閑話 処刑まで4時間
大サピエーン城門前、【レインボー・サヴァント広場】には皇帝のお触れを聞いた臣民らが続々と集まりつつあった。
レインボー・サヴァント広場は皇帝グリアの父の代に建てられた円形の広場だ。収容人数は実に50万人。特徴は広場を取り囲む十二の像だ。これらは皇国が支配下に置いた惑星の神獣を模した像である。そして中央には惑星サピエーンの神獣をイメージした大蛇の像が堂々と鎮座しているのだ。
そして広場の周囲にはこれまた十二の塔が円状に建ち並ぶ。これらは辺境伯や貴族が祭事を観覧するための特等席である。
「まだ4時間もあるというのに、随分集まったものですこと」
塔のテラスから広場を眺める女性、【ラミア・エムプサー辺境伯】は扇を仰ぎながら人々を見下ろした。既に30万人は来ているだろうか? 蟻の大群がうごめいているようにも見え、辺境伯は気分が悪くなった。
今日の正午には、彼らの眼前で皇国の反逆者を処刑する見世物が行われるのだ。
辺境伯の隣には青い髪の少女が付き添っていた。彼女は辺境伯と違って興味深そうな眼差しを広場と大サピエーン城へ向けている。
「ラミアさん。処刑される反逆者の名前はまだ公開されないのかしら?」
「さあ……興味無いわ。後で従者に聞いて頂戴」
これ以上立っていると暑さでやられてしまう。辺境伯はテーブルの椅子に腰を下ろし、紅茶でのどを潤した。少女もテーブルの向かいに座る。
「ラミアさんはご息女の方が心配なんですね」
「ええその通りよ。なぜこの大事な時期に処刑の催しを強行するのか理解に苦しむわ」
「それだけ反逆者が大物なんでしょう。噂のDr.ドリムという可能性は?」
辺境伯は反射的にカップを叩き割った。いま鏡を覗けば、憤怒の表情を浮かべる醜い自身の顔が映るだろう。それだけの怒りが一瞬にして沸き上がったのだ。
青い髪の少女は表情を変えずに話を続ける。
「Dr.ドリムはラミアさんの管轄する【惑星ヴァルゴ】でひと暴れしたそうね」
「思い出すたびに腹が立つわ、ええもう!」
辺境伯の職務は、惑星ヴァルゴにて大陸をひとつ丸ごとテーマパークにした、その名も【パーク】を運営することだ。
パークにはあらゆる種族の乙女のみが暮らしている。彼女らは物心つく前にパーク内に連れてこられるため、男を知らない。観光客は一時的に乙女化の魔術を掛けられた状態でパーク内を自由に遊ぶのだ。まさに乙女の大楽園である。
しかしDr.ドリムがパーク内に侵入して全てが崩壊した。老人はパーク内の住人が密かに夢見ていた「男のいる世界」を叶えるべく『性別転換薬』を開発し無償で配ったのだ。彼女らは男を知り、パークそのものに疑問を抱いて反乱を起こすに至る。その元凶たるDr.ドリムはこう言い残して逃亡した。
『正直すまんかったわい。ごめーんね』
ラミア・エムプサー辺境伯はパークの立て直しに苦心したが、Dr.ドリムを取り逃がした失態は今も尾を引いている。
本来なら、王妃候補の娘と共に大サピエーン城への滞在を許可されていたはず。
万が一にも彼の大罪人が処刑されるとあらば、辺境伯は手のひらを返して今日の催しを絶賛するつもりである。
「王妃の候補はご才女を含めて3人と聞きました」
「私の娘が正室となるわ。パークで最も美しく、凛々しく、そして王妃に相応しい教養と知識を身に着けている。総合的には貴方にも引けをとらないわよ」
「へぇ……大きく出ましたね。でも私ほどの実績が無ければ選ばれ無いことも事実。……せっかくだから飛び入りで参加してみようかな」
少女の顔つきにはまだ幼さが残る。ゆえに傍で聞けば、彼女の発言は態度のでかい子供の戯言だろう。しかし少女の正体を知る辺境伯は思わず顔を歪めて答えた。
「それは遠慮してくださる? あの娘に唯一足りない人生経験を、貴方は誰よりも持っている」
少女は辺境伯の言葉を肯定も否定もせず、寂しそうに明後日の方角を向いた。
「人生経験で思い出しました。惑星ゴルドーに立ち寄った時の話はしましたか?」
「いいえ、まだよ。正午まで時間はたっぷりあるしぜひ聞かせて下さる?」
「あれは惑星ゴルドーに降り立った日、蜥蜴族の旅人に出会って……」
辺境伯はその立場故に多くの人間を評してきた。人を見る目は養ってきたつもりだ。そして辺境伯の少女に対する評価は……。
もし歴史をひとつだけ変えられるなら、この子を私の娘にしただろう。
「紅茶のお代わりはいかが、カナリアさん」
「ありがとう」
1か月前に出会ったとき、彼女はこう名乗った。
――星渡りのカナリア、と。




