148. ニセ勇者と銀の王妃
場内で繰り広げられる将軍同士の戦いは模擬戦と思えないほどに苛烈だ。十二星将は大サピエーン皇国に従属する各惑星の代表らしいが、その能力は確かなものである。
一方は獅子座将軍【ハルマキー】。獅子の顔を持つ獣人族の男で、体格は僕より二回りも大きい。上半身は防具を身に着けずに黄褐色の毛並みを見せびらかせている。右手にばかでかい鎖鉄球を持ち、左手で円盾を構える剣闘士スタイルだ。
もう一方は乙女座将軍【レヴィアタン】。天使を模した銀色の鎧で全身を覆い隠している。しかし将軍ハルマキーとの対格差は明らかに不利だ。それを補うためか銀色の大剣を振り回していた。幾何学的模様が刻まれたメタリックな大剣は勇者カタルの神器を連想させる。
「惑星ヴァルゴの技術で作られた魔導剣ニガ。魔法を再現するための魔術と同じく、神器を再現するための武器ニガ」
「あの将軍も強かったなあ」
二人とも僕がこれまで倒した魔人達を上回る実力なのは間違いない。勢いさえあれば勇者カタルや勇者アニヤに迫るだろう。
「十二星将は全員武闘派なんですか?」
「いやいや、もちろん儂のような穏健派も多いニガ。あの二人が血気盛んなだけニガ」
僕とクレープスは呑気に試合を観戦していた。すると背後から誰かが会話に割って入る。
「あらあら、レヴィアタンったら肩肘を張りすぎです」
女の子の声だ。振り返るとそこには、あの銀髪の王妃候補が笑顔で佇んでいた。
僕は内心驚いた。音も気配も全く無かった。敵地だから警戒はしていたのに、彼女の接近にまるで気づけないとは。
「これは【ラミエ・エムプサー】殿。お久しぶりでございますニガ」
「クレープスさんもお久しぶりです」
丁寧にお辞儀するラミエ。声はやや幼くおっとりした仕草だが、その姿は立派な大人の女性だ。
改めて観察すると、やはり彼女は人間よりも人形と表現する方がしっくりくる。髪の色と同じ銀色のドレスは、黄金の衣装を着る(はず)の皇帝グリアと対比させているのかもしれない。
なんとなく将軍レヴィアタンの魔導剣と彼女のイメージが被った。
「確かにラミエ殿のおっしゃる通り、レヴィアタンは掛かり気味ニガ。まだハルマキーの方が冷静ニガね」
その言葉を裏付けるかのような試合運びとなる。将軍レヴィアタンが鎧の翼を広げて空中に飛翔し、大剣を振り下ろして魔力の斬撃を発生させた。ステージの地面はえぐれ、衝撃が闘技場全体を揺らし砂埃が舞う。
「避けた」
「ええ、避けましたね」
僕と同じくラミエも見逃さなかったようだ。将軍ハルマキーは斬撃を紙一重で躱している。彼はそのまま跳躍し、隙が出来た将軍レヴィアタンに必殺の技を繰り出した。
「ガオオンッ! 《獅子座流星群》ッ!」
それは僕を捕らえた際に放った技と同じ。彼は自身の鉄球をぶん殴って破壊し、その破片の雨を相手にお見舞いした。将軍レヴィアタンの鎧は散弾銃の弾を受けたように傷だらけとなった。
「――そこまで。勝負ありです」
宰相ヒドラ―の一声で模擬戦は終了した。将軍レヴィアタンは悔しそうな仕草でステージを降りる。
「あらあら、やっぱり負けてしまいましたね。そんなに緊張しなくても良いのに」
ラミエは僕らにお辞儀すると、敗北した将軍の下へ音もなく移動した。
「……んっ?」
よく見るとラミエの足は地面からわずかに浮いている。姿勢を崩さずに平行移動する姿を思わず視線で追い続けた。
「人機族を見るのは初めてニガ?」
「えっ? 機械なんですか?」
「機械じゃないニガ、人機族ニガ」
よくわからないが彼女は機械人間らしい。惑星ウェロペは人種のるつぼだったが、正直この惑星サピエーンも負けてないと思った。人族がヒエラルキーのトップとはえ下層は多種多様な種族で構成されている。
勝利した将軍ハルマキーは胸筋を見せびらかしつつ、まっすぐ視線を将軍クレープスへ向けた。
「さあ来いクレープス! おれ様がこの瞬間をどれだけ待っていたか、昼行灯の貴様とて理解しているはず! 罪人マタタビの首をかけて勝負だオン!」
やけに血気盛んな将軍ハルマキーに対し、将軍クレープスは相変わらず困ったように頭を掻いた。
「儂は棄権すると言ったニガ」
「オオンッ!? ふざけるな! おれ様はそんな決着で貴様の座席を奪い取るつもりはない!」
「儂も好んで第四席にいるわけではないニガ」
何の話をしているんだろう。
「十二星将の間にも序列があるニガ。儂は第四席、ハルマキーは第五席ニガ」
「なるほど。それで貴方を倒そうと息巻いているんですね。というかクレープスさん四番目の強さなんだ。うーん謙虚!」
「席の順位は宰相の一存で決まるニガ。実力ではなく皇国への貢献度で決まるニガ」
「僕の処刑を担当したら順位が繰り上がるのは当然ですね」
「やっぱり自己評価高いニガね?」
「クレープスさんの自己評価が低いだけでは? せっかくだから貴方が処刑を担当したらどうです?」
将軍クレープスは答えず口から泡をボコボコ吐いた。……これはどんな感情なんだ?
「でもあのおっさんが担当するのは嫌だなあ」
僕は立ち上がり、背筋を伸ばしながら闘技場へ歩き出す。
「……勇者よ。何を考えているニガ?」
彼の困惑が声色を通して伝わってくる。僕は自分のやろうとする事が可笑しくて笑いそうだ。
先ほどまで興奮していた将軍ハルマキーも警戒した様子で僕を睨んでいる。
僕はステージに上がると、この場の全員に言い放った。
「処刑執行人の選抜試合、僕も飛び入りで参加します」




