140. ニセ勇者と魔導士、羨む
父と娘は砂浜で二人きりになった。僕達は離れた場所に座り、成り行きを見届けることにした。
「ちゃんと話をつけられるでしょうか。やはり私が仲介を……」
心配するモモ様。対してリトッチは呑気だ。
「ま、なるようになるだろ。あの二人はちゃんと互いを見てるからな」
そういえばリトッチの両親の話は聞いたことが無い。思い切って尋ねてみよう。わざとらしく咳払いをしておく。
「ごほん……あの、もし良かったらリトッチのご両親について聞きたいんだけど」
「全然良くねーよ。だけどまあ、少しだけなら」
リトッチの手が地面の草に伸びる。ぷちぷちと草をむしる音がした。
「父親は知らない。噂だとアタシが産まれる前に死んだらしい。母親とはほとんど会話をしなかった。アイツはアタシの顔を見ようともしないんだぜ。多分一度も目を合わせてないな」
お、重い。想像以上に両親と疎遠だったらしい。リトッチが前にしてくれた話を思い出す。
『アタシも毒を盛られたことがあってな』
まさか実の母親に盛られたのではないだろうか。そんな妄想を巡らせていたらリトッチに睨まれた。
「おい。毒を盛ったのは母親じゃないぜ。そこまで腐っちゃいない」
「ごめん。……もしかして顔に出てた?」
「思いっきりな」
「ごめん。お母さんに失礼だったね」
「全くだぜ。毒を盛ったのは姉貴の方だ」
「……」
リトッチに姉がいたという事実よりも、身内に毒を盛られた事実の方が遥かに衝撃的だった。
彼女がむしった草を放り投げると、草は風に乗って海へと飛んで行く。
「ま、ぜんぶ過去の話だ。遠い北東星域にいた頃のな。二度と顔を合わせないと思うとすっきりするぜ」
「人の子の未来に祝福がありますように」
モモ様が慈愛に満ちた表情でリトッチに祈りを捧げる。リトッチは笑ってモモ様を頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ていうかアタシだけ不公平だろ。マタタビもたまには祖父じゃなくて両親の話をしろよな」
話題を振られてしまい一瞬固まる。うっかりしていた。僕だって両親の事は話したくなかったのだ。
「今更黙るのは無しだぜ。アタシが喋った分くらいは話せよな」
さて困ったぞ。どうやって乗り切ろう。
「おや、竜の親子の話が終わったみたいですよ」
見ればスピカが手を振っていた。モモ様も立ち上がり同じように手を振る。その流れで雑談はお開きとなった。女神のさりげないフォローに感謝しよう。
◆◇◆◇◆◇
スピカの頬には涙の痕がついていたが、その表情は晴れ晴れとしていた。
「話はついたの?」
「うん。マタタビの言う事をちゃんと聞けって」
少女がペンダントを身に着けている事に気づく。小指サイズの青い水晶だ。
「これ、お父さんが。お母さんの形見だって」
「形見?」
「お母さんも一緒に冒険へ連れて行くの」
スピカがペンダントを優しく握る。彼女が日々成長している事を実感する一面だった。
「では私は戻るとしよう」
帰ろうとする蒼火竜バザルと目を合わせる。彼の瞳の奥にはモモ様と同じものが宿っていた。それは無償の愛と慈しみの感情だ。
彼は一言「娘を頼む」とだけ言った。僕は「任せてください」とだけ答えた。
バザルが飛び立つと、皆で手を振って彼の星渡りを見守る。
「なんやかんやで仲直りできて良かったなスピカ。ちょっと羨ましいぜ」
「羨ましい? なんで?」
リトッチが肩をすくめて僕を見る。
「アタシらが出来ない事だからな。……いつかお前も話せよ?」
うぐっ。リトッチはしっかり覚えているようだ。僕の両親についても興味を持ち始めている。僕は半分誤魔化すために肩をすくめた。リトッチの真似っこだ。
「おまたせしやしたご主人様!」
ゴブリン達が荷物を抱えてやってくる。これで全ての準備が整った。
腹に力を入れて皆を見回す。
「――それじゃあ改めて。惑星サピエーンに渡り、まだ見ぬ勇者にリトッチの手を治してもらうのが旅の目的だ。だけど皇帝グリアと勇者アニヤが僕を狙っている。現地人も非協力的の可能性が高い。臨機応変に対応していこう」
「大丈夫ですよマタタビ君。そのための2億ポイントです」
モモ様が高らかにポイントカードを掲げた。
「《転移》は発動に1億ポイント必要です。1回目は惑星サピエーンへの星渡りに、2回目は惑星からの脱出に使います」
「行っておくが身の安全が最優先だぜ、アタシの治療よりな」
「わくわく、ドキドキ!」
「えいえいおー、でございやす!」
皆で円陣を組んで手を繋ぐ。その手は少し震えていた。僕もだ。
「初めて《転移》した時を思い出しますね、モモ様」
「私もですよ、マタタビ君。――《転移》」
僕達の体が軽くなると同時に、周囲が光に包まれ――




