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147. ニセ勇者、観戦する

 結局、牢屋でのんびりする時間はなかった。


 皇帝が出て行った後、三〇分もしない内に従者が戻ってきて僕を連れ出した。向かった先は城塞内にある円形闘技場だった。


 闘技場の舞台には何人もの屈強な戦士たちと、見覚えのある海人族シーマンの男がいた。男は僕に気づくと近寄りハサミの手を上げる。


「久方ぶりニガ」


「ええっと……蟹座将軍? その節はどうも」


「いやいやこちらこそ」


 お互いに頭を下げる。男は蟹座将軍クレープスだ。惑星ウェロペで敵対していたけれど(なんなら今も敵だ)、あの皇帝グリアの命令で動いていたのだから本気で憎めない存在だ。


「話は聞いたニガ。城内で大暴れしたらしいニガね」


「結局捕まっちゃいましたけど。そういえば貴方は見ませんでした」


「貴殿を捕らえ損ねた罰で国境の防衛前線に飛ばされていたニガ。そんな儂でさえ緊急招集されたのだから、十二星将は恐らく全員集合するニガ」


 クレープスが闘技場の中心にいる戦士たちに目を向ける。彼らは獣人族ビーストマン海人族シーマン蠍人族アラクランと多種多様だ。つまりあの連中が十二星将か。


 よく観察すると僕を捕まえた奴もいる。獅子の顔を持つ男。まあまあ強かったな。そいつがこちらに気づいて勝ち誇ったような顔をした。……無視しよ。


 クレープスを見て思い出した事があったので聞いてみる。


「僕を皇国に招待しようとしたのは今回の処刑が目的だったんですか?」


 彼は従者に聞かれたくないのか、顔を寄せて耳元で小さく声を発した。


「……ここだけの話、陛下は勇者のコレクションが趣味ニガ。貴殿を魅了して尽くしてもらう算段だったニガ」


「いま悪寒が走りました。……まさか僕をお婿さんにでもするつもりで?」


「ちょっと違うニガ。性奴隷ニガ」


「処刑の方がマシだった!?」


 想像するだけでも気持ち悪いから、最後の言葉は意識的に忘れることにしよう。


「しかし皇帝の婿になるなどと、案外貴殿も自己評価の高い男ニガ」


 クレープスは皇帝グリアが半神族デミゴッドに強いこだわりを持つ事を知らないのだろうか? まあ奴にとって婿も性奴隷も似たようなもんだろう。


「つまり僕を招こうとした時点では、処刑するつもりじゃなかった?」


「うむ。恐らく処刑を強行したのは――」


 不意にクレープスの目線が逸れる。その目線を追うと、闘技場に足を踏み入れる蛇人族スネークマンと三人の綺麗な女性が映る。クレープスはぼそりと呟いた。


「――宰相サムディ・ヒドラー」


 その男の第一印象は、冷血な文官であった。白い肌、油絵で塗ったような目。細長い瞳孔はほとんど動かないが、間違いなくこちらを注視している。


 男は観客席に女性達を座らせてこちらへやってきた。従者が恭しく頭を下げる。


「ご命令通り、罪人マタタビを連れてきました」


「貴方は下がりなさい。クレープス将軍は罪人を監視するように。……初めまして。私は大サピエーン皇国の宰相ヒドラーです」


「僕を処刑するのはアンタですか」


 その問いに宰相は答えず勝手に話を進めていく。まともに会話するつもりが無いという早々の意思表明だ。


「城外の熱気にお気づきになられましたか? 城門前のレインボー・サヴァント広場には五〇万人の臣民が集い、君の処刑を見届ける事になっています」 


 確かに城壁を隔てた向こう側から圧を感じる。それはきっと何十万という群れの蠢きだ。


「大罪人の首を刎ねる処刑執行人は私が選抜し皇帝陛下が任命します。それは大変な名誉であり、十二星将の誰もがその大役に手を挙げているのです」


 ちらりとクレープスを見ると、彼は気まずそうに頭を搔いていた。乗り気じゃないのは明らかだ。彼とは縁があるのでちょっと嬉しい。


「そこで私は、処刑執行人に誰が相応しいかを模擬戦にて決定することにしました。ぜひご観戦ください」


「悪趣味ですね。皇帝グリアは観戦しないのですか?」


 やはり宰相は答えない。


「……あちらの人達は?」


 観客席の女性達に目を向ける。その時、心なしか宰相の視線が鋭くなった気がした。


「陛下の王妃候補ニガ」


「クレープス。余計な発言は控えなさい」


「――はっ」


「へえー。流石は超大国の王妃候補ですね。三人とも美人だなあ。胸も大きいし」


 異国の王族っぽい衣装を着こなす金髪の女性。精霊とも人形とも表現できる、精巧に作られた芸術品をイメージさせる銀髪の女性。そして大和撫子のような佇まいでありながら、魔力の流れから剣客だと察せられる黒髪の女性。


 外見は三人とも人族ヒューマンだ。皇族なら政略結婚は当然だろうが、皇帝グリアの趣味も垣間見える面々である。


 闘技場の舞台で動きがあった。模擬戦が始まるらしく、二人の戦士が武器を構えて相対する。


 どうせ牢屋にいても暇だったのだ。良い時間潰しだと思うことにした。クレープスの隣に腰を下ろして試合を観戦する。


 ――宰相の視線が相変わらず鋭く背中に刺さる。


 もしかしたら、あの男は勘づいているのかもしれない。


 既に僕の祖父が城内にいることを。

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