマンは冷や汗をぬぐいながらも、不敵な笑みを浮かべている。


「や、やるわね……」


 まだ何もやってないよ!? ていうか勇者発言はスルー!?


「この子は10年、いいえ11年にひとりの逸材だわ。みんな、絶対に逃がすんじゃないわよ!」


 なんで1年足した? どういうわけか、連中はさらにやる気を出してしまったようだ。こっちも後には引けない、戦うしかない! 僕はポーズを決めたまま力強く宣言した。


「――《衣装コスチューム》!」



◆◇◆◇◆◇



 オッカマン盗賊団。


 彼らは若い頃、自らの性に向き合いつつ真面目に働く好青年だった。自分と同じように苦しむ者達を老若男女問わずに受け入れて、バーまで開いた。


 20年前の大災害【竜の堕天】で全てが変わった。都市国家ジュラは貧民国に成り下がり、ただでさえ肩身の狭かったオッカマンらは生活に困窮した。


 元より日陰に暮らす者が頼れるのは、潤沢な金で援助するブラウン伯爵だけだった。彼は「どんなあくどい方法でもいいから金を稼ぎなさい」と言って彼らを支援した。


 オッカマンは仲間を守るため外道に堕ちた。


 ――この世界に女神はいるが、我々を祝福してはくれまいだろう。いずれ罰せられるに違いない。ならば女神など信仰せず、現実を見て生きる。


 今日もまたひとり、無垢な少年を誘拐して貴族にあてがう。そうすれば金が手に入るのだ。


 そしてマタタビと名乗る勇者の全身が神々しく光りだした時、オッカマンは予感がした。遂に女神が我々を罰するのだと。


「な、何の光だっ?」


 手下たちも怯えている。オッカマンも体の震えが止まらなくなった。


 勇者の服が上から次々と変わり、瞬きする内に衣装が別物となる。そして光が消えた後でも、彼と衣装は輝きを放っている。


 勇者は、まごうこと無き女神の服を着ていた。


 身体のラインがはっきりわかる、透明感のあるピンク色の衣装。上下の下着が透けて見える。胸は明らかに詰め物をしていた。前髪は可愛いピンで留められている。甘くとろける桃のような香りが周囲を包んだ。


 その姿を見た手下のほとんどがその場で失神した。刺激の強さに耐えられなかったのだ。オッカマンは必死に理性を保ち、昇天しないように我慢したが……


「――何ですかこれっ!?」


 少年が顔を真っ赤にして内股になり、両手で胸と股間を隠した。半泣きの表情で、盗賊たちを見上げる。


 ある程度耐えていた残り数人も、その仕草でを見て鼻血を噴き出し気を失った。オッカマンも両膝をつき、ゆっくりと前のめりに倒れる。


「――と、尊いわぁ……」


 人生で一番の至福の時を味わい、オッカマンは死を悟ったが後悔は無かった。むしろ感謝で一杯だった。女神はなんて慈悲深いのだろう……



◆◇◆◇◆◇



「元の姿に戻せこのポンコツ女神!」


 もう敬語すら使う事を忘れていた。


『落ち着きなさい勇者の子よ、盗賊は全滅しました』


「ふざけんな! これ僕が10歳まで着ていた服じゃないか!」


『そうです、本物の女神の衣装ですよ。成長に合わせて縫い直しました』


 顔が熱い。恥ずかしすぎて死にたい。一瞬でも他人に見られたくは無かったのに。幼い頃、女装しながら女神と色んなことをした記憶がフラッシュバックする。ぬあああマジで記憶消しときゃ良かった!


 唯一立っていた少女も顔を真っ赤にして両手で口を押さえているが、両の目で僕をばっちり見ている。


 もう泣いていい?


「モモ様! やっていいことと悪いことがありますよ!」


『す、すみません。私なにか間違いましたか?』


 女神モモが本気で戸惑っている。ああ、この女神はまた調子に乗っただけなんだなと納得した。それでも許せない。もう聖剣を売ってやるぞ絶対に。


『ごめんなさいマタタビ君。貴方がそんなに取り乱すなんて思いませんでした』


「絶対許しません。なんでこんな仕打ちをするんですか」


『私の知る限りで最強の防具です。着れば呪いも浄化できますし、勇者に相応しい装備かと』


「僕は男です。女装趣味もありません」


『……本当にごめんなさい。ですがこれならマタタビ君を守れると思ったのです』


 僕のためというのは本心だろう。彼女がここまでトーンダウンするのは、恒星ティアマトで10年以上も無視した時以来だ。


 もう一度《衣装コスチューム》を唱えると元の服に戻ったのでほっとした。これで着替えが出来なくなったら、間違いなく自ら命を絶っていた。


 直後、リトッチが息を切らせながら空き地に姿を現した。見られなくて安堵する。彼女は倒れている盗賊団と立ち尽くしている少女をを一瞥し、心配そうに声を掛けてきた。


「大丈夫だったか? これマタタビがやったのか?」


 何も答えたくはなかったが、リトッチを心配させるわけにもいかない。僕は笑顔を取り繕って答えた。


「心配ありません。全員無力化しました」


「流石、自称勇者は伊達じゃないな。だけど勝手にうろつくなよ?」


「はい、すみませんでした」


『……』


 少女が慌てて弁明する。


「か、彼女はわたくしを助けて下さったのです!」


「彼女ぉ? マタタビのことか?」


「かか彼です、彼! 勇者様! とととにかく、ありがとうございました……」


 僕は笑顔で少女を睨む。


「今日のことは忘れてください。いいですね?」


「は、はい……」


 少女は顔を真っ赤にしたまま、一礼してそそくさと立ち去る。


「アタシらもさっさと逃げようぜ」


「盗賊団はどうします?」


「さっきの貴族の娘が衛兵に知らせるだろ」


「え? 彼女は貴族だったんですか?」


「身に付けていた装飾品や化粧でわかる。特にあの指輪は平民じゃ買えない代物だ」


 平民のフリをして城下町を歩き回っていたのか。お忍びってやつかな? ひとりで出歩くなんて危ないだろうに。


 ともかく、貴族を襲ったとなれば盗賊団は捕まるだろう。


 僕たちは彼らが目を覚ます前にその場を後にした。



◆◇◆◇◆◇



 僕と女神モモの間に気まずい空気が流れていることを察したのか、リトッチは何があったのか追求せずに換金の話を始めた。


「ほれ、素材の分け前だ。こんだけあれば剣を修理できるが、どうする?」


「紹介してもらった鍛冶師のところへ行きましょう。売るかどうかはその後に考えます」


 結局、女神モモとは喧嘩したまま鍛冶屋へ足を運ぶことになった。


 例え彼女と仲直りしようと、もう《衣装コスチューム》は使わないだろう。


 いや、今回ばかりは仲直りも難しいかもしれない。

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