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146. 皇帝と宰相、勘ぐる

 【王宮エデン】は正に楽園のような場所だ。


 巨大な庭園には色とりどりの植物が植えられており、美しい彫像が等間隔に並んでいる。巨大な噴水から透き通った水がとめどなく溢れ、宮廷音楽家が奏でるハーブの音色が皇帝グリアの耳をそっと撫でた。


 それでもグリアは不機嫌さが収まらないまま廊下を歩く。すると彼を蛇人族スネークマンの男が呼び止めた。


「――陛下。お待ちを」


 グリアは男の言葉に耳を傾けずその横を通り過ぎる。男の方も焦る様子は見せずに後をついてきた。


「陛下、処刑の準備が間もなく整います。城門前の広場に処刑台を設置し、城下町の民を集めているところにございます」


「お前がそのようなつまらぬ報告をするとはな」


 男は【サムディ・ヒドラー】。長年サピエーン一族に仕え、グリアの父の代から宰相を務めている。既に初老を超えており引退間近だ。グリアが信頼する数少ない人物である。


 しかし今のグリアはサムディの顔すら見たくない気分なのだ。


「その様子ですと、やはり《魅了チャーム》は失敗しましたか」


「我の辞書に失敗の文字は無い。あるとすれば試練だ」


「陛下のお気持ちはよくわかります。勇者マタタビの血をサピエーン一族に取り込む利点は多い。ですがそれ以上に欠点があるのです。我が大サピエーン皇国に敵対する大罪人『Dr.ドリム』の子孫。その血を一族に混ぜることは、皇国の歴史に大きな汚点を……」


 グリアは声を荒げて宰相の言葉を遮った。


「半神族、そして勇者なのだぞ。サピエーン一族の血統が更に強くなることは間違いない。それは偉大な功績となり我が名を何百年も後世に残すであろう」


 宰相のため息が耳に届く。


「どんなに高級なワインでも、一滴の泥水が混ざればそれは全て泥水となるのです。Dr.ドリムは陛下の祖父と父、そして陛下自身の名を貶めました。彼とその子孫を根絶やしにしなければサピエーン一族の名誉を取り戻すことは出来ません」


 グリアは皇帝の座に就く以前、まだ二本足で歩く前から宰相サムディの世話になっていた。奸臣として処刑する選択肢は浮かんだことすら無いし、彼の提案を蹴って事態が上向いた試しも無い。だが今日ほどこやつを斬り捨てたいと思ったことは無かった。


 この話題は平行線だ。だからグリアは強引に話題を変えた。


「して、勇者マタタビの企ては看破できたのか?」


 マタタビは先日、惑星で最も堅牢な【大サピエーン城】に正面から侵入を試み、この王宮にまで到達した。しかし勇者の侵入は事前に察知されていたため、待ち構えていた十二星将らと大立ち回りをした挙句の果てに捕らえられたのだ。


 何度思い返してもあまりに無策な振る舞い。いやそれ以前に、なぜ侵入を試みたのだ?


 宰相が早歩きでグリアに並び、申し訳なさそうな口調で答える。


「残念ながら勇者の企ては判明しておりません。アニヤ殿の占いでも不透明でした。それと彼女が勇者マタタビとの面会を希望しております」


「ならぬ。蟹座将軍の報告を聞いておらぬのか? アニヤは勇者マタタビに対して判断が鈍るらしい。二人を会わせるな」


「同感です。ではそのように」


 グリアはマタタビとの雑談を思い返す。一人で王宮に乗り込んだ理由を聞いた時、勇者はこう答えた。


「奴は確か、家族を助けるためと言っていたな」


「……なるほど。家族とはDr.ドリムのことでしょうか。王宮の侵入と何か関係が?」


 サムディのやや焦る声。グリアは内心笑いながら否定する。


「それはあり得ぬ。Dr.ドリムが既に我が王宮内にいるとでも言いたいのか?」


「ゼロとは言えません。なにせあの大罪人は他者に成りすます事も……」


 不意に宰相の足が止まった。グリアが思わず振り返ると、ほとんど表情を変化させない蛇人族の顔が強張っている事に気づく。


「……サムディ?」


「先日、陛下はお妃候補を数名お招きしたはずです。その中にDr.ドリムがいるのでは?」


 彼の突拍子もない発言に思わず吹き出すグリア。


「フハハハ! そうか、そうかもしれぬな。今回の候補は女のみ、男はおらぬがDr.ドリムがいるやもしれぬな。好きに調べるがよい」


 宰相は黙ったままその場を動かない。グリアは後は任せたとばかりに歩き出す。


「それと我の試練は終わっておらぬ。あと4時間あるのだ。それまでに勇者マタタビを我が軍門へ下らせてみせようぞ。処刑は適当なレジスタンスの捕虜でも斬るのだな」


 グリアは面白い冗談を聞いて気分が上向き、マタタビを篭絡させる次の手を考え始めた。


 サムディがついてくる気配はなかった。

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